第2話 「お嬢様も転生者」

 「まさかまさか祐太郎さんが転生者だったなんて! 身近にいることになる方が同じ境遇で嬉しいです!」


 おい天宮真帆さん。さっきまでのおしとやかさはどこに投げ捨ててきたんだよ。

 人形のようで不気味な印象だった彼女が好意丸出しの犬のようになってしまった、この急な変わりように俺は圧倒された。

 真帆さんは俺の手を両手で握りしめこちらを見上げた。

 そこいらの男共なら勘違いしてしまうほどの距離の近さだ。


 「いつ前世のことを思い出されたんですか? 今までお会いしたときはそんな素振りなかったですよね?」


 「つい先程です。この場所で真帆さんと話してから」


 「嘘……本当につい先程じゃないですか! えっ動揺というものを知らないんですかこの御曹司は! リアル腹黒こわ……」


 「誰がリアル腹黒ですか」


 真帆さんに握られてない方の右手で彼女の髪を撫でるように触れながら笑顔を浮かべて言う。彼女は奇声を発しぷるぷると震えだした。


 「ぎゃっ、こわいやめ、もしかしてそれ素ですか!? ナチュラルボーン!?」


 「ぎゃっじゃありませんよお嬢様。随分と正直になってしまったものだ……」


 「うう……」


 すっかり萎縮してしまった真帆さんだが、いつもより今の方がよっぽど好ましい。


 「俺は今の貴方の方が好きですよ。素ですか?」


 真面目に言ったつもりだったのだが嫌味を言ったようにとられてしまったようで、うう~と呻きながら彼女はそうですと言った。


 「私は五歳の頃に前世を思い出したんです。だから人格形成も前世に引っ張られちゃうし」


 「もう十年も前ですか。さぞ戸惑ったでしょう」


 「はいそれはもう……元々一般庶民だったからお嬢様らしくするの大変だったんです……!」


 「……それは大変でしたね……」


 勝手ながら想像してみるととんでもない日々だったのであろうことがわかった。

 

 「……はい……」


 しみじみとして言うと、さっきまで勢いづいていた真帆さんは少し呆けてから大人しくなったかと思うとハッとしたような顔をした。


 「真帆さん? どうしました?」


 「いえ、あの……」


 顔を瞬時に朱に染め、小さな声で言う。


 「私……この話をしたの転生して初めてなんです。だからいつもいつも皆との間に壁のようなものを感じていましたし、前世だなんて自分だけ何かおかしいのかなって……ずっと、ずっと悩んで…………」


 「……おかしくなんてないですよ」


 真帆さんの目を見ながら言う。彼女のきれいな黒曜の瞳の、瞳孔が大きく広がるのを見た。


 「その……それに労って貰ったのも初めてで」


 ぷしゅうと湯気を出す真帆さん。俺なんかに掛けられた言葉にこんなにも反応するいじらしい真帆さんを、可愛いと思った。


 は?可愛い。なんだこれは。



 生まれて初めてバクバクと心臓がはねあがり、あまりにも圧迫されて痛くなってきた。呼吸困難。不整脈。同じ境遇で理解ができただけ。それに感動してくれただけなのに、なんだこの早鐘は。


 俺の鉄壁の表情筋、今はどうなっているのだろうか。背中で汗が一筋流れた気がする。


 「これからは、俺がいますから」


 「……!! う、ううう……っ有り難う御座います……!!」


 ボロボロと泣き出してしまった彼女の背中をできるだけ優しく叩きながら、これが初恋というやつなのかとぼんやりと思った。

 こうなってしまうと腹黒も形無しだ。


 場所、移動しましょうかと真帆さんに声をかける。彼女が握っている涙濡れでぐしょぐしょになってしまったハンカチをそっと手から抜き、俺のハンカチを差し出すと真帆さんは感極まりもっとわんわんと泣き出してしまった。




 それから二人でゆっくり移動した先は生徒会室だ。

 今現在、会長になる俺と副会長になる親友以外の人間は寄り付かない場所だ。

 他の生徒会役員は四月以降に決まることや、これまで所属していた三年生はもう卒業したこと。今は放課後の時間であることや、更に人通りの少なく俺のホームグラウンドな場所であることから生徒会室は現状ベストな場所だった。


 名門私立高校様々であり、割としっかりした応接室があるのだ。ここのソファーがまあ座り心地がいい。


 「さあ真帆さん、座ってください」


 「あい」


 泣き止んだものの、赤面したままの真帆さんは変な返事をしてソファーにちょんと浅く腰掛け、俯いていた。覗きこむとビクッとして顔を上げ体勢を崩した。

 驚かせてしまったか?可愛いけど。


 「そっちは机だ。あぶないですよ」


 倒れていく方向に机があったので、俺は仕方なく彼女の腕を引き倒れる方向を調整する。

 どさっと二人でソファーにたおれこみ、俺が真帆さんに覆い被さるような体勢になる。

 いや、仕方なくね。事故ですよこれは。全然意図なんてしてない。してませんよ。


 借りてきた猫のように俺の腕の中で固まった真帆さんがこちらを見上げてくるので、俺は誰もが笑い返してくれる笑顔でにこりと笑って声をかけた。


 「ほら、言ったのに」


 「!!……ひぇ…………お、推しが……推しがぁ!」



 かっこいいよう……ともごもごと呟く真帆さん。オシガ? ……なんだろう。

 


 彼女を起こし、お茶を用意する。最近の生徒会室は俺と親友で好きなようにしていたので、好みの茶葉やコーヒーがあるのだ。


 「コーヒーと紅茶と緑茶。どれがいいですか?」


 「えっと、緑茶で……」


 「かしこまりましたお嬢様」


 「ふふ……本物の執事さんみたいですね」


 「本物の執事さんになるわけですしね」



 そんな軽口を叩きながら、俺達は今後の話をした。四月から真帆さんが入学するということは、『ヒロイン』である夏目楓という少女の入学ひいてはゲームとしての期間の始まりを意味するのだから。


 「そもそもですが、真帆さんゲームはどれ程お詳しいんですか?」


 真帆さんは持っていた湯飲みをテーブルに置いて口を開いた。自信ありげに胸をどんと叩く。痛くないの?


 「私はですね……大学生だったんですが、高校二年の頃からハマりだしてもう四年くらいファンやらせてもらってたので、台詞全部暗唱できるくらい詳しいです!」


 「確かに俺の言葉一つにすぐ気が付きましたもんね。すごいですねぇ」


 実は前世ではずっと隠れオタクをしてまして……と呟いてえへへと真帆さんははにかむ。

 へぇ、隠れオタクなんて言葉があったのか。


 「祐太郎さんは?どれくらいお詳しいんですか?」


 「俺は友人が『こいしが』の実況プレイ動画をわざわざ送りつけてきたので観ていたんです。あんまり細かい設定は覚えていませんが、流れ程度なら」


 「ふむ……プレイ動画を……」


 「知ってるかな? 確か『とわを』って名前でやってたと思います。第一章だけはネットに出してもいいという許可を貰ってたらしく、そこだけ投稿もしてたと思います」


 「えっ『とわを』さん!」


 いい反応の様子におやと思う。


 「ご存知でしたか?」


 「もちろん! 『こいしが』好きさんなら知らぬ者は居ないほどの実況者じゃないですか!」


 「そうなんですか?」


 くっ、今だけは憎むぞ前世の親友よ。


 「はい、面白いツッコミとか普段の仕事での人情話とか、動画の最後を人間だもの……で締める所とかとっても面白かったんです。たまに出てくるご友人の『ゆうちゃん』の話とか、その人と一緒に音声配信したりとかも面白くて」


 しかし喜んでる真帆さん可愛いから許した。

 いや待て、その友人…………ゆうちゃんって。


 「それ俺かもしれないです……」


 「えっ前世の祐太郎さんですか?」


 前世の名前は思い出せないのだが、奴にゆうちゃんゆうちゃんと呼ばれていたのは思い出せた。幼い頃からの友人ゆえにちゃん付け。ままあることだが俺は男なのにいつまでちゃん付けするつもりだ等と言った覚えがある。


 「奴と仕事先が被ったときはよく俺の車の中でラジオごっこをさせろと言っていた気がしますので……」


 気付かず録音されていたんだろうな……


 「わあ何てことでしょう。ファンです握手してください」


 「はいどうぞ」


 彼女の目の色が変わったのですかさず手を握る。あまり気にせず奴に付き合っていただけなのにこれは役得だな。有り難う親友。そっちで幸せになれよ。



 それから俺達は話を進め、お互いがこれまでゲームの流れとは少し違った動きをしており、家族関係なども設定通りではなくなっているという事が判明した。大きな変化は三つある。


 一つ目は真帆さんの両親の仲。真帆さんの両親の仲は冷えきっており真帆さんは政略結婚の道具にされる、という設定だったが実際には四十路になっても熱々らしい。

 彼女も好きな相手との結婚が許された身で、婚約者なども今はいないらしい。

 しかしそれも十八歳まで。その歳までに婚約者を決めなくてはならないのだ。

 正直に言ってこれはかなりチャンスではないかと思う。


 二つ目は真帆さんが現在モデルをしているということ。しかも女性モデルではなく、年齢性別不明の『MAKOTO』として。うむ、真帆の真だな。撮影時には綺麗に伸ばされた黒髪はかつらのなかに仕舞われるらしい。そういえば神木グループの広告にもMAKOTOという少年らしき人物のモードな写真のものがあった。

 この時世、年齢性別不明という謳い文句はだいぶ面白がられ売れているようだ。週刊誌の記事になったりもしているのを見たことがある。

 次の撮影時には是非祐太郎さんも、と言われてしまったので丁重にお断りをした。

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