閑話 天宮真帆の困惑
「来ないでっ!」
「楓ちゃん!」
「楓……」
その場は一瞬にして凍りつき、私の胃がキリキリと痛む中で千秋くんの舌打ちの音が私に追い討ちをかけてくるのであった。
***
二日目の朝、祐太郎さんたちと別れ私は教室に向かう。やけに天井がたかい扉を開き教室内に入ると、ざわめいていた室内がしんと静まった。
「おはようございます皆様」
私が笑顔を浮かべて挨拶をすると、教室中の人々が取って付けたような笑顔で口々に挨拶を返してくる。
そう……私は周りの生徒たちに、権力の闇深いお家柄の深窓のお嬢様扱いをされている。
私が是といえば是。否といえば否。これまでのクラスメイトといえば、天宮のご令嬢のご機嫌を損ねないようにと唯々諾々とする者たちばかりだった。外部生徒が多く入ったはずの今年度もそれはあまり変わらないようで、皆は私をちらちら確認しながら目で追っている。
というか教室入ってすぐ皆に挨拶するって何!? 私は先生じゃないんだよ!挨拶さすな!
私のこの外面笑顔は、前世を思い出してからその頃の祐太郎さんを見本に練習したものだ。
祐太郎さんは子どもの頃からいつも完璧で、人を気遣えて、ウイットに富んだ会話を言葉巧みに扱えていた。
人当たりが良い彼を真似して作った外面令嬢の仮面は、しかし彼のように上手くはいかなかった。
ここでわかりやすい例をあげるとすると、祐太郎さんの回りには人が集まるのに対して、私は何故か遠巻きにされているのだ。
な、何故。わたしだって悪役令嬢といえど顔も家柄もよく、たおやかな仕草も心がけているというのに……!
というわけで、『天宮真帆』の友達はとてつもなく少ないのだ。少ない。顔繋ぎで、とかMAKOTOの時のお友達とかお世話になってる人とか、そういう繋がりはあるのだが、普通の友達というものにとても飢えていると言って良いだろう。
「ね、天宮さん」
「はい?」
だから、声をかけてくれたときは凄く嬉しかった。もしかしたら転生者? とか、どういうつもりで声をかけたの? って考えてしまうけど。
それをなるべく考えないでいたいって思うほど、嬉しかった。
「良かったら、隣に座ってもいいかなぁ」
「!!」
少し顔を赤らめながらそう声をかけてくれたのは、『夏目楓』ちゃんだった。
いつもは私が座った周囲は座ろうとする人がおらず、なんとなくひとつふたつ席を開けた場所から埋まっていくのが常だった。
だから、隣になんて言われたことにびっくりして、ついこくこくと頷いてしまった。
「どうぞ夏目さん」
「名前覚えててくれたんだ。嬉しい」
「もちろん覚えてますよ」
「えへへ。私今年からの入学だから、友達できるか不安だったんだ。天宮さんさえ良かったらお友達になってもらえないかなって」
天使か……?
はぇ、なんだろうこの可愛い生き物は……?
綺麗な艶やかな髪に浮かぶ天使の輪が天使らしさを一層引き立たせている……?
可愛すぎてのどからほえぇと変な音が出た気がする。
転生者かも? なんて疑問は一瞬にして吹っ飛んでしまうほど可愛かった。こ、これがヒロインの為せる業……!
「嬉しいです」
「本当に!? 良かったぁ。私のことは楓って呼んでね」
天使がこてんと首をかしげながら、私のことをじっと見つめている。
「か、楓ちゃん……」
「うん! 真帆ちゃん」
「!!」
仮にもずっと好きだったヒロイン。わたしのようなズブズブのファンがこれで落ちないわけもなく。
それから私と楓ちゃんは沢山話をした。中学校までの公立の学校の様子とこことの違いを面白おかしく教えてくれたし、二人で学校を探検しながら案内する約束もした。楓ちゃんがここの制服を着るのが楽しみだったという話に、喧嘩中の幼馴染みがいるという話。
そんな話をしていると、ふと楓ちゃんに声が掛けられた。
「楓」
「……浩二」
その人物は楓ちゃんの幼馴染みだという千秋浩二くんだった。ゲームには幼馴染みなんて居なかったはずだけど、この人はどういう存在なんだろう。糸目でおかっぱなんてキャラの濃い人、いたら忘れないはずなんだけどなぁ。
「まだ謝ってもらってないよ」
どうやら二人は入学式に二人で登校するはずだったのだが、楓ちゃんが逃げてしまったことで千秋くんが怒っているらしい。先程聞いた。
「だって、浩二過保護なんだもん」
「もんじゃない。楓は見張ってないと何するかわからないから」
「過保護ママが居ないところで普通のお友達が欲しかったの!」
「じゃあもう達成したよね」
彼は糸目を薄く開いた冷ややかな眼差しで私をちらと見た。
これは怖い。千秋くんも顔が整っているだけあってこれは怖い。助けて祐太郎さん。
ママ扱いされてるのはちょっと和むけども。
「楓。あっちの席に行こう」
「嫌! 真帆ちゃんと座るの。浩二一人で行けば?」
「その人の傍にいたら無駄に注目集めるでしょ。楓は外部なんだからあんまり反感集めさせたくない」
いや、言わんとしていることは解るけど、それ本人の前で言う!?
温室育ちだからびっくりしちゃったよ私は。前世の私は普通の庶民だったから言い種は解るしそんなことじゃ嫌わないけどさ。
「来ないでっ!」
楓ちゃんの腕を掴もうと近寄る千秋くんに、楓ちゃんが叫んだ。それは存外に教室に響いてしまい、私は胃が痛くなってきてしまう。
「楓ちゃん!」
「楓……」
チッと千秋くんの舌打ちがきこえ、怖いけど間に入らなくてはと思ってしまった。
「わ、私がずっと楓ちゃんと居ます。誰にも何も言われないよう守りますから」
「真帆ちゃん……」
どうか引き離そうとしないで。
その思いをこめて必死に千秋さんを見つめる。ともすれば睨み合ってるのかと言われそうなほど無言が続き、はぁ~と千秋くんのため息が響いた。
クラス中は静かにそれを遠巻きに見守っている。
「じゃあ僕もここに居させてもらうから。それくらい良いよね?」
「あ、はい……」
あれよという間に千秋くんは私の斜め後ろの席、つまり楓ちゃんの後ろの席を陣取ったのだった。
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