第109話

そして、高校1年の夏。


彼女——、柏城美咲からの返信が途切れてからちょうど1年が経過した頃、近くで絵画の展覧会が開かれることになった。

高校生以下の部で最優秀賞を獲得した私の作品が展示されるということで、両親と一緒にその展覧会に足を運んだ。


受付で貰ったパンフレットには、私、白月蒼子の名前と作品の写真が大きく記載されていて、ほんの少しばかり気恥ずかしさを感じたりもした。


そんな中、展覧会の会場で私はとある人物の姿を見かけた。


あの時から6年が経過したことで、背はグッと伸び、顔つきは男の子のものから男性のものへと変わっていた。

私は思い切って彼に声をかけてみた。



「久し振り。柏城君……よね?」


私の声に驚いたのか、こちらを振り向いた彼は両目をこれでもかというほどに見開き、口を半分だけ開けて零れるように声を発した。



「……白月……蒼子……」


私はそんな彼をみて、これはいい機会だと思った。音信不通になっている彼の妹、柏城美咲が今どうしているのかを尋ねるチャンスだと、そう思った。


ひょっとしたら、彼女もこの会場に来ているかもしれない。


そんな淡い期待を胸に、私は彼に尋ねた。



「そういえば、美咲さんは元気にしてる? 最近、連絡が取れていなくて……。もし、この会場に来ているのなら、ぜひ会って話したいものだわ」


そう言うと彼は、静かに体をこちらに向き直し、唇を噛みしめるようにして口を閉ざした。強く握りしめられた彼の両手は小刻みに震え、わざわざ尋ねることをしなくても怒りに震えているということははっきりと理解できた。



「柏城……君?」


怒りの出所が全く分からず、恐る恐る声をかける。



「……お前……今まで、何してたんだよ……」


「…………えっ?」


彼からの問いの意味も全くと言っていいほど理解できず、私はただ困惑を含んだ返しをするので精一杯だった。


何か、私の知らないところで黒く大きな塊が動いている。


その正体も掴めないまま、私は再度彼に問いかけた。



「ねぇ……美咲さんは? ……来ていないの?」


すると彼は、鈍く光る双眸を私に真っ直ぐと向けながら、あまりにも残酷で、暴力的で、理不尽すぎる言葉を淡々と口にした。



「……死んだよ」


「…………えっ?」


彼が一体何を言っているのか理解できなかった。理解したくなかった。

言葉を脳では理解しても、心で理解することは到底できなかった。


……悪い冗談であって欲しかった。



「……死んだ……って、美咲さんが? ……冗談でしょう? ねぇ……そうよね!?」


そう問い詰めるが、彼からの返事は返ってこない。私は脱力しきった体を俯かせながら、掠れる声で再び尋ねる。



「……いつ……亡くなったの?」


「……去年の夏。風呂場で手首から血を流して倒れてるのを母さんが見つけた。……自殺だった」


自殺。その言葉を聞いた途端、まるで照明が全て落ちたかのように目の前が真っ暗になった。話し声も足音も何も聞こえない。どこまでも続く闇の中にポツンと1人で佇んでいるような、そんな恐怖と絶望が私の体を一気に襲い出した。


いつも穏やかで優しくて可愛らしくて、笑顔が素敵で、将来の夢を楽しげに語ってくれたあの美咲さんが手首を切って自殺した。


そんなこと、信じられるわけがなかった。


そもそも自殺の原因は一体何なのか。それに彼女が亡くなったのが去年の夏ということは、彼女からの返信が途切れた時期とちょうど一致する。

そして、目の前にいる彼が私に向けている鋭く強い視線と滲み出るどす黒い感情。


埃のように積もっていく嫌な予感が、胸を騒つかせる。ひょっとして、私は何か大きな思い違いをしているのではないか。


手足が氷のように冷たくなっていくのを感じながら、私は彼から目を背けるようにして俯き、まとまらない思考を無理矢理どこかへ押し込んで、ただひたすらに次の言葉を探す。


すると、正面に立つ彼が閉ざしていた口を開けて小さく呟いた。



「……お前のせいで……」


壊れたラジオから流れる雑音のような掠れた声なのに何故か、彼の言葉は嫌になる程はっきりと聞き取ることができた。



「……全部……全部お前のせいだッ! お前がッ……!」


ふと顔を上げると、そこには怒りと悲しみが入り混じったような苦悶の表情を浮かべる彼の姿があった。



まるで、「あの子を殺したのはお前だ」とでも言うかのような目をしながら……。

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