二十一羽 雪の奇跡

 パラダイスに雪とは。意外な取り合わせだ。


 雪……。

 雪……。


 空を見上げれば、しんしんしんと天から放射状に降って来る。初めは小さな粒だった。雪降らしの雲がどんどんと広がり、やがて、赤ちゃん雪を育てて行く。


「うおお! 折角、胞子を破ったのに。かためてどうするのだ」


 雪の被ったところから、ぼつぼつとキノコンの胞子をかためて行く。


「ショウガの香りがする。胞子を破ろうにもかたまった部分はもうどうにもならない」


 うささー。


「そうだな、ユウキくん。まだ雪の触れていない胞子を破ろう」


 足元にはうさぎさん達が重なり合って、台を作ってくれている。俺の右手はチャペルにつかまり、左手でかっさいている。


「くそー。かたまりがあると、思うようには行かない!」


 ざっざっがささ。


「うっぷ。真血流堕アナの声も姿もない」


 雪は、強く降って来た。片っ端からかたまって行く。危険だ、これでは真血流堕アナがうつつでない世界に遥かな世に旅立ってしまう。


「少なくとも、まだ、聖歌を歌えた程だ。生きて現世にいるのは、間違いないだろう」


 うさ。


「ぽつりとエールを送ってくれたのは、ナオちゃん?」


 うー。


「勇気を出せば、ナオちゃんもつよい子なんだな。感心するよ。ありがとうな」


 ううう・ううう・ううう!

 ううう・ううう・ううう!


「えーと、女神ヒナギク、さっきも話したが、CHUの音楽は、本当は癒されるはずが、襲われそうで、スリルを感じるよ」


 女神ヒナギクが一番下にいたので、上がれないと悔しいオーラを送って来た。


 ここへ来て、皆の重なり具合が分かった。以前、プロジェクターに投影した皆のバスト順だった。


 一番上が、Aカップの美少女うさぎ、ミコ=ネザーランドさん。俺にぴったりと身を寄せている。


 次に、Bカップの美少女うさぎ、ユウキ=ホトくん。キノコン情報を教えてくれている。


 真ん中に、Cカップの美少女うさぎ、ナオ=ライオンラビちゃん。がんばっているよ、大丈夫だから。


 四番めに、Dカップの美少女うさぎ、ドクターマシロ=ダッチ。情報は、ここが正確だ。頼りにしてしまうな。


 一番下は、Eカップの美少女うさぎ、女神ヒナギク=ホーランドロップだ。俺を慕ってくれているのはよく分かる。だが、CHUの歌は、控えてもいいのではないか?


 これが、AカップからEカップまで揃う必要がある理由だろうか? 踏み台になるためだけって、ちょっとおかしいな。


「美少女うさぎの勢揃い。この期待にもこたえなければならないな」


 しんしんしん……。


 雪は、止むことを忘れたようだ。キノコンの胞子からショウガの香りが一層強くなった。


「何だ。これでは、俺がかいても、かいても追い付かないな」


 雪か……。

 雪と言えば雪かきだな。


 ◇◇◇


 ――雪かきをしないと、ご近所にご迷惑がかかるのです。


 非力ながらも弘前にいる母上様は、がんばっていた。


 同居している、義理の祖父母、夫は、雪かきをしない。嫁の母上様だけに仕事が回って来た。除雪機がないので、手作業となる。


 ざっく、ざっくと屋根の雪下ろしから、玄関先、庭、家の前の歩道と範囲は広い。


 母上様は、太る訳がないよな。いつでも体を動かしているからだ。俺は、そんな母上様を尊敬していたが、心配もしていた。


『ママ、わたし、お手伝いするよ』


 四つ上の姉貴が幼稚園生の頃、母上様のスコップに手を当てたと聞いた。母上様は、内心、感動したけれども、他の家族の手前、断ったそうだ。


『大丈夫ですよ。寒いから、おうちに入っていなさいね』


『ママ。だって、さみしいんだもん。どうして、ママだけなの?』


 姉貴は、甘え上手だったらしい。今は、しいちゃんをがんばって育てている。俺のただ一人の姪っ子だ。


『来年ね、美樹みきちゃんに妹か弟ができるわ』


『ええ! やったあ』


 姉貴は、雪の歌を歌いながら、雪玉を二、三個作って融雪溝ゆうせつこうに投げたと言う。


『じいっと待っている子のママに天使さんが運んでくれるのですよ』


 それが、俺のことだ。よく流産しなかったな。


 ◇◇◇


 ――また、俺はトリップしてしまった。


 今は、真血流堕アナが胞子に巻かれて、しかも、雪でかたくなってしまったと言うのに。


 うさ!

 うさ!

 うさ!

 うさ!

 うさ!


 五羽のうさぎさん達が声を合わせる。一体何が起きるのだ?


 CHU・CHU・CHU!

 CHU・CHU・CHU!


「これは……! 女神ヒナギク=ホーランドロップの音楽だ」


 何故、うさぎさんの姿の時はできなかったのに、今、鳴っているのだ?


 ららら! ららら! ららら! ららら!


「皆の声ではないか? どうしたのだ?」


 俺の体が軽くなり、浮いて来る。俺は、真血流堕アナの胞子のまゆの上にふわふわと上がって行く。


 和傘が見える――。


 朱色の地に赤い円がくるくると回り、ミコ=ネザーランドさんが美少女の姿で顔を見せる。衣装が、朱色と赤になっている。


 白地にサバのような青い円がくるりと回り、ユウキ=ホトくんが美少年と見まごう美少女の姿を傘から覗かせる。白に青の服を身にまとっている。


 薄茶色の地に白い円がくるーんと回り、ナオ=ライオンラビちゃんのふっさふさの髪を恥ずかしそうに振りまく。薄茶に白の可愛い服になっている。


 淡い橙色の地に赤い円が雄々しく回り、ドクターマシロ=ダッチが怜悧に登場する。橙に赤の大人な格好をしている。


 濃い桃色の地に淡い桃色の円が回り過ぎなくらい周り、女神ヒナギク=ホーランドロップが神々しく現れる。もれなく、濃い桃に淡い桃の綺麗な服を装っている。


「出発前に、皆、うさぎさんだったな。俺の背中越しに輝いていたうさぎさん用に小さくなってた和傘。それを背負っていたのが今は、大きくなっている」


 くるりくるりと皆、傘の模様を回しながら、真血流堕アナの入ってしまったまゆへと上がる。


「本城佐助様、三神真血流堕様、我ら美少女うさぎ、参りました……!」


 おおお、何てことだ。


 俺は、感動に打ち震えた。

 

「オナモミをお持ちしました。皆でまきます」


「お、おう」


 ひゅーとまゆの上を飛ぶ。ぱらぱらと、オナモミのちくちくした実が、まかれる。実にはトゲが多数あるから、まゆに少しずつダメージを与える。


「俺も何かしなければ」


 俺の紫色に金色の円の傘、銀地に白抜きの真血流堕アナの傘がある。先ずは、俺の傘を背中から取り出して、まといのように回してみた。


「真血流堕アナー! 真血流堕アナ!」


 風を起こしたようだ。オナモミの実が散る。


「よっしゃあ!」


 真血流堕アナが魂を呼び戻せるのなら、何だってする。


 カラフルな皆と俺の傘が、くるりくるりと回る。


「皆、ありがとう。ありがとう!」


 そうだ、真血流堕アナの傘を出そう。俺は、優しく声が聞こえたあたりに差した。


 暫くすると、胞子のまゆが、ずんと大きく揺れた。


「真血流堕アナ?」


『……さ。佐助せ』


 か細いが、声があった。


「ああ、俺だ。本城佐助だ。俺の仲間、真血流堕アナ。頼むから、出ておいで」


『佐助せんぱ……』


「このところ、俺がおつかれーしょんを言ってばかりだ。真血流堕アナ。キミの美しい声で、美しい魂で叫んで欲しいんだ」


 俺ったらそんな場合ではないだろう。話がずれている。


『さす……』


「ごめん、ごめん、ごめん。話が違うな」


 誰にも聞かれたくなかった。だから、きわめて小さな声を選んだ。


「あ……」


 今、分かったばかりだ。許して欲しい。


「……愛しています」


 キノコンの胞子に、優しいキスをした――。

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