第21話 「観測所シンボルタワー前にてです」

 紙袋の中身を言われるがままに着てみるとサイズはぴったりだった。

 黒く線の細いスタイリッシュなパンツに、白の詰め襟シャツ、そして品のあるチェック柄の大きめのジャケット。それに差し色の靴下と作りのいい革靴。着けていていいと言われたので腕にはいつも使っている時計を嵌めている。

 身長が高い人間が着るとこれが確かに全体的に見映えがよく、五十嵐さんには自分自身のファッションプロデュースだけでなく他人をより良く魅せるための観察眼があるようだと鏡の前でひとり頷く。これは今回のMAKOTOさんの服でも同じことが言えるだろう。

 今回のMAKOTOさんの服装はMAKOTOらしいというか、普段の真帆さんとはうって変わってとてもモード系だ。

 灰色のハンチングベレー帽にピンクのパーカー、その上に大きめのシャツブルゾン。足の長さが強調されるパンツにごつごつとしたかわいらしさのあるスニーカー。これも実は五十嵐さんの選んだものらしい。

 いつもの大和撫子然とした真帆さんとはまるで別人のようだった。


 それを鏡を眺めながら思い出していたが、その自分の絵面がナルシストじみていて恥ずかしくなった俺は、革靴を片手に持ちそそくさと部屋から出ていった。


 「お二人とも、お待たせしました」


 二人が待つソファーまで歩くと、二人が呆然としたようにこちらを見ている。


 「……祐太郎くん、やっぱりそれ似合うわね。見立て通りで嬉しいわ。ちょっとノーブルで、洒落っ気もあって……少し髪にも遊びを加えましょうか」


 五十嵐さんはそういって俺の髪を整え出した。すごい早業だ……。


 「ゆゆゆ祐太郎さん本当によくお似合いです……尊いです……!」

 「有り難う御座います。MAKOTOさんのお姿も素敵です」

 「はわ、滅相もないです!」


 真帆さんが髪を整えられた俺を拝むような姿勢をとったので、周りから見たら美少年に跪かれる男という構図になってしまった。

 これは……と思いつつ、笑顔を浮かべながら抱き起こす。


 そうして、三人で目的地まで向かうこととなった。



 ***



 夕暮れ時の空の下、俺たちは水位観測所シンボルタワー前でポーズを取っている。五十嵐さんのカメラに写り混む自分たちはどんなものだろうかと思いながら、思いの外綺麗な夕日に目を細める。


 「祐太郎くん、ちょっとだけ振り返って~はいそうそう、見返り美人」

 「見返り美人??」

 「美人ですよ祐太郎さん!」

 「はは……」


 日本画?


 「次はMAKOTOと並んで、そうそう自然な笑顔いいわよ二人とも~」

 「五十嵐さん、肩組んでも良いですか! フォトジェニックだと思います!」

 「いいわよ! 身長差あるけど、それもまたエモよね」

 

 俺は少し屈み、MAKOTOさんの肩に手を回し覗きこむような体制になる。MAKOTOさんは俺の背中に腕を回した。柔らかな腕の感触が背中に伝わる。息遣いも感じるような密着度だ。


 「これはエモですね」

 「えも……?」


 こちらを見上げ、やけに真面目な表情で何事か呟いた彼女は俺がよく解っていないことを理解したのか、ふふといたずらっぽく笑った。

 その表情の変化がやけにゆっくり目に映って、夕日に照らされているせいか現実じゃないのではと思うくらいに綺麗だと思う。

 彼女のコンタクトを入れていない自然な瞳は光が当たると透き通った色になる。


 直視するには眩しすぎて目をそらす。

 川はきらきらと光を反射し続けている。人工物ばかりに溢れた世界の中で見る自然はこうも力強く美しかっただろうか。


 「あら……祐太郎くんその表情いいわね。 もう、二人が被写体ならいくらでも撮れちゃう」

 「五十嵐さんの写真、いつも綺麗なので楽しみです~」

 「あらあら上手いわね。後でデータ送ってあげるから確認してから投稿してね」

 「はいっ!」

 「有り難う御座います」


 二人の会話に和まされつつ、五十嵐さんとMAKOTOさんが満足するまで撮影をした。そうして日はすっかり沈むころに漸く帰宅することになり、三人そろって五十嵐さんの運転する車に乗り込んだ。

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