61、争いが済んで(その三)

 マラムの状態を聞き、サラ様ならばと思い、そしてやや怒りが混じった目をゼベルに向けた。


「あいつの部屋だ。医者をつけて寝かせている」


 ズールと母はゼベルを連れてマラムの部屋へ向かう。 

 医者を横にベッドで眠るマラムの姿をズールは目にした。


 (ゼギアス様、私の妹が意識を失ったまま眠り続けているのです。どうか、診てやってくださいませんでしょうか?)


 ”すぐにサラと一緒に向かう”と返事が来て、もしかしたらという希望をズールは持つ。ズールと母が妹の表情を見つめているうちにゼギアスとサラが転移してきた。


「ゼギアス様、サラ様、ありがとうございます」


 ズールの言葉に”サラに診てもらえ”とだけゼギアスは答えた。

 マラムに近寄り、ベッドの横にある椅子に座ると、サラはマラムの手を握った。

 ぼうっとサラの身体がやや青く光り、その光がマラムも包んでいく。

 ズールと母はその様子を固唾をのんで見守っている。


 サラは目を閉じ、その光を強めていく。

 数分の静かな時間が過ぎ、サラは目を開けた。


「私にできることはやりました。損傷していた箇所は全て治せたと思います。あとは意識を取り戻すかですが、これは何とも言えません」


 ズールと母はサラに感謝し頭を下げた。

 妹の手を握り、ズールは”目を覚ませよ、母上もいるんだぞ”と声をかける。

 母も”マラム、起きておくれ”と娘の額に手をあて、見つめていた。


「この状態になってどのくらいですか?」


 サラはゼベルに問う。簡潔にそして冷静に、責めるような口ぶりではないが、サラの口調と視線にはゼベルには無視できない圧力があった。


「一日半くらいだな」


 ”何も食べずにこのままの状態が続くとマズイわね”とつぶやき、サラは背後のゼギアスの顔を見る。



「判った。俺も診てみよう」


 森羅万象でマラムの状態を診てみようとゼギアスは立ったままマラムに近づき目を閉じて手を握る。眠っているはずのマラムの意識を探そうとゼギアスは自分の意識をマラムに潜らせる。


 ゼギアスにはマラムの意識が白い雲のように感じた。

 雲の中を潜りながら、別の何かが感じられないか意識を漂わせる。

 やがて、やや灰色のような雲があることに気づき、そこへ意識を集中する。


 ”痛い”

 ”……怖い”

 ”目を開けたくない!”


 そういう強い負の感情が固まっていると感じた。


 その固まりに向かって、


 「もう怖くないし、痛い思いもさせない。ズールも居るし、母も居る。大丈夫だ」


 ゼギアスは語りかける。

 何の変化も無い状態が続いたが、ゼギアスは何度か同じことを伝えた。


 しばらくすると灰色だった固まりがやや白く変わっていることに気づいた。

 ゼギアスは続けた。


「もう大丈夫なんだ。ズールと母がマウルを怖い目になんか遭わせない。安心して目を覚ましな」


 固まりの中から、


 ”兄上……母上……会いたい”


 そう反応があった。

 幼い子供が母と兄を求めている。無条件に守ってくれる者を探しているような、そんな切なさをゼギアスは感じた。


「ああ、会えるんだ。だから安心して目を覚ませ」


 ゼギアスはここだとばかりに声をかけた。

 灰色だった固まりが白く変わったのを確認して、ゼギアスはマウルから意識を離した。


 ゼギアスは目を開き、


「ズール、お母さん、マウルに声をかけてあげてくれ」


 そう伝える。

 ズールと母は、”マウル、マウル、目をさましてくれ”と声をかけている。

 幾度か声をかけると、マウルが目を開いた。


「兄上、母上、……」


 マウルの声を聞いた母は、”良かった、良かった、ええ、母はここですよ”とマウルの手を両手で握り泣き笑いしている。


 ふうっと息を吐いたゼギアスに”ご苦労様”と笑顔のサラが、ゼギアスの労をねぎらう。ズールは深々と頭を下げゼギアスに感謝している。


「まあ、何とかなって良かった。とにかく栄養のつくものを食べさせて、しばらく休ませてあげな」


 ズールの肩にぽんっと手を置いて笑った。

 その様子を見ていたゼベルは、無言のままマウルの部屋から去っていった。


「もう大丈夫だとは思うけど、起きられるようになったらしばらくサラのそばに置いておけ。一月くらい様子見て何ともないようなら戻ってくればいい」


 ゼギアスがズールにそう伝えると、”ええ、我が家でしばらく一緒に暮らし、あとはマウルの意思に任せます。”と母と顔を見合わせながら答えた。


「じゃあ、俺とサラは先に帰ってる。何かあったら声をかけてくれ」


 ゼギアスとサラはその場から転移していった。


 目を覚ましたマウルと母をそのままにし、ズールはゼベルと会うために再びゼベルの部屋へ向かった。


「マウルはしばらく俺のところで預かる。ゼギアス様とサラ様がマウルに何かあったら診てくださると仰ってくれたからな」


 座って何事かを考えてる様子のゼベルにズールは伝えた。


「ああ、マウルのことは任せる」


「なあ? 俺は当主になりたいと思っていないし、今更お前を責めようとも思っていないんだ。そう頑なな態度を取るな」


「俺はどうしたらいいと思う?」


 ゼベルの言葉に、態度が柔らかくなったとズールは感じた。

 マウルの様子が戻ったので心が軽くなったのかもしれない。


「ここしばらくの間に、酷い対応をした一族の者達に謝罪し皆に戻ってきて貰え。きちんと謝れば一族の者なら判ってくれる。そして術士であろうとなかろうと全員を大事にしろ。きっと今回のようにお前が困った時には力になってくれるものが出てくる。あとは、そうだな、たまにはサロモン王国へ遊びに来い。相談にはいつでも乗るからさ」


 ズールの顔をじっと見て、


「兄上は戻ってきてはくれんのか?」


 ゼベルの口から”兄上”という言葉を聞くのは十年ぶりくらいだと、ズールは頬を緩ませる。


「ああ、俺はゼギアス様に忠誠を誓った。マウルを救ってもらって返せない恩がまた増えたし、サロモン王国に骨を埋めるさ。嫁も居るしな。今回は連れてきてないが、今度来る時は連れてくるよ」


「しばらく考えてみる」


 まだ素直に受け取れない様子のゼベルだが、確かに少しは時間が必要だろうとズールは思い一族のことにはもう触れなかった。


 ”母はマウルのそばに置いていく。マウルが起き上がれるようになったら迎えに来るよ”と伝えて、ズールはスアル族本家から立ち去った。


◇◇◇◇◇◇


 だいぶ無理を、といっても戦闘のことではなく、友好国が増えることで生じる体制の改善支援面でだが、無理をしたがジャムヒドゥンをサロモン王国側に引き入れられて良かった。ズール、うーん、アロンか、も、残っていたわだかまりを払拭できて、俺も一安心だ。


 スアル族本家から戻った俺は、今後の予定をヴァイスハイトと相談するために政務館へ向かっている。


「ゼギアス、少し話がある」


 エルザークが呼んでいる。

 あれ? 今日は訓練してないけど、事情は話したはず。


 エルザークが自分の神殿の中へ入っていくので、後を追う。

 エルザークと最初に会った広間に着くと、俺の方へ振り返り


「話しておくことがある」


 いつもと様子が違う。


 何というか、言うべきかどうか迷ってるように見える。


「ゼギアス、お前にはこの世界での龍王の役割を教えたことがあったな」


「ああ、聞いた。強大な力を持つ龍が好き勝手に暴れてこの世界に住む者を害することないよう統治する存在だったよな」


「そうじゃ。他にもこの世の理を乱そうとするものを排除する役割もある」


「それで、それがどうかしたのか?」


「そう焦るな。全て話すから。」


 ”判った。”と答えると続きをエルザークは話し始めた。


 龍王を倒そうとする龍が居て、それがケレブレア。ケレブレアだけなら、龍王とその護龍達が敗れることはないが、ケレブレアは龍王達を敗れる存在を育ててる。そいつが問題らしい。


 龍王はこの世の生物を基本的に攻撃しない。攻撃されたら反撃してくるが、攻撃されない限り攻撃してくることはない。もちろん例外はあるが滅多なことでは動かない。


 ケレブレアが育ててる者の名はカリウス、ゼギアスもその名は知っている。リエンム神聖皇国戦闘神官第一位のゼギアスと同レベルの化物らしい。


 ケレブレアが育ててることは龍王ディグレスも知っている。だが、まだ攻撃してきているわけではないからディグレスは直接動けない。龍王を倒せるほどに育ちつつあっても龍王には手を出せない。


「俺にそいつの相手をしろと?」


 なるほどな。だからケレブレアを倒せそうなほど強くなったとは言うけど、まだまだだともエルザークは言うのか。


「神竜はこの世に不干渉だとお前に教えたな。この件では我も悩んだ。今も悩んでる。だから手遅れにならぬようお前の成長を手助けしたが最後はお前が決めてくれ。この件ではすまぬと思っておる。カリウスはお前と同じデュラン族でもあるし、戦ってくれとは言えんが、同時に龍王を放っておけとも言えん」


 苦渋の決断だったんじゃ! とか言って偉そうにしてる方がエルザークらしいのに、しおらしい様子が気持ち悪い。


「いいよ。何となくだが、こうなるような気がしてた。ナザレスが鍛えてくれたり、エルザークが訓練の手助けしたり、いくら馬鹿な俺でもナザレスやエルザークが手出しできないことを俺にやらせようと考えてたことくらいは感じてたさ」


「すまん」


「神竜が簡単に謝っちゃいけない。で、急にそんなこと話してどうしたんだ? カリウスが龍王を攻めてるのか?」


「いや、この大陸の多くと繋がったお前はそろそろリエンム神聖皇国、ケレブレアのところとも本格的にぶつかりそうなのでな。国と国の戦いならお前のところに勝てる国はこの大陸には残っていないだろう。よその大陸なら判らんが」


 他にも大陸があるのかよ。

 まあ、今は関係ないからいいけどさ。


「だが、お前の国によってリエンム神聖皇国が壊れ、そしてケレブレアがリエンム神聖皇国に求めている役割が果たせないようになれば、ケレブレアはカリウスを龍王へ向かわせるだろう。その時になってお前に頼むのは心苦しいのでな。先に話しておこうと思ったのじゃ」


「そうか。判ったよ。この大陸はやっと変わり始めてるんだ。今から龍が各地で暴れだすなんてことは俺も困る。可能な限り龍王は守るよ」


 まったく困ったもんだよ。

 各国で役割分担して、各国も儲かるが、サロモン王国は更に儲かる形を苦労して整えてきたってのに、メチャクチャにされちゃ困るんだ。龍王が倒れられちゃ困る理由が俺にもあるんだから、エルザークがそんなに申し訳なさそうな態度とることはないんだ。


 それに神竜に対して失礼かもしれないが、建国からずっと一緒に居るエルザークも家族のようなもんだしな。家族が困ってるのに見捨てちゃいかんよ。


「さ、リエラの美味い料理を楽しもうぜ」


 ニハハと笑ってゼギアスはエルザークとともに家へ戻る。

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