第65話

「えー……明日からいよいよ夏休みが始まります。それぞれが過ごしたこの1学期を振り返りながら、この夏休みをどう過ごすかよく考えてみてください。皆さんは義務教育期間を終えた高校生です。大人になるための準備期間として、夏休み中の約1ヶ月間で何か皆さんの中で大きな変化が生まれれば良いと、教員一同心から願っております。……つきましては、先程生徒指導の小野先生からもあった、夏休み中の安全についてですが——」


***


今日は1学期最後の登校日。今はその最後を締めくくるための終業式が執り行われている最中だ。時刻はもうすぐ正午。燦々と輝く夏の太陽が、ゆっくりと天辺へ向かって移動している。


確か、今日の最高気温は30度を超えると、今朝の天気予報でキャスターが言っていた。そんなただでさえ暑い気温の中、空調設備もろくに整っていない体育館に全校生徒約840名が集まり、次から次へと壇上に上がる教員たちの話を長々と聞かされるというのはかなりきついものがある。まるで蒸される小籠包か何かになったような気分だ。


そのせいか、視界に入る生徒のほとんどは壇上に立っている教頭の話などこれっぽっちも耳に入っていないといった様子で、座りながら項垂れるように膝に顔を埋めている。体育館の外から聞こえてくる賑やかな蝉の鳴き声も相まって、余計に暑さを感じる。このままでは、熱中症患者が出るのも時間の問題だろう。


額からジワリと滲み出す汗が、ゆっくりと頬を伝っていくのを感じながらそんな事を考えていた俺は、ふと前方に目を向けた。


そこには他の生徒同様、膝を抱えて座る白月蒼子の姿が見える。

この位置からでは表情までは確認できないが、周りが皆、暑さと苦しさで項垂れている中、ピンと糸を張るように背筋を伸ばし、壇上で話をする教頭に目を向ける白月の後ろ姿は、何故だかとても涼しげに見えた。


白月の周りだけを、見えない冷気の壁が静かに覆い、暑さを寄せ付けないようにしているような、そんな異質な雰囲気が白月からは漂ってくる。

ひょっとしたら、白月は氷で出来ているのかも知れない。そう考えると、日頃から俺にぶつけてくる冷ややかな眼差しや凍てつくような罵詈雑言にも納得がいく。


そんな馬鹿げた妄想を膨らませながら、皺一つ見当たらない真っ白な夏服を着こなす白月の小さな背中をジッと見つめていると、壇上に立つ教頭がようやく話を締めに入った。



「——ですので、この貴重な長期休暇を使って、皆さんには様々なことに挑戦してもらいと思っております。1ヶ月後、我々の前で今より格段に成長した皆さんの姿を是非見せてください。……それでは皆さん、良き夏休みを」


そう言ってマイクのスイッチを切った教頭は、一礼して壇上から降りていく。すると、ステージ下で式の司会進行を務めるために待機していた生徒会役員の1人がその場に立ち上がり、手に持ったマイクのスイッチを入れた。



「これにて1学期終業式を終わります。先生方からもあったように、くれぐれも事故や犯罪に巻き込まれないよう注意して夏休みを過ごしてください。……それでは、3年生の方から静かに教室へ移動してください」


生徒会役員の淡々とした進行により、なんとか熱中症患者が出る前に式を終えることができた。


俺は汗でべったりと体に張り付いた夏服に不快感を覚えながらも、ようやく迎えることのできる夏休みに対する期待感と高揚感で胸が大きく高鳴るのをしっかりと感じ取った。

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