第11話 ミッションは自分で定めよ
〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。
アイチ「このままでいいのかいけないのか、それが問題だわ……」
クマ「どうしたの、アイチ? 珍しく深刻な顔しちゃって」
アイチ「失礼ね。わたしはいつも真剣に生きているつもりよ」
クマ「真剣に生きていないとは言ってないよ。真剣に生きているからって常に深刻な顔するわけじゃないだろ。むしろ、真剣に生きていないからこそ、人は深刻な顔をするんじゃないかな」
アイチ「どういうこと?」
クマ「真剣に物を考えれば、深刻な話になんかならないようになっているんだよ」
アイチ「そうなの?」
クマ「そうさ。それで? どうして、唸ってたの?」
アイチ「うん、学校から進路希望票を提出するように言われているのよ。で、どうしようかなあって」
クマ「なるほど」
アイチ「大まかに言えば、進学か就職かってことなんだけどね。親は進学してもいいって言っているからさ」
クマ「で、迷っているわけだ。今後の生活設計をどうするか」
アイチ「そのね、生活設計っていうのが、わたしには全然ピンと来ないんだ。将来就きたい仕事から逆算してこの大学に入るとか、他にもさあ、何歳で子どもを産むために、いついつまでに結婚するとか。だって、そんな設計しててもさ、その前に死んじゃったらどうするの? 明日死ぬかもしれないじゃん」
クマ「うん、まあその通りなんだけど、こういうのは、あんまり早くには死なないっていう考えが前提になっているからね。事実、平均寿命は80歳くらいあるわけだし。アイチみたいに、明日死ぬかもしれないなんて思いながら生きている人はかなり少数派だろうな」
アイチ「明日死ぬかもしれないって思うから、今日を大切に生きられると思うんだけど」
クマ「それはその通りだね。そうして、そういう意識から、人間の高貴さっていうのは生まれるんだ。明日死ぬかもしれないと思うから、今日を素晴らしい日にしよう、くだらないことは絶対にしないようにしようって思えるわけだからね」
アイチ「進路希望なんて言われても、全然、希望なんてないんだ。ぼーっとして暮らしたい」
クマ「ぼーっとして暮らせるなら、それに越したことはないけど、まあ、実際問題、それは難しいよね。死ぬまでは生きているしかないんだから、何かしらはしなければいけないことになるね」
アイチ「『何かしら』ねー……何しようかな」
クマ「何にしようね」
アイチ「この手のこと気にかけたことないからなあ。中学までは公立だったから決められたところに行っただけだし、高校だって成績に見合ったところに来ただけだしね」
クマ「何でもいいんだけど、何かを一つミッションと定めて、それをやっていくんだね」
アイチ「ミッション? 生まれ持った大事な使命ってこと? そんなの人間にあるのかなあ」
クマ「そんなものは無いさ。だから、自分で決めるんだよ」
アイチ「自分で決めればいいの?」
クマ「そうだよ。これこそを一生の仕事と思い定めて、それを一心にやっていけばいいのさ。そうしていれば、そのうち、人生も終わっているよ」
アイチ「ふうん」
クマ「それが何であれ自分が決めたことだったら、誰に対しても言い訳できないよね。自分がすると決めたことだから、正当にも、それは『しなければいけないこと』になるのさ。話は簡単だろ?」
アイチ「なるほど」
クマ「自分が好きなことから決めるのがいいんだろうけれど、好きじゃないことでも広く世の中のためになることから決めるっていうのもいいな。そのどちらでもなくて、好きじゃなくて、かつ特に世の中のためにもならないこと、なんていうのだって構わないさ」
アイチ「それ……ミッションって言うの?」
クマ「呼び方はどうしたって構わないけど、とにかくね、大事なのは自分で決めるってことなんだよ。それが大切なことで、その理由とかそれを決めるに至った背景とか、目的とか、そんなことはどうでもいいのさ。たとえば、アイチの親がアイチに対して『絶対に進学しなくちゃいけない』って力んでね、アイチが嫌々進学したとするよね。そういうときでも、アイチが親に従って進学するって決断したんなら、その進学することをミッションとして、そのために努めればいいんだよ」
アイチ「人間の自由はそういうところにしか無いってこと?」
クマ「それはそうだよ。そもそも、生まれなかったことも、死なないことも自由にできないんだから、その間の人生だけ自由になんかなるはずがないだろう」
アイチ「それでも、人生がどのようであるかを決める自由は残されているんだね」
クマ「そうそう」
アイチ「とにかく決めればよくて、決める内容は何でもいいんだってことになると、なんかこうバカバカしくなってくるね」
クマ「そういうこと。さっき言った通りだろ。人生のことを真剣に考えるとね、深刻な話になんかならないのさ。人生っていうものが、そもそも奇妙なものなんだからね」
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