お出迎え

「やっぱでけえ…」

 門構えを前にして『懐かしい』より先にこの感想が出てしまった。

 爺ちゃん婆ちゃんの家に来るたび毎回この言葉を言っている気がする。安土とか桃山なんちゃらの茶碗や刀が出てきてもおかしくない和の豪邸。家というより屋敷だ。実際、蔵なんかもあるし本当にお宝が眠っているかもしれない。よく知らないけど。

 それにしても、うちのご先祖さんは一体何者だったんだ。


「おっきい…」

 香奈も同じ感想だった。

 二人とも呼び鈴を押すのも忘れて、まじまじと眺めてしまった。



 まだ身長が今の半分くらいしかなかった頃のことをふと思い出した。

 香奈と二人でこの屋敷の中を走り回って遊んでいた。俺は右利きで香奈は左利き。二人とも利き手に一番お気に入りのおもちゃを握りしめ、逆の手をお互いガシッと繋ぎ合っていた。それが冒険する時のいつものスタイルだった。最後は玄関を飛び出して裏山にある神社へ続く長い石段を全力疾走、狛犬こまいぬがラスボス役だった。神社は確か守鉄姫すてつきとかいう名前だったはず。もしかしてこの山全体も代々伝わる土地だったりするんだろうか。



 思い出にふけっていると、婆ちゃんが出迎えに出てきてくれた。


「おお、香奈。元気にしておったか。べっぴんさんになったのう」

「おばあちゃん!久しぶり!!」

 道中とは打って変わって、ひまわりのような笑顔になる香奈。片手にペットボトルでも持たせれば、そのまま清涼飲料水のCMにいけそうだ。雲ひとつ無い青空と照りつける真夏の太陽のせいか、そんなことを思った。頬を伝う汗も純度百パーセントのダイヤモンドみたいにキラっと輝いてみえる。



 ひとしきり香奈と話し終えると、婆ちゃんが笑顔で俺に話を振ってきた。


「ところで塔矢はもう彼女はできたんかい?」

「ま、まあ別に」

「まだおらんのかい?」

「ま、まだいないよ、ははは…」

 来るだろうなと予想していた質問にぼんやりした返事をした。『まだ』とは言ったけれど予定は未定。俺の携帯のスケジュール帳に女子の名前が載るなんてことは、まあまず無いだろうな。


「でも仲がいい子ぐらいはおるんじゃろ?」

「ま、まあね…」

 ああもう、しつこいよ婆ちゃん。彼女いるいないトークは、投げる方は楽しいけど受け取る方は地味にダメージにあったりするんだよ。『週末何してる?』とか『趣味は?』の質問に『魔法少女』と答えられずに『いろいろ』とか『探し中』のような煙幕えんまくいて逃げている俺。必然、女子との会話に花が咲くはずもなく。交わす言葉は大抵大きめの付箋ふせん一枚でおさまる量で終わってしまう。

 最近は妹繋がりでやりとりする相手が増えて、嬉しいような、困ったような状況ではあるが…といってもその相手の大半は野郎共なわけで…。


 この手の話題はいつも適当に期待を持たせるような事を言って取りつくろっている。ああ、暑さとは別の意味で汗が出てきそうだ。



 少々いたたまれず視線を外すと香奈がブーたれ口になっていた。


「キモにぃ、仲いい子いるの?」

「別に、い、いなくもねえけど」

「ふーん、同じクラス?」

「ま、まあ、そんなとこ」

「なんて子?」


 佐登美の顔が思い浮かぶ。唯一よく話す女子。でも肝心のターゲットが俺じゃなくて香奈なんだよな、残念ながら。中身の方も残念な感じだし、エロおやじ的な意味で。


「別に誰だっていいだろ。それ知ってどうするんだよ?」

「え?…えっと………えっと………そんなの関係ないじゃん!」

「それはこっちのセリフだ。そういう香奈はどうなんだよ?」

「え?私!?い…いな……い…る…ら…ない」

「なんじゃそりゃ…」


 いるのか、いないのか、どっちなんだ。それとも『いらない』のか。訳が分からない、まったく。


「うるさい!キモにぃのクラスの人みんなに…マジカル趣味ばらす!それで解決!!」

「うげっ……す、すみません、やめてください死んでしまいます」

「ふん!」

 魔法少女LOVEなことをさとられないよう、毎日がミッションの学校生活を送っている俺を一発でノックアウトする言葉、伝家でんか宝刀ほうとう『マジカル趣味』

 香奈がこの言葉を覚えて以降、兄妹げんかは毎回俺が白旗を上げて終了している。

 でもなんで急に不機嫌になるんだ?せっかくキラキラの笑顔になってくれたと思った矢先にこの落差。時々、香奈の考えてることが分からない。


 原稿用紙一枚分くらい女子と話せるようになったら、距離感っていうのも、もっとつかめるようになるんだろうか。



「二人とも相変わらず仲良しじゃのう」

「全然仲良くなんかないよ!聞いてよおばあちゃん、キモにぃ高二にもなって今だに魔法少女のアニメだとか…」

「だーー!!待て待て!そういうのは個人情報だから!保護の観点でコンプライアンスだから!!あ!それより犬飼ってたよね、あの黒い柴犬の!名前クロだっけ?いくつになった?それより爺ちゃんどこ?」

 爺ちゃんと可愛い愛犬クロを大慌てで召喚した。

 おかげで香奈の機嫌はまたひまわり色に戻ってくれた。



 全員の元気な様子を見て少しほっとした。

 のほほんとした天然キャラの婆ちゃん、屋敷に負けず劣らず髭と和服が似合う威厳いげんのある爺ちゃん。前に会った時と変わっていない。違うといえば可愛がっている愛犬が少し大きくなったくらいか。

 大事な話と聞いて何やら深刻な内容を想像していたけれど、大方おおかた俺たちを呼ぶための口実だったんだろうな。



「そういえばー、私たちに用があるって聞いたんだけど…」

 香奈も気になっていたようで、クロを撫でながらさりげなく爺ちゃんに質問する。


「うむ、そのことじゃが。夜ゆっくり話すことにしようかの」

「うーん、分かった…。それより早く家入ろう。こんな日差しの下にいたらみんな干からびちゃう。そうだ!お土産買ってきたんだよ…」

 爺ちゃんの返事を聞いた香奈の顔に一瞬心配の色が見えた。俺も香奈と同じ顔色をしていたと思う。爺ちゃんの声色がちょっと真剣な様子だったから。

 どうやら俺たちに大事な話があるっていうのは本当らしい。

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