第25話 商家の娘は確信する

 アンディさんとフラムさんは本当に唐突に店内に現れた。営業時間を終え、いつもどおり少し残った野菜と果物を引き上げた時だった。

 壁が黒く変色したのかな、と思ったらそこから体がぬっと出てきたのだ。

 私は思わず尻餅をつき、野菜を入れたカゴを落とした。

 現れたアンディさんが、にこりと微笑みながら手を差し出し、フラムさんがぱたぱたとカゴを拾う。


「驚かしてしまってすまない。お店は終わったのかな?」

「は、はい……たった今終わりました」


 差し出された手を片手で握る。

 アンディさんの驚くほどの力が、私の体をふわりと起こした。

 がっしりとした手の感触に、なんとなく気恥ずかしさを感じて顔に熱が灯る。私はごまかすように手を離しカゴを受け取る。


「はい、どうぞ。作物は大切にしてね」

「ありがとうございます」


 フラムさんが興味深そうにカゴの中を見つめている。


「……それなに?」

「これですか? アケビですよ」

「アケビ……」

「食べてみます?」

「いいの?」

「はい。売れ残りですし。ちょっと皮を剥きますので待ってくださいね」


 私はゼリー状の半透明の果肉をフラムさんに差し出す。

 彼女はためらわずにそれを口に放り込んだ。

 妖精のイメージとはかけ離れた大胆な食べ方だった。


「おっ、けっこういける! ほんのり甘い。……けどちょっと種が固い」

「種は出してくださいね」

「はーい。これティアナのお店で売ってるの?」

「はい! うちの田舎から持ってきてもらってるんです。傷みやすいのでけっこう大変なんですよ。…………良かったらファーマーさんもどうですか?」

「それはありがたい。じゃあ一口」


 アンディさんが、フラムさんの残りを口に入れた。どことなく食べ方が似ている気がする。


「確かに、うまい。土壌が良ければまだまだ甘くなる可能性があるな」

「…………そんなことが分かるんですか?」

「実が持つマナ量が少ないからな。マナを吸収する器はあるのに、満タンになっていない」

「……そう……ですか」

「だが、なかなかの器だと思う。いい育て方をしているのだろうな」

「……はい! うちの自慢ですから」


 とてつもないファーマーさんに田舎の果物を褒められて、私の心は宙に浮くかのように舞い上がった。

 自然と声が弾んだ。

 だけど――


「ひぃっ!?」


 次の瞬間に私は小さく悲鳴をあげた。

 ぽっかりと空いた暗い穴から、二体のおぞましい者が姿を見せたからだ。

 それは――

 強固な鎧に身を包んだ――大きな骸骨。首には黄色のチョーカーに数字の1。両手には変わった槍と分厚い盾。

 そして――

 黒いローブに身を包んだ――やはり骸骨。こちらは青色のチョーカーに数字の1。片手にねじくれた杖。たぶん何かの骨を使っている。

 初めて見るモンスター。

 心の冷静な部分が「アンデッドだ」と囁いたけど、一気に干上がった口内は言葉を発しない。

 もしもつぶやけば、その瞬間に眼窩に浮かぶ赤い光が向けられそうで怖かった。


「……順番が変わってしまったのだが、今日は前に話していた盗人対策のための人材を連れてきたんだ。シロトキンさんは奥かな?」

「…………は、はい。奥に……」


 私の視線はアンディさんに固定している。

 アンデッドと目が合うことになれば、腰を抜かす自信があった。だけど、二人はまったく骸骨を恐れていない。従者でも連れているように、気にしていない。

 私は背を向け、必死に冷静を装って案内する。

 フラムさんの「アケビって美味しいんだねー」というのん気な独り言と共に、人間の足音とは違う、カツン、カツンという音が聞こえる。

 あの骸骨も後ろに続いているのだ。夢じゃない。

 

 ……おかしいのは私なんだろうか、と無理矢理考えてみた。

 もしかすると、店の中にアンデッドが入ってくることは、王都では普通なのかもしれない。

 だって、アンディさんはずっと私を優しい表情で見つめ返してくれていた。その顔は「怖くないよ」と教えてくれているようだった。

 冒険者でもないファーマーが怖がらない存在。王都では骸骨はペット扱いなのか。

 ブドウの粒を歯に刺すのは何か意味があるのだろうか。

 ……わからない。見た目はとてもおぞましい。

 お父さんなら知っているのかな?



 ***



「ひゃぁぁぁぁあああああ、うわぁぁぁぁっ!」


 ダメだった。

 出迎えに出てきたお父さんは、この世の終わりを見るかのような表情で腰を抜かし、置いてあった椅子に後頭部を思い切りぶつけて床に崩れ落ちた。

 青白い顔が、その心を物語っている。

 

 ――やっぱり、アンデッドは普通じゃないんだ。


「シロトキンさん、大丈夫ですか?」


 私に手を差し出したように、アンディさんは優しく微笑む。

 その両側の骸骨二体も、暗い眼窩をお父さんに向けて、同じく片手を差し出した。

 再び「ひっ」と糸が切れたような言葉を発し、尻餅をついたまま下がっていく。テーブルの足に自分の背中が当たったところで、ようやくアンディさんの方を見た。


「そ、そそそ、そのアン……デッドは?」

「私の仲間です。今日は盗人対策に連れてきました。少々驚かせてしまってようで、すみません」


 少々――本気なのか。言葉のあやなのか。

 お父さんを見る限り、少々なんてものじゃないと思う。でもようやくちょっと冷静になれたみたいだ。

 フラムさんが骸骨の頭に座ったおかげかもしれない。


「……スケルトンの亜種……でしょうか? 私の記憶では生者に襲い掛かる存在のはずですけど……」

「スケルトン? どうなんだろう? お前たちはスケルトンなのか?」

「……もぐげ」

「違うそうです。だから襲い掛からないのでしょう」

「……その……アンデッド、今、しゃべりましたか?」

「ええ。こいつらは賢いアンデッドなので、意思疎通が可能なんですよ」

「…………えっ?」


 お父さんの青白い顔が固まった。アンディさんが頷いて言葉を足す。


「私もまだ勉強不足なんですが、彼らは彼らの言葉があるんです。果物の味も分かるようですし」

「……なぜ、アンデッドの言葉がお分かりに?」

「もちろん、勉強したからです。ここにその――」

「主様っ! それ、今いらないから! それにその本は秘密で借りてるやつでしょ!」

「おっと、そうだった」


 笑いながら空間に手を入れたアンディさんを、フラムさんが慌てて止めた。珍しく必死だ。

 取りだそうとした「本」を止めた理由を直感する。

 絶対に危険な物なのだ。

 見るだけで、私たちが腰を抜かすようなおどろおどろしい本に違いない。

 

 薄々分かっていたけど、このアンディさんはとてつもなく――

 

 すごい人なんだ。


 たぶん、元はとっても有名な冒険者か、騎士団長のような名誉職に付いていた人。でも、なにかきっかけがあって野菜や果物を作り始めたに違いない。若いうちから強すぎて妬まれて疲れたとかじゃないかな。

 身分がばれるとまずいからってそれは隠しているけど。

 でも努力家だから、農業でも早々に才能を開花させたんだ。


 前の職業はなんだったんだろ?

 どれくらい強いんだろ?

 剣を持てば、モンスターの群れを一人で蹴散らせるぐらいに強いのかな。ハンターウルフだって敵じゃなかったし……実は魔法のエキスパートだったりして。

 うん、そうに違いない。

 だって、そうじゃないと、元冒険者のお父さんがここまで怖がるアンデッドを従えられるはずがない。

 仲間だ――と言っていたけど、それも違うと思う。

 アンディさんの強さに屈服して従っているモンスターに違いない。

 …………ブドウだけは謎のままだけど。


「話が逸れてしまいましたが、今日は護衛を二人連れてきました。畑を手伝ってくれているイエローワンとブルーワンです。二人は特に戦闘に向いた人材です」

「「わおい」」


 カンっと硬質な足音を立てて、二体の骸骨が進み出た。

 お父さんの視線が、すごい速度で二体を行ったり来たりしている。


「シロトキンさんとティアナさんのお二人の命令に従うよう言っていますので、存分に働いてくれるはずです。今はとりあえず、この店の正面以外から近付く存在と監視している気配に対処するよう言ってありますが、必要に応じて変えてください」


 アンディさんが、骸骨二人の背中をバンっと叩いた。


「二人とも頼むぞ。必要なものは持ったな」

「「わおい」」

「よしっ。では、シロトキンさん、私は畑仕事がありますので」

「えぇっ! ちょ、ちょっと待ってくださいっ! こんな突然っ……置いていくんですかっ!?」

「大丈夫。彼らは優秀です。ホーネンが太鼓判を押すのですから。ですが、もしも彼らでも対処できなさそうなら、ブルーワンが私に報告してくれます……そうなれば、レッド隊とホーネンがすぐに駆けつけますのでご安心を。では今日はこれで」

「す、すみません……おっしゃる意味が……って、ファーマーさんっ!?」


 お父さんがすがるような声を出したが、もうアンディさんの耳には届いていない。

 この人は二人の骸骨で本当に充分だと思っているのだろう。

 くるりと踵を返すと、フラムさんを連れて暗い穴に姿を消した。

 <テレポート>って便利。


「……嘘だろ? こんな危険なやつらを……ひっ!?」


 イエローワンとブルーワンの赤い光が腰を抜かしたお父さんに向けられた。

 私は小さくため息をついた。

 そして、お腹に力を込める。

 大丈夫。

 アンディさんの言うことだもん。


「イエローワン、ブルーワン、お父さんを起こしてあげて」

「「わおい」」


 やっぱりね。

 あの人は、とってもすごい人だ。

 私はそう確信した。

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