第5話 「親友と妹は大切な人々です」
「そんで? 真帆ちゃんとはどうなってんの?」
クッキーをもりもりと頬張りながら俺に声をかけてくるのは今生での親友である、東和隆臣だ。短めのツンツンした茶髪が活発な印象を与える男で、実際その通り賑やかな人間だ。
俺が素で話せる数少ない人間で、附属幼稚園からの仲である。
はるかずが苗字でたかおみが名前。どうもどちらも下の名前の様だなといつも思う。
初めての撮影から時は少しばかり過ぎ、今俺は隆臣と二人で生徒会室にいる。俺達は春休みもここに入り浸り好き勝手に過ごしていた。
学生寮の完成もリアルタイムで目にし、業者の方々にも簡単な差し入れをした。物を造るというのはどれもこれも大変なことだが、完成のときの達成感は見ていただけの俺にすら感じられた。将来人の上に立つ為にも面白い経験をしたと思う。見ていただけだが。
有り難う、学生寮は大切に使わせていただきます。
さて、春休みは早いもので終盤に差し掛かりつつある。
「毎日連絡取り合ってるよ。この間は俺達が載った雑誌をわざわざ持ってきてくれたんだ」
「へえ。お前のところには届かなかったんか?」
「もちろん五十嵐さんから届いたさ。でも彼女だってそれは知ってるよ。それを口実にしてでもわざわざ来てくれたってことだ」
「ヒュー!! おあついじゃないか。良かったよ祐太郎……」
隆臣はワッと騒いだかと思うと今度はしくしくと泣き真似を始めた。
「俺ぁ、祐太郎が他人を愛せないまま一生を終えるんじゃねぇかと思っていたよ……俺のことしか愛せずに……いやそれもまた人生だが、こんなユルユルの笑顔で誰かのことを話すお前が見れるとはよぉ……」
「いつ俺がお前を愛したって?」
泣かせるじゃねぇかとテーブル越しにこちらに抱きついてくる隆臣をぐいと向こうに押しやりながら泣いて無いだろと返す。
「イテテ、イテ……いやぁ、長生きはするもんだよなぁ」
押し退けられながら隆臣はにへらと笑う。
「まだ高二にもならんのに何を言っているんだか。気が早い奴め」
この男との会話は気を遣いすぎることもなく穏やかな気持ちになれる。何だかんだ、こいつには沢山救われてきた。
この大事な親友に良い報告ができて良かったと思う。
それからも、会話の中で外面ではなく自然に少しだけ緩む頬を感じながら、騒がしい隆臣の話を聞いて過ごした。
学校から帰宅し、携帯を確認すると五十嵐さんから怒濤の連絡が来ていた。
彼……いや、彼女は俺に対して二つのアドレスを使い分けており、モデルの仕事依頼の報告と内容、優先順位の話のものと、そして半分プライベートに関するものがある。
どうやら数枚しか載らなかった雑誌の写真も、いくつものSNS上でかなり話題になったようで、MAKOTOと一緒に仲睦まじく映るこの祐太郎という人物は誰かと事務所に連絡が殺到していると聞いた。
今の時代はすぐに拡散されてしまうのが何とも恐ろしいところではある。モデルを続けていくならとても有り難いことだが。
真帆さんのMAKOTOとしてのインステのフォロワー数も更に増えて、近頃は『祐太郎』についての質問が数多く寄せられているらしい。
我がことながら、トレンドに自分の名が載っているのは何やら試験で名前が順位が載ることとはまた違ったむず痒さがある。
俺が一般人なら学校や家を特定されたり、ストーキングをされたりなどしていたのではないかと思う。
幸いこの家はセキュリティが充実しているし、父が母の為に多くの人員を雇っているのでちょっとやそっとのことでは入り込めないだろう。
学校は学園内の人間が動かなければどうということもない。有名人の子息達や名門大学を志した生徒達が通う名門私立なのだからな。行き帰りは有り難いことに飛永さんによる送り迎えが常だし、守衛さんもいる。
すぐに身元が出回る心配はあまり無いだろうが、変な噂や何かが一人歩きして広まる前に父さんや五十嵐さんと情報開示のすり合わせをしなくてはならんな。
その旨を五十嵐さんにメールで伝え、その後は食事に呼ばれるまで学習の時間にあてることにした。
アラームが鳴り、勉強時間として想定していた時間が経過したことを知る。
学習と言っても二年三年の予習などは前世のことがなくともこれまでも充分に行ってきたのだが、これからを生きていく上では勉強だけができても駄目なのだと最近気がついた。
人間性を培う為にも、最近は文学作品や様々な文献を読んでいる。
その為義務感は薄く、楽しみながらあっという間に読んでしまっているのだった。
本を閉じながらふうと一息つくと、とんとんと扉をノックする音がきこえた。
「はい。どうぞ」
「お兄様、夕食の時間ですよ。ご一緒できますか?」
カチャリと音をたて扉が開くと、ひょこっと色素の薄めのふんわりした肩までの茶髪に金の瞳の少女の頭が現れる。
ゆれる薄い色合いのワンピースがよく似合っている。
我が妹ながら、文句なしに可愛い。俺の妹は完璧だ。
「由香」
由香は見るもの全てを癒すような笑顔を浮かべながらこちらへ走り寄ってくる。
腹芸の得意な父さんの子とは思えないほどほんわかとした雰囲気で場を和ませてくれる、俺の自慢の妹だ。
俺も簡単に片付けをし、立ち上がり由香の頭を撫でる。
「もうそんな時間か。行こうか」
「はい! 今日はビーフシチューだそうですよ! 楽しみですねぇ」
口元に手をやりながら、えへえへと笑いかけてくれる由香に微笑ましくなりながら二人で階段を降りダイニングルームに向かった。
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