吸血姫の私に狩人な彼

九羽原らむだ

吸血姫の私に狩人な彼

プロローグ

第1話「気になる彼へカミングアウト」

 私、椎葉メリーは常日頃憂鬱である。

 ありふれた普通の高等学校・天宮学園あまみやがくえんに在学中の私は、屋上にて野菜ジュースを口にしながら空を見上げている。


 何で憂鬱なのか、突然すぎて聞きたい人も多い事だろう。


 ___他の人と比べて色素のない真っ白な髪。そこにコンプレックスを抱いているから?



 いや、違う。



 ___日本人の癖して、“メリー”だなんてキラキラネーム。漢字で当て字じゃないのが救いとはいえ、やっぱりカタカナ名前が最近はやりのD●Nネームぽくて気にしているから?



 いや、違う。



 ___高校1年にもなったというのに身長が150前から動かないという、ドングリのような低い身長に悲嘆しているから?



 残念ながら、どれも違う。不正解

 というか誰がドングリだ。ぶっ飛ばすぞ。


「……何してるんだ、椎葉」


 憂鬱な私に喋りかけてくるのは、少し不思議な雰囲気を醸し出している男子高校生。

 少し長めの前髪から、私を覗き込んでいる瞳が見える。



「いえ、ちょっと嫌な事がありやがりまして」


 男子高生の言葉に私は呆れたように返事をします。


「……そのベンチ、確か裏側に虫の卵が沢山あったけど」


「ひぎゃぁあーーッ!?」


 とんでもない事実を聞かされた私は驚きのあまり野菜ジュースを持ったまま飛び上がる。昔ながらのビックリ箱のような飛び出し方に私自身も驚いている。猫に引けを取らない跳躍力で宙を浮いた。



「まあ、嘘だけど」


 男子高校生の嘲笑うような言葉。


「ふぎゃっ……ぷっ……」


 私はそのまま目の前の地面目掛けて顔面からダイブ。あまりにも間抜けな姿を晒してしまう。


「先輩ぃい……また嵌めましたねーーーッ!?」


 私は潰れたジュースのパックとストローを咥えたまま咆哮した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 男子高校生の名前は【葛葉彰くずはあきら】。


 学園では何処かクールで大人っぽいという印象が特徴的な身長170手前の男子生徒。女子生徒の間でも少しばかり噂な彼だけど、その雰囲気から中々近寄りがたいと有名である。少し不思議でミステリアスな先輩。


 男子と付き合いも悪くない彼は高い評価を受けているわけだが……その実態は。


「実は財布を取られたんですよぉお……今朝、スリにあっちゃって」


「そいつはご愁傷様」


「相変わらず、冷たいですね! 何とも思わないのか、この冷酷ッ!!」


 見ての通り、ちょっと素っ気ないというか、悪戯好きというか。


 後輩である私をからかうのが大好きなちょっと意地の悪い先輩である。




 私と葛葉先輩の付き合いはそれなりに長い。

 中学校時代からの関係。いつも一人ぼっちで過ごしていた私に先輩から声をかけてもらったことで交流が始まりました。



 一年離れた先輩後輩という関係柄。友達という間柄で片付けても問題ないくらいに仲が良い。



 ただ、その短すぎる距離感ゆえに私は先輩からの悪戯の餌食になることが多い。


 嘘かどうかも分からないギリギリのラインの嘘を真に受けて、いつも痛い目に合うというのが私のお約束になっていた。




 ……最悪である。

 今日も、作らなくていい怪我を額に思いっきり作ってしまった。



「もぉお……今月は漫画も買えないんですよぉ~……」


 涙目で私は野菜ジュースを飲む。

 ちなみに警察には既に届け出は出している。中身はバイトで稼いだ、なけなしの金が沢山入ってるだけに早く見つかってほしいと祈るばかりだ。


「問題ないだろ。俺が新刊買って内容教えてあげるから」


「鬼畜かっ、アンタはッーーー!?」


 新刊のネタバレするとか、トドメ以外の何物でもない……まぁ、原作をちゃんと週刊誌で読んで、状況を網羅しているから、それほど問題はないのだが。


 後輩である私の不運を先輩は安く流している。サディストとはこのことだ。


「もう……」


 何気ない空気で私達はいつも通りの日々を過ごしている。


「ところでさ」

 葛葉先輩はふと口を開ける。


「……こんな時間に何の用だよ。誰もいない“夜”に学園の屋上だなんて」


 あまりにも意外な時間帯での呼び出し。

 本来なら閉鎖されている学園にこっそり侵入して秘密の会談の約束なんて、一体、何事なんだと葛葉先輩は私に首をかしげていた。


 財布ないからお金を貸してほしいという相談。人前でしづらいからここで? 否、そういうわけではない。



 ……秘密の会話。

 それはファミレスとかではダメなのかと先輩はメールで返してきたが、私はここじゃないとダメだと返答している。理由もわからない彼は疑問を浮かべたままだ。


 何せ、私はまだ先輩に用件を伝えていない。



「……先輩、先に一つだけ」


 野菜ジュースの紙パックをそっとベンチの上に置く。




「”今から言うことは全て本当です。信用してもらえますか”?」



「……お前は嘘をついたことがないしな。分かった」


 葛葉先輩は堂々と嘘をつき続ける畜生だが、後輩である私は簡単に嘘はつかない。

 エイプリルフールという一大イベントの時でも、背中に虫がついてるとかその程度の嘘で済ませようとするくらいの遠慮ぶりなのです。



 長い付き合い。


 嘘をつくような後輩じゃない私の言葉を信じてくれた葛葉先輩はそっと、首を縦に頷いてくれました。



「……先輩」


 私はベンチから立ち上がる。


「聞き逃さないで。ちゃんと聞いててくださいね」





 ___今日は一段と赤みを帯びている満月。

 ___その満月を背に……私の瞳が真っ赤に染まった。






「私、“吸血鬼”なんです」





 背中に悪魔のような羽が生える。

 牙も狼のように鋭くなり、爪先も魔女のように尖り始める。



 その姿はまさしく、月夜を舞う怪物。

 ヴァンパイアそのもの……そう、私は【吸血鬼】なのである。


 この世のものとは思えない。オカルト映画の世界の存在。

 私は……今まで隠し続けてきた、衝撃の真実を先輩へとカミングアウトした。







「あ、うん。そうなんだ。すごいね?」


「コノヤローッ! 信用してないなぁ~~!?」


 あまりにも軽い返事を返した葛葉先輩に私は咆哮する。

 当たり前だ。あまりに非現実的な事が目の前に起きているのに、先輩はあまりにもぼーっとしすぎてる!


「本当ですからね!? 私、かなり思い切ったんですからね!?」


「はいはい、信じてるから」


 宥める様に軽く首を縦に振るだけ。本当に信用してるのか馬鹿にしてるのか分かったモノではない。



「んで、吸血鬼だから何?」


 あまりにもトントン拍子で流れを進めようとする。



 その軽薄さには呆れを通り越して、私は怒りを覚えそうになる。

 気は乗りませんが……警備員とかが騒ぎに気付いて屋上に現れるのも面倒なので、手っ取り早く話を進めることにする。



「……私は血を吸わないと生きていけないんです。吸血鬼ですからね、何となく分かるはずです」


 喉に手を当て、私は本題を伝える。

 何故、先輩をここへ呼んだのか。先輩に何を頼みたいのか、包み隠さずに。


「ここ最近、吸血衝動が抑えられなくなって……だから」


 私をよく知る彼にだからこそ、その願いを口にする。



「“先輩の血を吸わせてください”」


 私はそっと葛葉先輩の元に近寄っていく。

 鋭い牙を剥き出しにし、優しい吐息を吐きながら……顔を近づける。


 吸血鬼という体質のせいで、私は生き物の血を吸って行かないと生きていられない。あらゆる手を使って抑え続けてきた私であったが……それは既に限界に近づいていた。



 人の血を吸わせてほしい。この衝動を抑えてほしい。

 その悪魔な誘いを委ねる……この苦しみから逃れたいが為に、私は先輩を___



「……本当なんだな」


「はい、本当です」


 今から、私の言葉が嘘か本当かどうか、焦らずとも答えが分かる。


 私は流れのままに……先輩の首元に牙を近づけた。










「……じゃあ”死ぬ”しかないな」


「え?」


 私は思わず顔を上げる。





 ……先輩の片手には”拳銃”がある。



「えっ、えっ?」


 しかも普通のハンドガンとは全く違う、見たこともないような大きな拳銃。


 フリーズ。私の動きが一瞬で固まってしまう。



「え、待って。何ですか、その銃、」


「俺……“怪物ハンター”だから」


 頭を掻きながら、葛葉先輩は面倒そうに答える。




「だから、お前、怪物なら”ぶっ殺す”しかないじゃん」

「……」



 静かな空気。

 一瞬にして怪しいムードになっていたが、今度は別の意味で雲行きが怪しくなっていく。



「……あはは、先輩ったらまた冗談ですかぁ? いくら、衝撃的な事実があったにしても、そんな脅しみたいな嘘を信じるはず、」


 そこから先の言葉。吐ける時間はなかった。



 ___銃声。


 銃口から放たれた弾丸。それは私の首元をカスって、真っ赤な満月に向かって飛んで行った。




「いや、割と本当だから」



 本物の銃。

 掠っただけで首がヒリヒリする。火傷をするように熱い。



 傷こそついていないが……直撃していたら、間違いなく“頭が吹っ飛んでいた”。







「じゃ、じゃあ……嘘でいいです……」


「じゃあ、って何だよ」




 衝撃展開に涙を流した私に、先輩はいつも通りの冷たいツッコミを返してくれました。

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