【第三部】第四章「インサイダー取引」



 食事の日から数日経ち、俺は淡々と変わらずに業務をこなしていた。ひとつ分かったことがある。カルト宗教もそうなのだが、恐ろしく働く人が真面目なのだ。社長が会社の癌(がん)であることを疑わないのか。それとも福利厚生が少しずつ是正されていたのか。詳しいことは分からない。ただ「臭いものにフタをしたような労働環境」が俺にとっては違和感を感じる原因となっていた。


 会社のゴミ箱と呼ばれる「繁殖課」は「十三年前の放火事件」以来に焼失してしまったらしく、一見ホワイト企業に見えるような空気感がとても気持ち悪かった。


 そして、黒石は頻繁に俺の研修している「企画課」に足を運んでいた。どうやら、調べた結果、俺のことが分かったのだろうか。相変わらず、満面の笑みで近づくと、胡麻をすって、肩を揉みそうな勢いで近づいてくるのだった。




**


 一週間ほど経ったときだった。俺は前もって師匠から「証券と会社登記簿」を受け取ると、出勤してすぐに社長室のドアをノックして中に入った。


 「ああ、近江くん!呼び出して済まなかったねぇ。なんか調べてみたんだけれど、『(株)グリーンファーム』はしっかりした会社じゃないか」


 黒石はめちゃくちゃ笑顔で俺に話しかけてきた。俺は机の上に銀色のアタッシュケースを置き、中を開いて黒石に見せた。


 「ここに……会社の有価証券が一億円分。それから会社の登記簿が三億円分あります。先払いで……二十億円で買ってもらえますか?」


 「五倍って計算になるわけか。分かった。俺も先物取引だ。買おうじゃないか。ひひっ」


そう言って、黒石は小切手に額面を記入すると、そのまま切って俺に渡した。そして、握手をした。


 「お互いにいい買い物をしたな。ひひっ」


 「じゃあ、俺は……これで失礼します」




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 翌日、俺は会社を早引けし、会社の連絡先に登録していたプリペイド携帯の連絡先を廃棄した。そして師匠に連絡した。


 「師匠。あ、怪しまれずに……小切手を受け取ることが、出来ました」


 「……油断するな。あいつの総資産は恐らく五十億円は下らないだろう。俺がその金を資金洗浄(マネーロンダリング)して正規のルートで流し直す。そのまま帰ってこい」


 「分かりました」


 そのまま、俺は、森城町に行き、師匠に「黒石から受け取った二十億円の小切手」を換金してもらう。黒石から受け取った小切手は正規のものと言うことが判明し、銀行にも確認が取れたので、そのまま二十億円の資金を黒石から受け取ることが出来た。そして師匠渡した諸手数料を抜いた五億円が俺の正当な稼ぎとなったのだ。


 なんと言うか、あっけない幕切れだった。なんとなく違和感を感じていた。




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 しばらくして、「(株)グリーンファーム」の新製品情報がデマであることを、俺はトレーダーに流した。すると、株式は急激に暴落し、市場価値は紙くずになったのだった。今持っている黒石の株資産は五分の一を切っただろう。




**


 俺は荷物をまとめ、師匠に別れを告げて出ていこうとしたときだった。一本の非通知着信が俺のスマートフォンに入ってきた。恐る恐る電話を出てみると、その電話口からは「聞き覚えのある女性の声」がした。その女性は一年以上前に、「俺の首を絞めようとしたその人」の声だった――。

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