60、敗北するテムル族(その三)
ホーディンは、慎重にゆっくりとブールドラへ向けて兵を進めた。
城内からは火があがり幾つかの場所で火事が起きてる様子も城外から伺える。
この状態で城内から伏兵の出現など考えられはしないが、それでも万が一に備えずに入城することなどホーディンは選ばなかった。
城内から逃げ出す住民も居たし、その中には兵の姿もあったが、ホーディンは追いかけることはしない。勝負は決したのだ。ユラジルでもどこでも落ち延びればいいと考えていた。どうせいずれ追い込まれるのだ。リエンム神聖皇国へ逃げるならまだしもジャムヒドゥン領内に居てはどこにも逃げられはしない。
ホーディンはナダールに命じて、ブールドラ占領をブレヒドゥン軍に始めさせた。
サロモン王国軍同様に、略奪や女性への暴行などを厳重に禁じて。
サロモン王国軍の戦闘を初めて見たナダールは、事前に作戦の内容を聞いていたものの、その結果の凄まじさに驚くしかなかった。数十万、推定五十万以上の敵軍を一兵も損なわずに殲滅するなどナダールには想像もできなかった。
……爆弾という武器と戦術はゼギアス様とヴァイスハイト宰相が考えたというが、神か悪魔の知恵とでも言うしか無いな。
ナダールは、キュクロプスとの戦いの場も見た。あの時は恐ろしい敵が出てきたと恐怖したが、それでも何かしら勝つ方法があるはずだと思えた。だが、サロモン王国軍の爆弾相手ではどうしたらいい? キュクロプスにはこちらの攻撃は届いた。飛竜やグリフォンが飛ぶ高度まで届く武器など思いつかない。建物に隠れていようと、建物ごと壊されてしまう。森に逃げても同じだろう。せいぜい馬に乗って逃げるだけがせいぜいだ。
ジャムヒドゥンがまだまとまっていた時、サロモン王国は仮想敵国だった。
もし戦争を仕掛けていたら、仕掛けられていたら、今起きたテムル族への蹂躙が四士族全体に生じていただろう。その際の被害はキュクロプス相手で生じた被害の比ではないだろう。
父ホルサと国王ガウェインの判断は間違っていなかった。
サロモン王国と敵対するなど頭がおかしいとしか思えない。
選択肢としては敵対もあったのだ。
その選択を選ばなかった父と国王に心から感謝する。
逃げ延びたテムル族が、この戦いの結果を思い起こし早めに降参することを祈る。
無駄な抵抗で、今は敵とはいえ同じ士族の屍を増やすことのないよう、ナダールは願っていた。
◇◇◇◇◇◇
「存外だらしがないな、テムル族も」
サロモン王国の侵攻でブールドラとサザンドラを失ったという報は、リエンム神聖皇国のブレヒドゥン侵攻軍を指揮する戦闘神官第四位アイアヌスのもとへ届いた。リエンム神聖皇国軍はこれから目の前に展開するブレヒドゥン軍と戦端を開こうとしていた。
サザンドラを攻略したのは、元戦闘神官第三位のバックスだという。
……そちらは仕方ない。
あのバックスが相手ではアイアヌスでさえ負けを覚悟する。今はキュクロプスが居るとは言え、バックスを甘く見ることは、過去一度も勝機を見つけることもできずにいたアイアヌスにはできない。
だが、ブールドラの方は結局敵軍の指揮官の名すら判らずに敗退した。
バックス以上の指揮官がサロモン王国に居るとはアイアヌスには考えにくい。
にも関わらず、サザンドラの倍近くの戦力を持つブールドラは落ちた。
テムル族が敗退し、ブレヒドゥンかガイヒドゥン攻略も難しくなった今、アイアヌスは全軍撤退しようか少し考えた。だが、先を考えると敵軍の数を減らしておくことも重要だ。適当に蹴散らしてから撤退すれば良かろう。
そう考えてアイアヌスは、キュクロプスに進軍を命じた。
敵軍は騎兵中心の編成二十万。
キュクロプスが居なければ、アイアヌスが前に出て敵にダメージを与えてから兵を動かすところだが、キュクロプスに任せれば兵は損傷しない。
前回キュクロプスと当たり敗北した経験を活かしてるのか、ブレヒドゥン軍はキュクロプスへ弓や術を使ってキュクロプスの手が届くところまでは近寄って来ない。キュクロプス相手に一撃離脱を繰り返している。
……まあ、弓や術程度ではキュクロプスは傷一つ負わないだろうから、好きにさせておく。たまには暴れさせないと、キュクロプス達も苛々していたからな。
アイアヌスはキュクロプスの姿さえ視認できるならキュクロプスとの距離が離れても気にしないままその後をゆっくり進軍させていた。
・・・・・・
・・・
・
「そうだ! キュクロプスに傷を負わせる必要はない。事前に伝えたように例の地点まで誘き寄せるのだ! 決してキュクロプスの攻撃が当たるところまで近づくなよ! ブールドラ攻略に参加した我が軍は誰も怪我一つ負わずに勝利を治めた。我が軍も全員それに倣うぞ!」
撤退戦を演じながら、指定地点までキュクロプスを誘導するホルサとその長男アドラド、そしてガウェインの長男ストラートは、ブールドラ早期占領の報に気力が充実していた。
サロモン王国との間で決めた作戦は順調に進んでいる。
こちらも作戦通りに戦えば、必ず勝利できる。前回は煮え湯を飲まされたキュクロプスとリエンム神聖皇国に思い知らせてやろう。ウルス族もダギ族も一度やられた相手にはきっちり落とし前をつけさせるのだと。
戦いを開始してから一時間が過ぎ、そろそろ指定地点までキュクロプスも到着する。あと一息だ。
……よし!
「全軍、指定地点から離れよ! そうだ、逃げ遅れるなよ! 次の攻撃に巻き込まれるなよ!」
ホルサが全軍に指定地点から急ぎ離れ、ジャルディーン側へ逃げるよう叫んだ。
……よし……よし、いい子だ、そのまま……そうだ! 今だ!
ホルサが手を挙げると、キュクロプスの下の地面に大きな穴が開き、キュクロプス達三名はその穴に落ちる。その穴は、事前にキュクロプスがちょっと跳ねた程度では地上に手が届かないほどの、二十メートルほどの深さにサロモン王国軍の土属性魔法使い達が掘っておいたのだ。ブレヒドゥン軍がその上にいる間は、カモフラージュした風属性と土属性の混合魔法で偽の地面を置き、キュクロプスが乗った瞬間に混合魔法を解除して落としたのだ。
キュクロプスが穴に落ちたと同時に、アイアヌスが率いる軍勢にも上空からトウガラシ爆弾を落とし、キュクロプスの様子を確認できないようにする。
上空から、キュクロプスの穴に多くの魔爆弾が落とされる。
状態異常の各種、属性魔法、そして聖属性が付与された属性魔法などの魔爆弾が次々とキュクロプスの頭上から落とされ、穴の中で爆発する。
通常の爆弾ならば、いくら土属性魔法で強化してるとはいえ穴そのものも壊してしまうだろうが、魔爆弾はいくつかの魔法を除くとその心配はない。だが、フォモール族のような弱点は見つからない。さすがに三代前の龍王が封印するだけで滅ぼせなかっただけはある。キュクロプス丈夫!
……ついに、サロモン王国、人型決戦兵器ゼギアスの出番が来た。
ちなみにシンクロ率など関係ないし、アンビリカルケーブルも付いてないのであしからず。まあ、敢えて言えば、電気ではなくエロい奥様達とのイチャつきと可愛い子供達の笑顔と抱っこをエネルギーにしてるかもしれないし、今まで暴走したことはないし、今後は判らないが、今日のところは大丈夫だろう。
「そうかあ~しょうがないなあ~」
ちょっとゼギアスは嬉しそうだ。
”いやぁ~美味しいところ貰っちゃって悪いなぁ~”などと頭をカキカキしながらキュクロプス舐めたことを言っている。
このまままったく出番がないのは寂しいと感じていたので出番を貰えて嬉しいのだ。
ゼギアスは穴の縁に立ち、キュクロプスに目を向けたあと、両手に強い光を帯びさせていった。どうやらキュクロプスのサイズを目算したらしい。
小さい光にも関わらず、遠目から眺めているホルサも眩しく感じるほどの強い光がその輝きを増し続けている。やがて、穴にその光を投げ込み、少し確認したあとゼギアスは笑顔でホルサのもとへ戻ってくる。
「え?」
何が起きてるのか判らないホルサは、ゼギアスの顔を見ながら疑問を口にした。
「覗いてみ?」
そう促されたホルサは、キュクロプスが落ちた穴を恐る恐る覗き込んだ。
そこには光に包まれたキュクロプスが、その巨大な身体を光に圧し潰されている姿があった。そして光とキュクロプスの間に隙間が無くなると、キュクロプスはその光に喰われているように見えた。声を出しているようだが、光の外には聞こえない。
口から泡を出し、血走った目で暴れているがどうにも出来ない様子。
ゼギアスは、聖属性龍気でキュクロプスを包むほどの結界を作り、、その内部に闇属性を纏わせた風系魔法を満たした。そして聖属性の龍気の空間を徐々に小さくし、聖属性の影響で弱ったキュクロプスを闇属性を纏った風に喰わせているのだ。
「上手くいった。聖と闇属性が相克を起こさないよう調整が面倒だったけど、何とかできた。それじゃ、撤退戦演じてストレス溜まったろ? 残るリエンム神聖皇国軍を蹴散らしてきたらどうだ? あ、上空から爆弾落ちてくるからそれには気をつけてな。そろそろ止まるけど一応ね。」
笑顔のゼギアスの言葉に従って、部下達に掃討戦をホルサは命じた。
リエンム神聖皇国軍は、トウガラシ爆弾と通常爆弾のせいで統率の取れていない、既に烏合の衆四十万の兵が目の前に居る。
ブレヒドゥン軍は、溜まった鬱憤を晴らすかのように、リエンム神聖皇国軍を蹂躙した。同じ一撃離脱でも敵を誘導するためのモノではなく、敵軍を切り裂くように突っ込んでいき、そして反撃を許さずに離れ、体制を整えては再び敵軍を切り裂いていく。
サロモン王国でもダヤンが得意とする一撃離脱戦法だが、ブレヒドゥン軍もダヤンが指揮する軍と変わらず見事な動きだった。十万の騎兵が統率され、敵が体制を立て直す暇を全く与えず、一方的に倒していく。さすがに一大帝国を築いたジャムヒドゥンの精鋭だなぁとゼギアスは感心していた。
アイアヌスは目と鼻をやられて、満足に指揮もできず魔法で対抗することも出来ずにいた。後方に下がり自身に何とか治癒魔法をかけ、指揮を再開しようとしたが時既に遅く、バラバラに砕かれたリエンム神聖皇国をまとめ直すことを諦め、全軍に撤退を命令した。アイアヌスはこの戦いで二十万の兵とキュクロプス三名を失った。
侵攻した際には四十万居た兵が半分となって撤退していった。
リエンム神聖皇国軍が撤退する様子を見て、ホルサもまた戦闘停止を全軍に命じた。追撃を望む声もあったが、ホルサはその必要を感じなかった。リエンム神聖皇国はキュクロプスを失い、更に二十万以上の兵を失った。ブレヒドゥン軍としてはこれ以上望むのは欲が深いというものだ。
「俺達は前回の屈辱を晴らした。その上、テムル族の奴らにもきついお仕置きをした。今日のところはこれで良いだろう。皆、よく指示にしたがってくれた。では、帰るぞ!」
ホルサの号令に兵たちは沸いた。
ある者は手にした槍を突き上げ、ある者は鞍を叩いて叫んだ。
最後のリエンム神聖皇国掃討で怪我を負った者が数十人出たが、その程度は戦いの規模から言って無傷も同然。大勝利であり、大いに祝うべき出来事だった。
この戦闘に参加した者達は指揮官から兵卒まで皆誇らしい顔をしている。
その様子を見てホルサは、これからの体制変更を説得する際、意外と早く片付くかもしれないと感じていた。
戦いは、戦闘の場だけではないのだ。
ホルサは気持ちを引き締めていた。
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