第13夜 母親の愛情と父親の怠惰

『お願いですっ! 離して、っくだっさぃいい~~博士っ! 博士ぇええ~~‼』


 彼女の悲鳴が室内に響く。

 それにリノの怒りもヒートを起こす。

「鬼灯トントぉおぉう‼」

 身体を身震いさせるリノを他所に、

(まるで)

 ボンドの頭は冴えていき、あらぬ方向に考えがいってしまっていた。

 

 自身の身内でもある《円人類ウロボロタルト》は、自身の出身や、血筋に誇りを持ち、《人類ヒューマタルト》を見下すといった最悪種だった。


 どこか、彼には固執した劣等感に同じようなものを感じていた。

 

(ひょっとしたら、……《混血種クロマクロ》で、俺みてぇなんじゃねぇのか? この辺りの人間を心酔させるなんてのは長い年月だ、膨大な魔力があれば可能だっ)


 目を瞑ったボンドに、

『「今さら関わったことを後悔したって、遅いのよ? 貴方w」』

 ゼロのサト江が嘲笑った。

 不躾な言い方だったが、あえてボンドも言い返さなかった。


 【可】もなく。


(別に後悔なんざ、してねぇし)


 【不可】もなく。


(親父が産まれた国だ。来れて見れただけ、もぅけもんさ)


 なんとも言えない感情と言葉。

 とても複雑だが。


 言う必要もない。


「ほら。続き見ようぜ! 続き!」


『「ええ」』


 ◇


『これがアタシの研究だ! あはははは‼』


 次の映像には二階堂サクラの悲鳴の音声はなく。はなから、ここからの撮影さったのか。

 だから、2人は彼女が死んだのだと察したのだった。

 だが、すぐに思いは吹っ飛んでしまう。


 ◇


『ああ。博士ぇ、……ぁん、博士ぇえ』


 ◇


 明らかに二階堂サクラの音声で、艶のある、彼を呼ぶ声。

 場所は同じく研究室の中で、時折だが、散らばった衣服の映像も一瞬と映る場面があった。


『ようやく。ここまでこれたよ、ありがとう、サクラ君』

『いえいえw』

 声は二階堂サクラ女史。

 また、カメラが動き長い艶やかな髪が映し出された。

『後はだよ? ……この試験体をどうするかだよ? なぁ』

『ええ』

『サクラ君。君なら――』


『トント博士と同じだといいんですが。私は育てますよ』


 芯のある強い言葉だ。

 それにはトントも、

『君には驚かされてばかりだ。名前をね、考えていたよ』

 声を弾ませて言う。


『サト江でいいじゃありませんか』


 サクラの言葉にトントも押し黙ってしまった。

 それもそのはずで。


『そこでどぉして、……ママの名前を出すのかなぁー~~意地悪な子だ』


『親が親になり、子が子になる――親子です』

 周り諄い言い方をするサクラは、さらに続けて言う。

『愛をもって接して下さい。愛で世界を救いましょう、ねぇ? トント博士w』

 甘える口調の彼女に、

『そぉしましょうかぁ?w』

 トントも声を弾ませた。


 ◆


 どんな顔で、

「『愛で世界を救いましょう』か」

 なんて二階堂サクラは言ったのか。

 ボンドの言葉にリノは、

「愛で世界なんか救われないわよ‼」

 否定の言葉を吐き捨てた。

 横に座るボンドの耳に向かってだ。


「ぅ、っさ! ……サト江、まだ長いのかよ?」

『「長いかな?」』

「お前の目に、今、敵が映ってないってことでいいのか?」

『「ええ。今は大丈夫ですよ」』


「んじゃあ。続きを!」


 ◇


『いい子にしていたかい? サト江』


『はい』


 真っ白な空間の中央に置かれた丸椅子に腰かける少女こそが、トントが創造し産み出した――【サト江】であった。

 容姿はリノが知る彼女ではない。

 ゼロのサト江よりも幼い面持ちだ。


 ただ。

 彼女には表情がない。

 返事を返すだけの傀儡でしかない。


『なぁ、サト江』


『はい』


『……いいや、なんでもないよ』


『はい』


 ◇


『博士』


『うん? なんだい』


『博士』


『うん? なんだい? サト江』


 サト江は顔を横に振った。


『そっか』


 ◇


『博士』


『うん? なんだい』


 細く伸びた脚をバタつかせ。

 細い腕はお腹を抑え、頬を紅潮させた。


『ぉ、お腹が空いたわ』


『! ぁ、ああ! ああ!』


 トントの声も大きく弾んだ。


 ◇


『ほら。ご馳走だよ? 口に合わないかい??』


 ◇


『何が食べたいんだい? サト江は』


 ◇


『新鮮な、……お肉……』


 ◇


『博士! いけませんよ、そんなことは冒と――』


 二階堂サクラの声は響き渡った。どうにも、彼女はトントがすることは、彼女にとってはして欲しくないことのようだった。

『しかしねぇー~~サクラ君。君だって、観たでしょう? あの映像を』

 彼の言う映像自体が、どのことなのかは2人には分からないのだが。

『ぁ、アぁアァっっっっ‼』

 号泣するサクラの声が流れ続けた。


 ◇


『食べたい、……食べたい……食べたいの。新鮮なお肉をぉおお‼』


 ◇


『サクラ君』


『はい』


『――……いいのかい?』


『はい。お先に逝かせて頂きますw』


 トントの手には出刃包丁が握られていた。

 大理石の床に腰を下ろすサクラは背中をトントに向けていた。


『済まない! アタシにとって、君は――~~っっっ‼』


 ◇


『おかわりはないの?』


 ◆


「っな、なんて、……こと、なの??」


 少女は成長し、リノの知るサト江に変わっていた。

 


 


 


 

 

 

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