第113話
そんな俺たちの間に少しの沈黙が流れる。
それを破ったのは、明らかに怒気を孕んだ柏城の一言だった。
「……お前、それマジで言ってんのか?」
「……は?」
柏城の一言に対して、俺は思わず困惑の表情を浮かべる。
なんだ……この違和感は……。
俺は正しいことを言ったはずなのに、どうしてこんなにも息苦しく感じるんだ。
これじゃあまるで、俺が的外れなことを言っているみたいじゃないか。
そうして柏城は、俺が感じたその違和感の理由がはっきりしないうちに、再び口を開いた。
「美咲はな……あいつに殺されたんだ。……あいつの持つ “才能” に殺されたんだ……」
柏城の発したその言葉は、初めて聞くもののはずなのに何故か、抵抗なく呑み込むことが出来た。
まるで、最初から俺の中にあったもののように……。
柏城は続ける。
「お前、皇……だっけ?」
「あぁ……」
「じゃあ皇、そこら中にいる『凡人たち』があいつのような『天才』に出会った時、まず最初に何を思うか分かるか?」
柏城からの突然の問いかけに困惑しながらも、俺は答えを返す。
「……凄いと、思うだろうな」
「そうだ。誰だって、あの才能を見ればスゲェと思うに決まってる。……けど、それは第三者から見ての感想だ。もし、あいつと……あの『天才』と渡り合おうなんて考えるやつがいれば、きっとそれとは違う答えが返ってくる。」
「……違う、答え……」
その言葉を小さく復唱する俺を見ながら柏城はシニカルな笑みを浮かべ、静かに呟いた。
「 “嫉妬” と “絶望” ……そして “嫌悪” だ」
柏城は続ける。
「自分の持ってねェもんを相手が持っていれば、それが欲しくなるのは当然のことだよなァ? そして、それが手に入らないと分かれば、人は自分と相手との圧倒的な差に絶望する。……美咲は、あいつの持つ類稀なる才能に嫉妬し、絶望し、独りで死んでいったんだ。けど、あいつには……白月蒼子には、それが分からねェんだ。あの『天才』には『凡人』の気持ちなんて、これっぽっちも理解できねェんだよ!!だから、俺があいつに教えてやるんだ……! 死んだ美咲に代わって……この俺がッ!!」
そう話す柏城の瞳には、怒りや憎しみといった暴力的な感情に紛れて、俺の姿が映っていた。
……白月と出逢ったばかりの、あの頃の俺の姿が——。
理解したくなくても、理解してしまった。
……俺とこいつは、同類だ。
だからこんなにも、こいつの抱く感情が俺の中に抵抗なく流れ込んでくるのだ。
こいつの言っていることは間違っている。
頭ではそう理解していても、心がそれを受け入れようとしない。
「クソッ……」
俺はそれ以上、何か言い返すことが出来なかった。
柏城はそんな自分自身と壮絶な葛藤を繰り広げる俺に向かってゆっくりと近づくと、まるで心の中を見透かしたかのように耳元で囁いた。
「ところで、お前さァ……あいつの才能を初めて目にした時、最初に何を思った?」
それはまるで白を黒く染め上げるような、表を裏にひっくり返すような、そんな悪魔のような囁きだった。
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