第5夜 人狼の嗅覚

 山頂の白い建物がリノとボンドの為に、大きく口を開いた。

 まるで、2人が来たのを察したかのように。

 しかし2人は、とくにリノは躊躇をすることもなく建物の中に足を踏み込んだ。瞬間、中の灯りも一気に点いた。内部も真っ白で、光りが点いたことによって神々しさもある。


「お前さぁ~~なんだって。そのトント博士ってのに詳しい訳?」


「……私の家は。この施設の横にあるの」

「???? どゆことだよ?????」

「噂で聞いたの、……きちんとパパやママに聞いたことはないけど。島民の、ほぼ全員が《研究員》だって。何かの研究をしていて、政府や、世界規模の何かを開発をしているって、ね」


 入り口を入ると、そこには【受け付け】という場所があったが。誰一人として、座ってはいなかった。それにはボンドも、深夜だしなと割り切った。


「んで。お前の親父さんとお袋さんは? 家にはいなかったって??」


「……ええ」


 頷くリノにボンドも、

「じゃあ。お前の両親ってのも関係者で――【共犯】ってことか」

 素っ気なく言い放った言葉にリノは、

「うっさいわよ! 役立たずのくせにっ!」

 顔を真っ赤にさせてボンドに言い返した。


「こんな事態に居ないってのが事実だろう? ……だから、リノも来たんだろう??」


「っち! 違うっ! 違うっっ! 違うわよっっっっ‼」


 リノは顔を大きく横に振った。

 強気な目にも涙が溜まっている。


「パパやママは! みんなは逃げたのよ‼ そうよ!」

「子供のお前を置いて行くかぁ? 普通」

「!? なんなのよ! あんたはっっっっ‼」

 しゃがみ込んでしまうリノにボンドも膝を折り、

「それが親心なら、いいなって話しさ」

 リノの頭を優しく撫ぜた。

「……ええ。そうね」とリノも立ち上がった。

 目を肩で拭うとリノは口を開いた。


「早く! トントの野郎に逢わないと‼」


「だけどもだ。……どこに行くんだ? どこにいるだとか分かるのかよ??」


 ボンドがリノに首を傾げて聞く。

「っそ、それは……知らないけど? 何か??」

 リノも唇を突き上げて言う。

「二階、とか? ほら、大抵の悪者って馬鹿みたく上にいるじゃない?」

 ぼそぼそと言う様子の彼女にボンドも、

「安易だなぁ~~」

 顔を両手で覆うしかない。

「しゃー~~ないなぁ!」

 そう声を上げると――


 ボンドは人狼の姿になった。


「!?」


 顔は毛深くなり、耳が頭上にあり。

 腰から尻尾が生えて左右に揺れている。

 ただ、きちんと人間のように立っていた。


「ぁ、あああぁあんた?? っそ、その姿わ????」


『「? 親父の血のが濃いから《人狼》になれんだわ、どうだよ? カッコイイかよ?!」』

 くるん、と回るボンドにリノも頷く。

 彼女は愛犬家である。目を輝かせてボンドを見据える様子にボンドもたじろいでしまう。

『「っじょ、冗談だかんな?? っな????」』

 半歩身体を後ろにやり、息を整えた。


『「さてと? 一丁、嗅ぎますかっ‼」』


 ◆


 ふん! 


 ふふふん‼


 くんか、くんかくんか――……


 ボンドは四足歩行で地面の、そして辺りの空気の匂いを嗅いだ。本当に犬と、大して変わらない行動をする彼にリノも聞く。

「ねぇ? どうなのよ」

『「ぅん~~っかしんだよなぁ」』

「分かんないの? その犬になっても??」


 たし。


 ぐぐん! とボンドは二足に戻った。

 そして、顔をリノへと向け、牙を見せる。

『「《人類シューマタルトに近づくと能力が弱体化すんだっつぅの! だから、これはもうしょうがないって思ってくんねぇかなあ?!」』

 泣き言をリノへと弱音を言い漏らした。

「勝手に傍に来たのはあんたなんですけど? 何か??」

 腕を組み、素っ気なく言い放つリノにボンドも、頭を俯かせた。

 

 と。そのときだ。


『「あ。匂うな」』


 微かな匂いがボンドの鼻先を掠めた。


「てか。あんた、博士の匂いなんか知らないじゃない……」


 思わずボンドの言葉にリノもツッコミを入れてしまう。嗅いだこともない匂いを、彼の匂いと言うボンドの言葉をリノは信用が出来なかった。

「本当に、……博士の匂いだって、そう言いきれるの? どうして?」

 四足歩行にボンドが戻り、床を嗅ぐ。

「ねぇってば! 聞いているの?? ボンドっ!」

 聞くリノを他所にボンドは、集中をして嗅いでいた。これはもう人の大きさのある、完全なる犬であった。人の言葉も、分からなくなっているんじゃないのかと、リノは思ってしまった。

 一心不乱に嗅ぐボンドの後ろを、シャベルを握り締めたリノも続く。きょろきょろと見渡しても、人の気配も、音すらも何もない。

 まるで廃墟のようで、言いしれない恐怖にリノの全身に汗が浮かんでしまう。


『「おいおい。お前の匂いが混じっちまうから、【体臭フェロモン】なんか出すんじゃねぇよ、リノぉー」』


 恐怖であるリノの体臭に、ボンドも舌打ちをして言う。あまりにも集中し過ぎていて、ただの人間に過ぎないリノに配慮が出来ないのだ。まだ、若い少年ボンドは。


 ヒュン!


『「!?」』


 ガコン!


 リノのシャベルがボンドの顔先の床に刺さった。

 ピカピカのシャベルに、ボンドの顔も映し出され、後ろにいるリノの般若に近い表情も映し出されている。それにボンドも、ここで気がついた。


『「……何? 怖いのかよ、リノ」』と言葉のいい具合は乱暴アレだったが、二足歩行に戻り、リノと向かい合った。

『「俺ってば。怒らせちゃったの?」』

 頭を掻くボンドに、

「役立ってるかと思って調子に乗らないでよねっ! 犬の分際でっ‼」

 リノがシャベルを掌で弾いた。

 表情は依然と強張っていて、身体も戦慄いている。


『「俺がいるんだから、怖くなんかないだろう?」』


「!」


 笑うボンドにリノも口をへの字にさせてしまう。

 今の言葉が堪らなく心強く、頼もしくも――嬉しかったからだ。

 だが、それを言いたくもないとも思った。彼を調子に乗せる真似はしたくもなかったからだ。


『「……こんな格好で、怖くない人間もいないかぁ~~……」』


 しょぼんとして、尻尾が丸まる様子にリノも、罪悪感が胸に締めつけた。だけども、なんと言えばいいのか、言葉を見つけることが出来ないでいた。

 リノからの言葉もなくボンドも、

『「こっちから匂うんだ。行こうぜ」』

 リノに方向を知らせ、そのまま歩いた。

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