第3話・Juicio(試練)

 ウェルチが手渡した護身用のナイフを、ティオは持て余すように握り直している。その動作はかなりぎこちないもので。

 この人はよくよくこういった争いにかかわる道具が似合わない人だと思いながら、ウェルチもまた護身用の弓矢を背負った。

 ティオがウェルチの弓矢を凝視する。その視線を受けて、ウェルチは首を傾げた。ウェルチが持っているのは普通の弓矢で、特段変わったところもないはずなのだが。

「……あ、もしかしてこっちの方がいいですか? ナイフと交換します?」

 そう聞くと、ティオはそうじゃなくてと首を横に振った。

「ウェルチって……弓、使えるの?」

「まあそれなりに。狩りで使いますから」

「狩り……するんだ」

 ティオの目が丸くなる。普段のウェルチの様子を知っているだけに、狩りをするウェルチというのは想像出来ないらしい。

「ええ、まあ。ティオさん、その鞄を持って行ってもらってもいいですか?」

「あ、うん。分かった」

 ティオは自分の足元に置いてある肩掛けの鞄を手に取り、肩から斜めにかけた。

 準備完了整ったのを確認して、ウェルチは玄関の戸を開ける。

「……それでは、行きましょう」

「うん。……あの、ウェルチ?」

 森の奥に向かって歩き出したウェルチの後ろに、ティオが続く。

「何ですか?」

「さっき、僕の真剣さを試すって言ったよね? 何をすればいいの?」

「薬草の採取を手伝ってください。ちょっと在庫が少ないので、量が必要なんです」

「……ええっと。それと僕を試すことに何の繋がりが……?」

 ウェルチの横に並んだティオは、よく分からないと怪訝な表情をする。

「簡単なお手伝いだと、そう思いますか?」

 そう訊ねてティオを見上げると、ティオは黙ったまま小さく頷いた。

「でも、実はそうでもないですよ。冬でも狼とかは出ますし、それに今は雪解けの時期ですからね。冬眠していた獣で動き始めているものもいるでしょう。……それに、道があるわけではないので目印を見失ったら危険です。毒草とかが生えてたりもしますし」

 そう言うと、ティオが大きく目を見開いた。

「えっ? ウェルチっていつもそんな危険な思いをして、薬草を採取してるの?」

 今気にしてほしいところは、そこではないのだが。

 だが、ティオは本気でウェルチの心配をしている。瞳がそう物語っている。ウェルチは数度瞬くと、ふわりと微笑んだ。

「わたしは慣れてるから、大丈夫です。……心配してくれて、ありがとうございます」

 そうして、ウェルチは表情を真面目なものへと変えた。

「……けれど、ティオさんは森を知らないでしょう? 未知の物は怖いです。森に慣れたわたしが一緒だって、恐怖をなくすことは難しいでしょう。わたしも自分の身を守る程度しか出来ませんし。……これでも、簡単だと思いますか?」

 そう問うと、ティオは僅かに目を伏せてふるりと頭を振った。

 言葉にしてみたら簡単そうに思えても、実際に簡単だとは限らない。

 それでも困難や恐怖を乗り越えられるなら、彼の相手を想う気持ちは本物なのだろう。

 ウェルチは辺りを見回しながら、どんどんと道なき道を進んでいく。その足取りに迷いは一切ない。歩きながら木の幹に括り付けたリボンを確認するのを忘れない。これが、目印だ。

「……目印、覚えておいてくださいね。万が一わたしとはぐれてもきちんと帰れるように」

「う、うん。分かった」

 妙に固い表情で頷き、ティオは周囲を見回している。やや顔色が悪い。少し脅しすぎただろうかと思ったが、ウェルチの言葉に嘘はない。

 それでも引き返す気配がないのだから、ティオの想いは相当強いものなのだろう。それだけの気持ちがあれば、プロポーズも出来るだろうに。

 そう思わなくもないが、勇気の種類が違うのかもしれない。

 ずっと森の奥で祖母と暮らし、たまに薬やお茶などを町に売りに行くだけのウェルチは、正直人付き合いが苦手だ。嫌いなわけではないけれど、何を話せばいいのか分からなくなる。

 そんなウェルチに恋愛の経験があるはずもなく、恋情や愛情がどのような感情なのか、実のところよく分からない。

 ただ、ティオに愛される女性は幸せなのだろうとは思う。頼りないところはあるが、穏やかで優しく気遣いの出来るティオは、町の女性からの人気も高い。

 ティオの性格から考えても己が選んだ女性を生涯大事にし続けるだろうことは、想像に難くない。

 そんな風に愛される女性が羨ましい。――そう思って、いつもの自分らしくない思考に苦笑する。

 身内もなく、森での一人の生活を満喫しているつもりでいたけれど、心のどこかで寂しいと思っているのかもしれない。

「……ウェルチ? 何か考え込んでるみたいだけど、どうかした?」

 心配そうに問いかけるティオに、ウェルチは静かに首を横に振る。

 たとえ寂しさを感じているのだとしても、全部自分で選んだことだ。後悔はない。

「何でもないです。……もう少しで着きますからね」

 そう言って、ウェルチは微笑んだ。

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