60、敗北するテムル族(その一)

 サロモン王国ジラール軍事総督バックスの号令と共に、ジラール駐留軍の新ジャムヒドゥンへの侵攻が始まった。リエンム神聖皇国国境側はガイヒドゥン軍二十万で守りを固め、侵攻軍は全てサロモン王国軍で編成されている。



 目指すは、新ジャムヒドゥン第二の都市サザンドラ。

 人口二百万の、この世界では大都市の部類に入る都市である。


 ジラール駐留軍は五万の兵をジラールに残し、十万の兵で侵攻する。

 侵攻軍は地上部隊のみで編成されているが、カリネリア駐在の空戦部隊所属の飛竜とグリフォンで構成された百五十体の部隊が上空からのトウガラシ爆弾と爆撃で攻撃する。


 決行日は、新ジャムヒドゥン主力騎馬兵の足が鈍る雨天を選んだ。ちなみにサロモン王国軍は土属性魔法を得意とするメンバーを主力とした支援部隊が、部隊の進軍に併せて地面を固める。雨がサロモン王国軍の足を止めることはない。


「バックス総督、敵部隊がサザンドラから出撃したと斥候から報告がありました。その数およそ三十万。サザンドラ駐留のほぼ全軍です」


 副官のネクサスからの報告を聞き、バックスは一旦、進軍を止める。


「作戦通り中央軍を残し、左翼と右翼は敵との合流予定地点の両側を目指せ。合図があるまでは動くなと徹底しとけよ。いくら我が軍の頑丈な兵等でも、頭から爆弾かぶりたくないだろうからな」


 侵攻軍は中央に三万を残し、左翼三万超と右翼三万超は指示通りの動きを始める。中央軍は厳魔ラルダの指揮のもと厳魔三千を中核とした突撃部隊。属する獣人も豹人族や虎人族などの屈強な者が集められている。左翼と右翼はそれぞれアマソナス二千を中核とした撹乱部隊。右翼はアマソナス族長のヘラが、左翼はデーモンのジズー族族長ハメスが指揮をとっている。


 バックス等司令部は支援部隊と長距離攻撃部隊を指揮することになってる。


 AK-47を持つエルザとクルーグは、バックスの指揮下で敵軍指揮官を狙い撃つ。

 術の影響範囲外から爆撃するので、術師対策は特に必要なしと判断されている。


 遠くに騎馬が起こす水煙が見え、バックスは空戦部隊に敵の戦闘へからトウガラシ爆撃を開始するよう伝えた。


「始めるぞ! 全軍、無理することはない。敵は我々の空戦部隊に対抗することはできん。敵が乱れたところを安全に刈り取るだけの作業だ。こんな楽な戦いで怪我などしたら笑ってやるから覚悟するように!」


 いよいよサザンドラ攻略戦が始まる。


・・・・・・

・・・


 サザンドラは国王となったヨハネスの長男ファレズが守備していた。


 ファレズは、ガイヒドゥン方面からの予想外の侵攻に急遽対応せざるをえなかった。

 また同じ騎馬軍による攻撃を得意とするガイヒドゥンが雨天を選んで侵攻してくるとは考えてもいなかったので、具体的な対応策もなしに軍を展開するしかなかった。


 だが、敵数は十万程度と聞き、三倍の兵力で蹂躙可能と考えた。侵攻軍は中央が薄く、また左右に兵を開いたと聞き、中央突破し、背面で転回してから包囲殲滅できると、自身で十万の兵を連れて中央突破を企てようとした。残り二十万は敵両翼を牽制しつつ敵中央軍に当たるよう指示した。


 ファレズが敵両翼の間に侵入した時、上空左側から近づく百体ほどの物体が見えたと報告があった。だが、その物体は豆粒ほどの大きさで遠く離れてることが判る。敵の斥候か何かで戦いには影響はないとファレズは判断し、そのまま進軍を続けた。


 ファレズが率いる軍の左右敵軍に動きは見えない。自軍の後軍が牽制してるため動けないのだろうと考え、目の前で待つ敵中央軍の姿が見えてきた時、上空から黒く丸い物が次々と降ってきて、地面に落ちると破裂していった。


 破裂した物から赤灰色の煙が勢い良く周囲に広がり、ファレズの部隊は兵も馬も進軍を止める他なくなった。煙自体は薄く、視野を遮るほどのものではないのだが、その煙に巻かれた兵は皆目や鼻を押さえてる、ファレズも刺さるような痛みを感じ、思わず手で目をこする。


「な、なんだ、これは!!」


 目と鼻が痛み、涙と鼻水が止まらない。

 馬も暴れ、多くの兵が振り落とされる。

 兵達も”目が開けられん””馬が言うことをきかない”などと声をあげ、現在の状況が戦線の先頭であることを考えると、危機的状況であることはファレズにも明らかであった。


 ズダァーーンという音とともに、ファレズの肩に痛みが走る。何かに肩を撃たれたのだが矢ではない。だが、撃たれた傷は熱く痛み、押さえた手に血の感触を感じた。

 続いてまたもズダァーーンという音が鳴り、腹部に痛みが走った。

 ファレズは肩の痛みも我慢してなんとか留まっていたが、腹部の痛みに耐えかねて暴れる馬の上に留まることができずついに落馬した。


 何が起きてるのだ……。


 腹部を押さえ、身体を地面から起こすと、自軍の後方でもズガァーン、ズガァーンと爆音が鳴り、そちらに顔を向けると土煙と一緒に大勢の兵が吹き飛ばされてる様子が見えた。爆音が鳴るたびに自軍の兵が吹き飛び、ファレズ同様に何が起きてるのか判らない兵達からは救いを求める声、神を呪う声、退却を望む声が聞こえる。


 爆音は百回を越え、いつまでも終わらないかと感じていた。

 このままファレズも吹き飛んで死ぬのかもしれないと思っていた。


 自軍が敵と接してもいないうちに陣形を崩し、逃げ惑う自軍の様子をファレズは目を見開いて呆然と見ている。


 何ということだ、鍛えられた我が軍が何もできずに右往左往しているとは。


 その時、敵軍から鬨の声響く。

 今まで全く動きの見えなかった敵軍が全て自軍目がけて動き出した。


 マズイ、このままではマズイ。


 ファレズは力が入らぬ身体に鞭を入れ何とか立ち上がり、


「密集せよ! 陣形を、陣形を立て直せ!!」


 やっと我に帰ったファレズは、叫び続け、必死に自軍の中まで戻ろうとする。

 ……俺が戻って再編し撤退しなければ、敵軍に蹂躙されるだけだ。


 その危機感だけで痛みに耐え、走り続けた。だが、背後から大勢の駆け寄る足音が大きくなり、ゴンッという頭部への衝撃とともにファレズは意識を失った。


・・・・・・

・・・


「ぅ、ぅぅうう」


 ”バックス総督、敵軍司令が目を覚ましたようです。”部下の報告を聞き、バックスは椅子に縛りつけたファレズの前に近づく。


「どうやら気がついたようだな。治療しておいたから、傷は痛むまい」


 ファレズがその声に反応し、顔を上げる。

 身体は椅子にロープで縛られ、手足も同様に縛られてるようで動かせない。


「……」


 まだはっきりとしない目で、目の前に立つバックスを見ようととする。


「テムル族のファレズだな。敵が今の俺で良かったな。これがリエンム神聖皇国時代の俺なら即座に殺していたところだ」


「誰、だ?」


 喉が乾いてるのか、それとも自分の血で喉が痛いのか判らないが、ファレズは詰まらせた声を出した。バックスは”水を飲ませてやれ”と部下に指示を出す。


 カップから流れてくる水で喉を潤し、一つ咳払いしてから、


「……すまない。……お前は誰だ? ルーカンのところの者ではないな」


「俺はサロモン王国ジラール駐留軍総督バックスだ。元リエンム神聖皇国戦闘神官のバックスのほうがジャムヒドゥンの方々には知られているかな?」


 戦闘神官バックス、ファレズは面識はないが、父ヨセフスからは何度か煮え湯を飲まされた相手としてその名前は聞いて覚えている。そうか、サロモン王国へ亡命したと聞いていたが、ジラール駐留軍の総督に就いていたのか。


「俺に何か用か?」


「ああ、お前をここに残したのには理由がある。サザンドラ周辺の士族に降伏を呼びかけてはくれないか?」


「何故そんなことをする。お前達なら造作もなく叩き伏せられるだろうに」


 あんな見たことも対応もできない攻撃の前にはテムル族は手も足も出ない。

 それはバックスもわかっているだろうに。


「うちの国王は無駄な殺生が嫌いでな。できることなら不必要な戦いはせずに済ませたいと言われてるんだ。俺個人としては蹂躙してやりたい気持ちもあるが、俺は国王が好きでな、恩もあるが、国王の気持ちは大事にしたいと思ってるのさ」


 国王の命は配下なら従って当然、好きだから気持ちを大事にしたいなどという軍人にはファレズは初めて会う。


「ふんっ、甘い国王だな。降伏を説得するのはいいが、条件がある」


「聞こう。だが、調子に乗るとお前が困ることになるぞ」


「降伏を受け入れた士族は、お前達に攻撃をしないだけであとは自由してやってくれ」


 バックスはファレズの顔をじっと見て、顎に手を当て考えている。


「待機してる現在の土地から移動しない、それも付け加えてもらおう。それでいいならお前の条件を飲もう」


 ファレズはバックスの条件を聞き、”それなら説得してもいい”と頷いた。


「あ、そうそう、お前の部下で生き残った者はサザランドの兵舎に監禁している。まあ、十万も残っていないがな」


 サザランド駐留軍の三分の二を失ったのかとファレズは愕然とした。

 ……何もできずに。


「じゃあ、今日のところは休め。明日からはうちの配下とともに説得に回って貰うからな」


 バックスはファレズを連れて行けと部下に指示した。

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