第49話

そう言うわけで、自分でも情けない話だとは思うのだが、今日はどうしても学校になんて行く気にはなれなかった。

だから、こうして1日中ベッドの中でうずくまっている。



「クソッ…………」


今日、何度目かもわからない苛立ちの言葉。


それは誰でも無い、自分に対する感情で、ふつふつと湧き上がっては泡が弾けるように消えていく。


そうしているうちにも時間だけが刻々と過ぎていき、気がつけば窓硝子を介して部屋の中に夕陽が射し込む時間になっていた。


もう少しすれば、母さんが仕事から帰ってくるはず。それまでもうしばらく寝ていよう。

どうせ起きていても、嫌な感情が濁流のように押し寄せてくるだけ。こういう時はとりあえず寝るに限る。


そんな風に自分に言い聞かせ、俺は布団の中に頭を引っ込めた。



その時だった。



「ピンポーン」と我が家のインターホンが家中に響き渡った。家族は皆それぞれ自宅の鍵を持っているし、わざわざインターホンを鳴らす必要もない。ということは、誰か客が来たと言うことだ。この時間帯ならば、恐らくは輝彦か誠、それともその両方が配布物をわざわざ持って来てくれたとか、そんなところだろう。


俺は普段より2割増しで重く感じる体をベッドから起こし自室を出ると、乱れた髪を手櫛で直しながら玄関へと向かう。


学校をサボってしまったという罪悪感もあって、少しばかり顔を合わせづらいところではあったが、わざわざ家まで配布物を持って来てくれたのに居留守を使うのも悪い気がして、俺はゆっくりと玄関の扉を開けた。すると、外からは春の余韻を残した暖かな6月の微風が入ってきた。



「はい、どちらさまですか?」


万が一、相手が輝彦でも誠でもなかった場合、何も言わずに扉を開けるのは色々と危ない上に失礼に当たると思ったため、一応そう尋ねておく。


そうして、半分ほど開ききった扉から玄関先に立つ相手に目をやる。


と、その瞬間。自分の犯したミスに俺は酷く後悔した。扉を開ける前に、インターホンで相手を確認すべきだった。そうすれば、扉を開けずに済んだのに。




……こいつにだけは、絶対に今の俺の顔を見られたくはなかった。


この、惨めな凡人の絶望しきった顔を——。




「あら、元気そうじゃない。もしかしてサボり?」



玄関先に佇むそいつ——、白月蒼子はそう言って、いつもと変わらぬ冷ややかな双眸を浮かべながら、悪戯っぽくニヤリと笑ってみせた。

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