第6話 触手だからっておお勇者よ勃ち上がれないとは情けないとは思わない


 翌日、俺がライデンの家を旅立とうと準備をしている時だ。エウロパがものすごい勢いで駆け出して行った。


「ん?何かあったのか?」


 俺がライデンに聞こうとするも、そのライデンも居ない。おい、これ不用心じゃないか?何か起きてるのか?


 さすがに家を勝手に出て行くのもまずいかと思うので、水など飲みながらライデンの部屋をいろいろと見ている。紙が色々とまとまっている。これが本ってヤツか。……なんでか字が判るのがキモい。


 せっかくだから本に手を伸ばす。ふんふん。これは動物に関する本か。こちらは地面に関する本と。なるほどなるほど……あちこちの触手を使って本を読み続けているとだ。


「くっ……なんでこんなところに触手の化け物がっ……!」


 人間の若いオスが息も絶え絶えに俺の方をにらみつけている。


「ちょっと待て。まずは落ち着け」

「しゃ!喋っただと……くそ……毒が頭にまで……」

「ブレン!何してるの!じっとしてないとダメだよ!まだ毒が回ってるんだよ!」


 エウロパの声がした。助かった。


「エウロパ!そっちのオスに俺のこと話してくれたのか!?」

「えっ?ごめん。でもそれどころじゃないんだ!ブレンが魔物と戦って、毒を……」


 毒だと?ヤバいじゃないか。


「何の毒だ?」

「何の毒って、色々あるのそんなに?」

「あるだろうそりゃ。ブレンだったか?どんな生物の毒だ?」

「……エウロパの知り合いなのか。触手の化け物にやられた。身体の動きが取れない」

「神経毒の系統か。痺れがあるんだな?」

「……なぜ判る?」

「触手のあるヤツには神経毒で獲物を捕食するヤツがいるからな」


 ブレンの顔色が悪くなってきやがった。呼吸困難じゃないのか?


「ヤバいぞ!このままだと呼吸できるようにしないと、こいつ死ぬかもしれん!」

「えっ!触手!どうすればいいの!?」

「横向きに寝かせろ!」


 だんだん息が弱まってきている!


「ダメだよ!どうしたらいいの!」

「諦めんな!無理やりにでも呼吸させろ!息を送り込め!吐く息でもいい!」


 そう聞くが早いか、エウロパが直接ブレンの口に口移しで息を送り込む。ブレンは驚きの表情を見せるが、動けないのか反応しない。横たわるブレンに何度も息を送り込むうち、ブレンの息が戻ってきた。エウロパが肺活量あって助かった。


「よし!呼吸が戻ってきたぞ!」

「はぁ……はぁ……やった!」


 横向きに呼吸をしているのを確認し、俺はホッとする。一安心だな。


「よくやったな、エウロパ」

「うん」


 しばらく見ていると、ブレンが起き上がった。もう大丈夫な感じだな。


「……俺は……そうか、痺れて、息できなくなってたんだな。ありがとなエウロパ」

「よかった。もういいの?」

「あまりよくはないが……まさかあの触手の化け物に反撃されるとは思わなかった」

「触手の化け物?」


 思わず俺は聞いてしまう。そりゃ俺も触手だけど、どんなだよそいつ。


「あんたは?なんかエウロパに指示出してたようだが、触手なのに」

「俺は単なる触手だ」

「触手って普通喋らないと思うんだがな」

「俺もそう思うんだけど、なんか紫色の魔物にへんな改造されてこうなった」

「おう……」


 ご愁傷様とでも言いたいようだなブレン。実際そうだが。


「……紫色のヤツ?そういえば触手と一緒にいた、なんかゴブリンみたいなヤツか?そういえば俺に何か変な攻撃してきたが……」

「変な攻撃?」

「あぁ。なにやら緑色の液体が入った瓶の先についた針で変な液体を注入されて」

「俺の勘なんだが、それ絶対ヤバいやつだ」

「ぼく勘でなくてもヤバいと思う、それ」

「やっぱり?」


 やっぱりじゃないぞブレン。なんの毒をぶち込まれたんだよ。


「ただ変なのはだ、痺れさせるような毒を使ったのはそいつじゃなくて触手なんだよ」

「確かに変だね」

「んじゃそいつは何を注入したんだ?」

「ニヤニヤしながら『お前のような男に死ぬより苦しい地獄を味わってもらう』とか言ってたな」


 死ぬより苦しい地獄?なんだよそれ。でも、ポジティブに考えてみると、少なくとも死なないってことだな。


「一体なんだろう。熱とかない?」

「うわっ!エウロパ!近すぎるぞ顔!手で判るだろ!額でチェックとか!色々当たってる!」

「じっとしてて。……熱とかないね」

「……えっ?」


 ブレンの顔色が真っ青になっている。


「ど、どうしたの!?顔色が真っ青だよ!」

「……ヤバい……反応しない……」

「反応しないって何が!」


 ちょっと待て。昨日のあの話から推察するとだ。ブレンはエウロパにグッときてたんだよな(俺は婉曲表現を覚えた)。色々当たったら当然前屈みに……まさか!?


「エウロパ、ちょっと席を外せ!」

「えっ、どうして?」

「いいから!」

「……わかったよ……」


 渋々エウロパが部屋から出て行った。


「ブレン。俺の予想が外れていることを願いたいんだが……お前、生殖器官にトラブルが起きたな?」

「……そうだ。ヤバい、俺の俺が反応しなくなった……」


 うぉい!一大事じゃねぇか!自分がそうなったことを思うと俺の生殖用の触手が震え上がった。


「最悪だな」

「死ぬより苦痛とまではいかないが……キツいな」

「治せるといいんだが……いまのところ思いつかんな触手は」

「どうしよう……」

「エウロパにはどうする?隠すか?」

「隠す必要はないだろ」


 そうか。男らしいヤツだ。外にいたエウロパを触手でくいくいと呼んできて、ざっくり話すと。


「いやだぁ!ブレンのブレンがあっ!」

「なんでお前のがショック受けてんだよエウロパ」

「繁殖したかったんだろ言わせんなよ」

「ちょっと!触手!デリカシーがないって言ったじゃないか!」

「お前だってデリカシーないから、中途半端に性的なアピールしたせいでブレンが前屈みになってただろうが!もう前屈みになれないけど」

「えっ……エウロパ?そうなのか?」

「もう最低だよこんなのぉ!」


 すまんなエウロパ。だが放置して自然消滅するよりカッコ悪い告白のが万倍マシだぞ(経験者談)。


「無事じゃったか!」

「おじいちゃん!無事じゃないよぉ!ブレンのブレンが立ち上がらなくなるしどさくさに紛れて告白する前に触手にバラされるしムードとか理解してよバカ触手ぅ!」


 ブレンのブレンはともかく自然消滅しなくて済んだのはよかったと俺は思うけどな。


「……何か悪かったエウロパ」

「なんでブレンが謝ってんの!違うよ!そうじゃないよぉ!」

「俺?」


 俺は自分で触手を指した。


「そうだぞ、こういう時はな、触手。まずは謝罪じゃ」

「ライデンの言う通りだと俺も思う。謝れ」

「……腑に落ちないが、悪かった。できたら事前に擦り合わせしておきたかったな……」

「反省してる?」

「してる」

「もう……なんか奢ってよね」

「俺がか!?くっ旅費が……」


 数分前の自分を絞め殺したい。口は災いを引き起こすんだな。


「……そうか……でもこれじゃ……お前の気持ちを受け入れられない、性的な意味で」

「別にすぐ子ども欲しいわけじゃないけど困るね」


 ほんと困るな。自分のことと考えるとゾッとする。


「おうそうじゃ、ブレンは触手の魔物を仕留めたんじゃな?」

「動かなくなったのはそうだが……しかし街の港に急にあんなヤツが出るとは」

「そうじゃのう……ヤツの死体の検分を行うから、ブレンも来てはくれぬか」

「わかった。俺の俺がピクリとも動かない以外は特に問題はないし」

「問題大有りだよ!」


 叫んでるエウロパは無視して、俺たちはブレンが倒した触手を検分しに行くことになった。俺も、留守番してても留守番にならないのでついていくことにした。


 周囲の人間がざわつく中、俺たちはそいつに近寄ってみる。人間の足数歩分の巨体が転がっている。ぱっと見動いてないようだが、よく見ると微妙に動いている。どうやら虫の息だがまだ生きてるな。触手だけど。こいつは触手とはいえ俺たちとは随分違う感じだな。白くて丸いのが多数付いている。なんだこれ?さらに色も紫系の斑点がついてカラフルだな。


 それにしても、こんなの倒せるとか万全のブレン相手だと俺もさすがに死ぬかもしれない。ブレンだけは敵に回さないようにしよう。心に固く誓った。


 その瞬間。


 突然水中から触手が伸びてきた。巨体を水の中に引きずり込んだ。更にエウロパまで引きずり込もうとしてやがる!


「えっ!」

「クソっ!エウロパを離せ!」


 俺は迷わずエウロパの体に触手を絡ませる。一本の足で更にブレンを掴んだ。


「追うぞ!」

「わかった!」


 俺たちはそのまま、海の中へ身を躍らせた。

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