バトン

あれから、さくらは塞ぎこんでいる。

子供達は学校へ行くようになったが

さくらは部屋から出てこない。

子供達が心配して代わる代わる様子を見に行き、リョウカが果物を切って持っていくと少し食べるが、それ以外は口にしない。


リツくんは毎晩、様子を見に来てくれる。

小さな花束を持って。

子供達のケアもしてくれて

さすが、僕が見込んだだけのことはある。

ん?見込んだのはさくらかな?




ある冬の夜。

子供達を寝かしつけた後

リツくんはソファーで居眠りしていた。

気がつくと、キッチンにさくらがいた。

「さくらさん…」

やつれれきっていた。

「リツさん、いつもありがとう。頼りなくてごめんなさいね」

そう言って、さくらはコーヒーを淹れはじめる。

「いいよ、俺やるから座って」

さくらに歩みより、マグカップと一緒にさくらを抱き締めた。

柔らかかったさくらは

今にも消えてしまいそうなほど

細く、小さくなっていた。

「悪いのは私なのに…ごめんなさい…」

座り込んで泣くさくらを抱き締めながら

「預かってるものがあるんだ」

リツくんはそう言った。






ロサンゼルスから戻ったリツくんに

話があるから時間をとって欲しいと連絡したが、なかなか会って貰えなかった。

きっと、さくらとの仲を咎められると思ったのだろう。

しかたなく僕は、リツくんのオフィスがあるビルのロビーで待ち伏せすることにした。




「リツくん、お疲れ様」

「藤木さん…」

「ごめんね、こんなとこまで押し掛けて」

「いえ、こちらこそ、なかなか時間とれなくてすみません」

ロビーに人気はなかった。



「リツくんに聞きたいことがあるんだ」



リツくんは目を伏せた。





「さくらとは、ほんとに何もなかったの?」






しばらく沈黙した後、リツくんは真っ直ぐ僕を見て言った。




「殴られても構いません。俺はさくらさんを愛しています。でも…さくらさんは藤木さんとの幸せを望んでいます。……何もいらないから……側にいることだけ……許してください」



リツくんは床に膝をつき、頭を下げた。



「リツくん…」



やっぱりリツくんはさくらのことを愛しているんだ。さくらは僕との幸せを望んでいるというのに、それでも尚、側にいることを選んだ彼の気持ちの強さを感じる。

全部まとめて引き受ける。

リツくんはやっぱりそういう男だった。

僕の思った通り

そういう男になら任せられる。

いや、そういう男にしか任せられない。

王者の玉座は──



僕は床に膝をついた。



「さくらと、子供達のことをキミにお願いしたい。このとおりだ」



手をつき、深く頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る