第8話 やりすぎファーマーは強敵と再会する

 主様は人の間を瞬く間に駆け抜け、風のように外に飛び出た。

 ぐんぐんと門が遠ざかる。

 そして、森に入ってすぐに苛立った声で告げた。


「やはり<テレポート>を使用せざるを得ないな。とても間に合わない」

「……うん」


 私を肩に乗せた状態で、人間離れした速度で走る主様。そんな主様でも迷うのは当然だ。

 <テレポート>には失敗もある。

 距離に応じたマナが足りなければ、おかしな場所に飛んだあげくにマナをすべて失って倒れてしまうこともある。

 最悪、死んでしまうことだってある。


「…………フラム、覚悟はいいか?」

「もちろん……いつでもいいよ」


 巻き込まれるかもしれないうちを気遣う声。

 初めての超長距離転移に少し強張っていた。

 でも――

 うちは最初から心配なんてしていない。

 主様の内在マナ量はそんなちんけなレベルじゃないのだから。


「いくぞっ」


 他人から見れば、その場で突如消えたように見える<テレポート>。実際は次元の穴に飛び込んでいるのだが、見たことのない人間には不思議現象だ。

 すぐに訪れる体の浮遊感。

 主様ほどではないけど、うちも使えるからよく知っている。

 続いて感じるめまいのような感覚と視界のブラックアウト。

 そして――


「……うまく行ったか」


 すぐに見える見慣れた景色。

 出た場所はログハウスの扉の真正面だ。分かってはいたけど、驚異的な精度。転移先は頭の中でイメージするだけと言っても、絶対にズレる。

 長距離になればなるほど絶対に、だ。

 にも関わらず、ほとんどピンポイント移動をこなしてしまった。

 この人……ほんとにファーマーなの? こんなの上位妖精でもできないんだけど。

 ほんとありえない。

 

「主様……大成功だね」

「……話しは後だ、急ぐぞ。あっちの畑だな」

「何で分かるの?」

「ここまで近付けば強敵の気配がする」

「……あっ……そうなんだ……」


 言っとくけど、うちは全然感じないからね。

 強敵の気配だ……とか言われても、まーったく感じません。でも主様はすでに一方向に向けて走り出した。

 念の為、たぶん近くにいるだろう妹に連絡を取る。


『ミージュー、いまどこー?』

『フラム姉さんっ!? いまダイコン畑っ! もう半分は食べられちゃってる! 早く早くっ!』


 慌てた声がすぐに返ってきた。予想通りミジュがそばにいるらしい。

 で、ダイコン畑はというと……

 うん。

 やっぱり、そっちね。

 主様、すごすぎ。妖精ネットワークいらないじゃん。


「やはり、『BB』かっ!」


 BB――ビッグベアー、とか、鳴き声がバーブーと聞こえるとか語源は色々あるらしいけど、要は茶色のでかい熊だ。

 ただ、大きさが普通の五割増し。

 こいつらの特に怖いところは、成長速度と学習速度がすさまじいところだ。

 主様がアイテムボックスから例のカブを取りだした。

 第一射は別次元高硬度カブのようだ。

 いっきまーーーす!

 うなりをあげて人間の頭ほどの大きさのカブが発射された。魔王候補すら絶命する白き一撃。

 それをBBは――


「うそぉっ、よけたっ!?」


 し、信じられない。主様の投げカブをかわすとはっ……ワンカブ伝説破れたり。

 でも、主様は当然だとばかりに、次の獲物をボックスから抜いた。

 それは草刈鎌だ。黒い刀身に深緑の刃がらんらんと輝いている。

 デス・エンペラーが落とす鎌をエメラルドで打ち直したその鎌は、振るうだけで周辺が更地になる性能を持つ。

 主様が一度使って、「範囲が調整しにくい」とつぶやいていたのを覚えている。そういう問題以前の気はするけど。

 そのとても草刈には向かない代物を使うみたい。

 主様はそれを縦回転させるように投げつけた。

 緑色の軌跡がまっすぐBBに伸びていく。

 見えない刃が地面に深いスリットを残し――


「これもよけるのっ!?」

「俺の認める畑荒らしなんだから当然だ。食べる執念にかけてはこいつらの右に出る熊はいない」


 頷いた主様から遠く離れた森で、すさまじい轟音が次々と響く。

 ……草刈鎌が木を切り倒していってると思うんですけど……たぶん。主様の鎌は凶器だからね。

 よけられなかった後ろの有象無象BBの集団は、当然何匹かが真っ二つです。

 もう熊刈用の鎌にすればいい。


「やはり、前回のBBだな。俺が切りつけた傷が顔に残っている。……だが、縮んでいるな」


 鎌の威力にあきれながら主様の視線を追った。そこには小柄なBBがまだこちらを見ようともせず、ぶっといダイコンを引き抜いてはかぶりついている。

 あくなき食欲とスルー力。

 ばりばりという咀嚼音が静寂の中に響く。


「中央の小さいのが一番強いようだな。両サイドはそれほど……か。強いて言うなら右が強いな」

「……主様分かるの?」

「ああ。存在感がまるで違う」


 存在感ってなに?

 大きい二匹の方がよっぽど存在感感じるんだけど。

 ち、違うんだよねー。主様、真剣だもんねー。

 うち、わかんないけどねー。


「フラムは離れていてくれ。危険だ」

「……うん」


 カブと草刈鎌を避けた時点で、超危険生物は間違いなし。

 うちは手ごろな木の陰に隠れた。上から様子を見ていたミジュもすーっと隣に降りてくる。

 こっちはもう安心しきった顔だ。


「……フラム姉さん、BBは進化したのかな?」

「ミジュ、お疲れ。……主様の顔を見る限りそんな感じかも」


 少し離れた場所で、主様が再び武器…………うーん、たぶん包丁の一つを取りだした。

 真っ黒な刀身の牛刀……だと思う。黒い煙出てるけど。人間の身長ほどの長さだし。

 そして、間髪入れずに主様が畑を飛び越えて三匹のBBに襲い掛かる。

 どっちが獣か見紛う速度だ。


「――っん!」


 三匹まとめて切り飛ばそうと振り抜かれた牛刀。黒刃が、まずはでかい一匹の腹を深く割いた。

 吹きだした真っ赤な血が、牛刀が纏う黒い煙に呑まれ、大きな音を立ててBBが後ろに倒れる。

 あの包丁こえー。なにあれ。

 あんなのいつ作ったのよ。


「やった! さすが、主様っ!」

「……うん」


 無邪気に小さな手を合わせたミジュだけど、うちは今の一撃をかわしたことにびっくりしている。

 だって、あの主様の攻撃だよ?

 魔王すら即死するカブ投げをかわし、鎌を避け、牛刀からも間一髪で逃げるなんて。

 どんな畑荒らしなのよ。前より強くなりすぎでしょ。


「――主様っ!」


 唖然とするうちの目の前で、再び高速で移動した主様の牛刀振りおろしが、見事に人間サイズのBBに止められた。

 刃を止めたんじゃない。振り下ろした腕の方を止めたんだ。なんという動体視力。

 そして一瞬、愉悦のような顔を見せたBB。

 だが主様は顔色を変えずに、すぐに前蹴りを放つ。

 並み外れた脚力での一撃。素人だけど。

 BBが苦悶の表情を作って後方に吹き飛んだ。

 その隙を逃さず、主様は再び真横に牛刀を振るう。ザンっという独特の切断音とともに、大きなBBの腹が割かれた。

 これであと一匹。


「やっぱり主様がいれば一瞬ね。後ろのザコBBの集団はゆっくり撤退かしら?」

「……油断しちゃダメ。後ろのやつらはいいけど、あの小さいのはやばいでしょ」

「そう? もう吹っ飛んでいったけど?」

「ミジュ……普通なら主様にマジで蹴られただけで死ぬんだって」

「…………それもそうね」


 その小さなBBは、明らかに怒りの感情を表して森の奥から姿を見せた。口からは一筋の血。

 人間みたいに、蹴られた腹を何度かさすっている。


「バァッ、バアァッツ、ブゥゥゥーーー」


 赤ちゃんか! と思わずつっこんでしまった。

 いやいや、声はまるっきり獣なんだけど……こいつら吠えると緊張感無くなるんだよねー。以前もそうだった。

 吠える声を聞くと力抜けるの。


「……なんだ? まだ俺の相手をするには力不足だぞ?」

「ババッッ、ブバッ、ブッーー」

「さっぱりわからんな。言いたいことがあるなら、言葉でも覚えてこい。学習能力は高いんだろ?」


 主様が、ぶんっと牛刀を振るって斜め下に構えた。

 腹を押さえて吠える凶暴な熊に対し、黒い煙を吐く長大な牛刀を構えてゆっくりと近づく。

 その姿――

 まさに魔王降臨! みたいな感じ。

 いやー、ちょっとかっこいいけど、怖いわ。

 これがファーマーとか世の中おかしいと思う。

 あっ、ちなみに牛刀ってこんなに長くないからね。だってほんとは調理用だし。


「…………バッブッ」


 ちょっと可愛い捨て台詞キター!

 BBめー、怖気づいて逃げ出すとは。

 尻尾まいて逃げるとはこのことじゃんか。

 判断遅いんだよぉ! 大事なダイコンを食うだけ食っておさらばとはいい度胸!

 主様にかなうはずないだろうがっ!

 ざまぁみろっ! このクマ公めぇ!

 もう二度とくんなよっ!


「…………フラム姉さん……どうして顔芸してるの?」

「……………………えーーっと、ストレス解消……かな?」


 まさかミジュに見られていたとは。

 油断しちゃダメだ。しっかり者の長女のメッキがはがれてしまう。

 でも……すっきり……じゃなくて、ほっとした。

 主様の強さは十分知ってるけど、あのBBは異常だからね。クマ亜種みたいなもんだから。

 ほんと……主様が無事で良かった。

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