第65話 続 京都アニメーションを襲ったテロについて

『京都アニメーションを襲ったテロについて』が500PVを超えた。

 これは本当に予想だにしていなかったことだ。

 感想もたくさん頂いた。

 見ていただいた皆さんの規範意識がよいのか炎上になるような書き込みがなかったことに私が救われた。


 さて、事件から時が経過すると色々な情報や声明などが発表された。


 まずは、京都アニメーションが自身のホームページで『皆さんの想いは、今、暗闇に立ち向かっている私たちにとって、かけがえのない縁(よすが)です』という声明文を見たとき、私はこう言いたかった。

「もっと、私たち(アニメファン)を頼ってくれ」

 もっとも、私自身はアニメファンから一線を引いているので現役ではないが、それでも、『アニメ』というもので救われた一人として出来るだけの支援はしたい。

 少なくとも「アニメってくだらないよね」という人に対して「違う、アニメも立派な芸術作品である」と胸を張って言える。

 

 自身も大やけどを負った【青木】なる容疑者の動機や犯行時の行動なども少しずつ解明されつつある。

 ネットなどの情報によると、容疑者は自身の書いた小説を『京都アニメーション』が主催する賞に応募して、落選したが、ある作品で『自分の作品をパクられた』と思ったようだ。

 これ、私からすると容疑者の完全なる独りよがりだ。

 私は過去に何度か書いた小説を懸賞に送ったことがある。

(『WONDERFUL WONDER WORLD』も、その一つ。160PVになりました。ありがとうございます)

 そこに大抵、書かれていること。

『応募された作品は○○出版社に帰属します。映像化などの権利は○○出版になります。云々』

 つまり、応募した時点で作品の権利は主催者側になり極論、それをパクろうが同じ名前を出そうが文句は言えない。

(あくまで個人の経験、感想であり違っていたらごめんなさい)

 もっと書けば、それらの言い訳で多くの犠牲者が生き返るわけでもない。

 

 過去にどれだけの「小説家」「作家」がいるか、私は想像できない。

 でも、それこそ数多の小説が書かれている。

 以前、ある出版社の担当者に数分間だけお話を聞かせていただいたが、印象的な言葉がある。

「作家とは打ち上げ花火のようなものである。一発大きな作品を出しても、後が続かず作家を辞める人を何人も見てきた」

 書店に並ぶ本の裏には、その倍以上の物語があるのだ。

 だから、『真似る』意識はなくても他作品に似ることはあるだろう。

 もっとも、さんざん頭を悩ませて、ようやく閃いた物語が先人によって書かれていたら正直、胸中複雑だ。

 だから、そこに更なる工夫を加える。

 台詞、場面、状況などなどに自分の経験してきたこと考えていたことを加える。または、引く場合もある。

 それ等をどうにか文章にしていく。

 故に経験や勉強を常日頃から積まないと加えたり引くときに困ってしまう。

(「お前だって普段からそんな殊勝なことをしてないだろ?」 心の声)

 

 あと、「義援金」を名乗った詐欺集団が横行しているという。

 私は、色々な商売があっていいと思う。

 それは個人の好き嫌いは別にして世の中が様々な商売で成り立っているのは事実なのだろう。

 ただ、今回は多くの犠牲者を出し、それ以上の人が心を痛めている。

 そして、その人たちを支えようとする人たちがいる。

 彼らを騙ることは、人としてどうなのだろう?


 

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