第4話 追憶―友情
レオンは、約一年ほど私と一緒に屋敷で暮らした。
森で採れた果物や肉を食べさせると、見る見るうちに健康になって、背も伸びた。
おそらくろくに食事もとれていなかったのだろう。
光の入らない屋敷の中で、レオンの髪は太陽のように輝いた。
けれどその光に私が害されることは決してない。
一つ気に入らないことがあったとすれば、レオンがあの十字架を手放さなかったことだ。
「どうしてそんなものをいつまでも持ってるの? 何の役にも立たないのに」
私はある日、ベッドの上で二人寝転がりながら、隣のレオンにそう尋ねた。
「もうアンネを追い払おうなんてしてないよ。でも、これは神さまに祈るためのお守りだから。それに……おやじの形見でもあるし」
レオン曰く、その十字架を身に着けていると、『今でも父親に愛されている』という感じがするらしい。
私はその感情をよく知らない。
「愛ってなに?」
そう聞くと、レオンは小首を傾げてしばらくうなっていた。
「えっと……その人のことが大好きで、何があっても信じられることかな。その人のことを考えると、嬉しかったり、穏やかな気持ちになるとか……?」
返ってきた答えは、自信のなさそうな疑問形だった。
「じゃあ、レオンが神様を信じるのは、神様を愛してるからなの?」
今度はもっと長い間うなってから、レオンは小さな唇を開いた。
「……それは、ちょっと違うかも。おやじに対するような思いを、神さまに対して抱いてるわけじゃないから」
そして、今度は反対方向に小首をかしげる。
「神さまは……ちょっとこわい。
畏怖、って言うんだって。でも、おれたちのことをずっと見守っていてくれる。
いい行いをしたら祝福してくれるし、その反対なら罰を与えてくれる。
おれたちは、それに従って生きればいい」
それは、私にとってよくわからない答えだった。
「……怖いから、ひれ伏して従うの?」
「……うー……さっきから、難しいことばっかりでよくわかんないよ。おれ、もう寝るから」
そう宣言して、レオンはすぐに寝息を立て始めた。
ここに来た最初の頃は、もっと警戒していて、隣で眠ってくれることなんてなかった。
私は得体の知れない温もりが胸に灯るのを感じながら、レオンにブランケットをかけてあげたのだ。
しかし、そんな穏やかな暮らしは長く続かなかった。
十二回目の満月を目前に控えたある日、レオンは酷い風邪を引いたのだ。
書物で薬草を調べ、人間の医師の真似事をしてみても一向に回復せず、一時はもうだめかと思えた。
私が人間のためにできることなど、そう多くはなかったのだ。
神は人間であるレオンすらも見捨てるつもりかと、私は生まれて初めて強烈な怒りを覚えた。
しかし数日後、レオンは奇跡的に回復した。
元気になった彼を見て、私は、レオンを人間の街に帰す決意をした。
街には、神よりもずっと有能な人間の医師がいる。
レオンも、薄々ここでは生きていけないと感じていたのだろう。必ずまたやってくると約束して、私の提案にうなずいた。
下弦の月が輝くある夜、私は森の出口付近までレオンを送っていった。
最後に私は、ほんの少しだけ、レオンの血をもらった。『約束の証』なんて、もっともらしい理由を付けて、まるで儀式のように。
そのまま一緒に森の外に出ようとは思わなかった。
一年経てば、またレオンに会えるのだから。
それ以来、レオンは一年に一度、必ずこの森の中の屋敷を訪れるようになった。
彼が来るたびに、私は書物では知ることのできなかったことを、沢山知った。
街には大勢の人が住んでいて、様々なお店があること。
吸血鬼はとっくに伝説上の存在になっていて、物語の中のモンスターとして登場すること。
蒸気機関車が街と街の間を繋ぎ、人間は急速にテリトリーを拡げているということ。
同族たちのみならず、時間さえも私を置いていく。
彼の話を聞くともどかしい苛立ちが募ったのに、それでも彼が再び戻ってくると話をねだらずにはいられなかった。
そして、レオンは訪ねて来るそのたびに、背が高くなった。声が低くなった。美しさに、磨きがかかっていった。
あどけない顔をした少年は、いつの間にか青年になっていた。
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