第32話 ライムライトに導かれ I
クロさんに言われた通り、舞踏会の暫定メンバーのプロフィールを抜き出しまとめ、引き出しにしまい。
乱れていた髪と、衣服を整えて。
「……よし」
鏡を見て、頷く。
今日はこれから、ルナさんのところへ行くのだ。熱に浮かされた顔をぶら下げてお会いするわけにはいかない。
泣かせてしまったあの日から三日が経つが、気持ちは落ち着いただろうか。
ベアトリーチェさんから、ルナさんにまつわる事情も聞けた。まずは彼女の"魔法音痴"を少しでも克服してあげたい。
せめて、呪文を唱え『署名』をすれば、普通に魔法が発動するくらいには…
しかし一体、どこからアプローチしていけばよいのか…
うーん、と少し唸りながら、理事長室を出て鍵をかける。ここは二号館の四階。いつものように一階へ降りて、庭園を抜けて城に戻ろう。
と、ちょうど下校する学生たちが一斉に階段を降りているところで、あたしはその波に飲み込まれるような形で階段を下った。なんだか動物の群れの中に一匹だけ、種類の違う自分が紛れてしまった気分だ。同じ制服を纏った学生の中に、スーツ姿の自分が一人。
なんてことを考えていると、がやがやと談笑しながら一階を目指す学生たちの中から、ふとこんな会話が聞こえてきた。
「あ〜今日もゲイリー先生、超かっこよかった〜」
「ビジュアルも最高だけど、教え方がうまいんだよねー」
「そうそう!クローネル先生も王子様っぽくていいけど、ゲイリー先生はまさに『体術担当』って感じで、男らしいあの感じがたまらなーい」
『わかる〜』
声の方を見ると、三人の女子生徒がきゃっきゃっと楽しそうに話をしている。
…ていうか、クロさんてやっぱり『王子様』キャラとして認識されているのか。本性を知ったら、とてもじゃないがそんなこと言えなくなる。あれは王子は王子でも、悪魔城の腹黒王子よ。
そう、頭から角を生やしたクロさんを想像する一方で。
「……体術、か」
雑踏に紛れ、小さく呟く。
この学院では、魔法の体得に向けて様々な角度からの講義をおこなっている。
一つは、歴史学。先人の知恵を学ぶことで、魔法の正しい使い方を考える。
一つは、精霊学。哲学、とも呼べるかもしれない。魔法を扱う上での精神の在り方と、精霊の性質についての理解を深める。クロさんが教授として教えを説いているのは、この部分だ。
そして、もう一つが。
実際に魔法を使う上での身体の使い方を学ぶ、体術である。
ルナさん(と、ついでにあたし)が魔法をうまく使いこなせるようになるには、この体術からのアプローチも取り入れたほうがいいのだろうか。
ルナさんの"魔法音痴"の根本的な原因は、精神面にあることは間違いないだろう。しかし、内面にばかり向き合っていたら、それこそ気が滅入ってしまいそうだ。
身体を動かせばそれだけ『特訓』っぽさも出て、達成感が得られるかもしれない。
…うん、いい考えな気がする。そうと決まれば…
あたしは一階を目指す生徒たちの群れから抜け、二階へと降りた。いくつかある教授たちの研究室の中に、先ほど耳にしたゲイリー・カティウス先生の部屋があったはず。
廊下を進み、一つ一つ表札をあらためる。ビンゴ。ゲイリー先生の名前は、一番奥の部屋にあった。
「…………」
勢いで来てしまったけれど、どんな先生だったっけ?
数少ない体術担当として名前はよく見かけるが、学院の会議には出席されたことがないし、入学式でちらっと見かけたくらいだ。
生徒でもない自分がいきなり行って、怪しまれないだろうか。
…いや、ルナさんのためだ。新入生用のプリントなんかを分けていただけないか、聞くだけ聞いてみよう。
ふぅ…と、息を吐いて。
──コンコン。
思い切って、ドアをノックした。すると、
「はーい、どうぞ」
そんな明るい声が、中から聞こえてきて。
「し、失礼します」
あたしはドアノブを捻り、ゆっくりと部屋の戸を開けた。
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