第60話
俺と葉原が正式に天文部に入部してから、早いことで1ヶ月が経過した。暦は6月から7月へと変わり、外の空気も梅雨のジメジメした湿ったものから夏のカラッと乾いたものへと変化した。さらにあと1ヶ月もすれば、街には本格的に夏の風が訪れる。
俺が在籍する2年2組教室では、放課後になると友人同士で夏休みの予定についての話し合いがあちらこちらで行われる。それは今日も例外ではなかった。
廊下側の席では、いかにも青春を謳歌しているといった感じの女子グループが輪になって、海に行く計画を真剣に練っている様子が窺えた。
夏になれば、イベントごとや楽しみが波のように押し寄せてくる。ましてや、高校2年の夏休みともなれば、それも
来年は受験生ということで、夏休みとは言っても勉強合宿やら全国模試やらで本格的に休める時間はほとんどなくなる。
だからこそ、今年のうちに夏を思う存分満喫しようと、早いうちからいろいろと計画を立てている者が見受けられるのだろう。
でもまぁ、その前に『期末テスト』という名の避けては通れない壁をなんとか突破しなくてはいけないのだが。
と、そんなことを考えながら俺は席を立つ。そしてそのまま女子グループの後ろを通って教室を後にしようとしていると、教室中央の席に座る輝彦に呼び止められた。
「晴人ー、今日も部活行くのか?」
「そのつもり。入部したからには一応行っとかないとな」
「なんか、楽しそうでいいな。噂じゃ、あの白月さんの他にもう1人可愛い女子がいるっていうじゃねぇか。……俺も入部しようかな」
輝彦は下心丸出しの笑みを浮かべながらボソリと呟く。
「輝彦、星とか興味ないでしょ。続かないって、絶対」
「そんなことねぇよ! 可愛い女子がいる部活なら絶対続けられる自信ある!」
「動機が不純すぎる」
そう言って話に参加してきた誠が、輝彦を呆れた目でジッと見つめる。
「でも、意外だったよね。晴人が天体に興味あるなんて知らなかった」
「俺も俺も。突然、『部活入ったから』って言われた時は正直かなり驚いたわ。晴人、前に『勉強に当てる時間確保したいから部活はやらない』って言ってたのによ。何か心境の変化でもあったのか?」
興味津々といった視線をこちらに向けてくる輝彦と誠に、俺はそっぽを向いて答える。
「いや、天体とかは全く興味ねぇよ。それに部活に入ったのは、なんていうか……勉強ばっかりしてる高校生活飽きたからって感じだな。多分」
「多分ってなんだよ。自分のことだろ」
そんな俺の曖昧な返しに、輝彦はケラケラと笑いながらツッコミを入れる。
しかし、実際のところ、自分でもどうしてこう毎日毎日律儀に部活に参加しているのかよく分からないのだ。あの時は白月との約束もあって、ほとんど勢いで入部を決めてしまったから、どうして天文部に入部したのかと聞かれても、現状そんな答えしか出てこない。
「まぁ、前みたいに一緒に帰ったり、たまにどっかに寄ったりする時間が減ったのは確かに残念だけど、今の方がなんか生き生きしてるように見えるし、晴人が楽しいと感じてるんならいいことなんじゃない?」
「前から生き生きしてただろ、俺」
「いや、前の晴人はなんていうか、ひたすら努力を続けるロボットみたいな感じだったけど、今はどこにでもいる普通の高校生って感じするよ」
「普通の高校生ね……」
誠が口にしたその一言は、確かに今の俺を表すのに最も適した言葉だと思った。
この1ヶ月で、俺はようやく『凡人』らしい普通の高校生活というものを得ることが出来たらしい。
昔、とある人物が「凡人には月並みが素晴らしいことなのだ」などという言葉を残したらしいが、今になって思う。……確かに俺たち『凡人』には、無理に背伸びして高みを目指すよりも、何事もほどほどに努力する方が結局のところ一番過ごしやすいのだ。
と、そんなことを考えながら、俺は黒板上部に掛けられているアナログ時計に目をやり時刻を確認する。時計の長針はHRが終わってから3分の1ほど回っていた。そろそろ部室に向かわなければ、白月と葉原にサボリ魔のレッテルを貼られてしまう。
俺は時計に向けた視線を2人の顔に戻して口を開く。
「んじゃあ、まぁそういうことだから、そろそろ部活行ってくるわ」
「おう。今度3人でゆっくり夏休みの予定でも立てようぜ」
「そうだね。それじゃあ、晴人。部活、頑張って」
俺はそんな2人に向かって「おう」と軽く手を上げて返事を返すと、そのまま教室を後にして部室に向かって足を進めた。
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