第21話 掩蔽の保健室 I


 さて、保健室はどこにあっただろうか。

 なんて、教室を出てからはたと足を止める。



 この学院、なんと言っても広い。四階建ての校舎が全部で三棟、それぞれが連絡ブリッジで繋がっている。

 今いるのは一号館の四階、一番奥の教室だ。

 確か…一階にあったような。こんなことなら、クロさんにちゃんと校舎案内をしておいてもらうんだった。


 ひとまず一階を目指し、階段を降りていく。クロさんもアリーシャさんも、大丈夫だろうか。あのままでは、凍傷を起こしてしまう。直接皮膚を裂傷しているのならば、あたしの魔法で治癒できるが…氷自体を溶かすことは、恐らくできない。

 そしてクロさんにも、それができないのだろう。彼の能力は"影"を介して対象物に侵入し、魔法を飲み込んでいくというものだ。人体に纏わり付いてしまった物体への侵入は、その人間そこものにも影響を及ぼしてしまうのかも知れない。

 ただの氷ならばお湯などでいくらでも融解できるが、魔法で作られたものとなると、一体どうすればよいのか…


 などと考えている内に、一階へ着いた。廊下に出て右、左と首を振ると、左側のすぐ手前に『保健室』の看板があった。

 ほっと息をついてそちらへ向かうと、ちょうどそこから白衣を着た眼鏡の女性が出てきて、


「じゃあ、クローネル先生。あとはよろしくお願いします」


 と、一度保健室を振り返ってから、去って行った。

 今のは…所謂いわゆる、保健室の先生か?そりゃそうか、学校だもの。魔法の訓練で怪我をした生徒のための専門医くらい、いるに決まっているか。

 ということは、二人は無事治療を終えたのだろうか。

 半分開いたままのドアに近付き、ノブに手をかけ、


「失礼しまー…」


 開けかけた、その時。



「──ごめんね、僕が刺激するようなこと言ったから」



 そんなクロさんの声が中から聞こえて。

 思わずあたしは、手を止める。



「いいえ。私が未熟なだけです。先生にもご迷惑をおかけして…申し訳ありませんでした」


 クロさんの言葉に答えたのは、淡々としたアリーシャさんの声だ。

 ということは。

 『刺激するようなこと』というのは、先ほどクロさんが、彼女に耳打ちした"何か"…?

 あの時、彼は何故笑い。

 そして、彼女に何て言ったのだろう。


 盗み聞きなんてはしたない真似、したくはなかったが。

 あたしは何故かそこから、動くことができなかった。



「未熟だなんてとんでもない。

 この短期間でよくあれだけのことができるなぁって、感心しているんだから。飛び級してもいいくらいだよ。

 魔法の強さは、心の強さとイコールだ。君は、とても芯の強い子なんだね」


 そう、優しい『クローネル先生』の声で、彼が言う。しかし、それに対するアリーシャさんの返答は聞こえてこない。

 しばらくして、再びクロさんが、


「僕はね、君に期待しているんだ。

 その才能と強さ…恐らく卒業と同時に、いや、ひょっとしたら卒業を待たずして、軍部から声がかかるだろう。

 いきなり士官クラスの階級を貰えるくらいの力はあるんじゃないかな。そうしたら君の家の人たちも、喜ぶだろうね。

 軍部としても優秀な戦力を得られてありがたい。君だって、軍部に見初められたくてこの学院に入学してきた…そうでしょう?」

「…………」

「……もし、君さえよければ」


 そこまでで、一度言葉を止めてから。

 ギッ、と椅子の軋むような音が聞こえて。



「これから、放課後に個人レッスンしてあげるよ。

 コツさえ掴めば、きっとすぐにコントロールできるようになるはずだ。

 さっきのあの、悔しそうな顔……早く魔法を使いこなせるようになりたいんだよね?」



 クロさんの、囁くようなその声に。

 あたしは、胸がズキンと傷むのを感じた。

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