王者と彼氏

「あぁったまいってぇー」

「はい、どうぞ」


二日酔いの俺に藤木はコーヒーを差し出した。

「おぅ、サンキュ。あいつら、帰ったの?」

「ああ」

藤木は書斎から持ち出したパソコンをダイニングテーブルに置いて、調べものをしている。

「パパ、ディズニーワールドってどこにあるの?」

「フロリダだよ」

「ディズニーワールド?行くのか?」

「検討中。リツくんと一緒に行きたいんだって」

俺は細い目をさらに鋭くして言った。

「あいつ、あんまりさくらさんに近づけないほうがいいんじゃねーか」

「わかってるよ。お前だってさくらのこと、好きだったろ?」

うっ…それはそうだが…

頬杖をついて優しく微笑む藤木は、まるで王者のような風格を漂わせていた。この余裕。こうでなくっちゃ、さくらさんの夫は務まらないのだ。


「ディズニーワールド、行けそう?」

さくらさんがパソコンを覗きこむ。

「うーん、なかなか豪勢な家族旅行だね」

「そうよね…」

「新婚旅行も行ってないし、奮発するか」

藤木は学生結婚した。

当時の藤木は『契約が欲しかった』と言っていた。そうでないと、落ち着かなかったのだ。すぐにあまり意味がなかったことに気付くのだが。

「やったー!みんな!ディズニーワールド行けるよ!」

「やったー!やったー!やったー!」

また、やったー!行進が始まった。


夏休み

藤木一家はリツと一緒にディズニーワールドへ行くことになった。

忘れられない夏になった。

俺達にとっても。







旅行の手配は全部リツくんがしてくれた。

さすが敏腕コンサル、旅のプロデュースなんてお手のものだ。


ディズニーワールドはとにかく広い。

そして、子供達は元気だ。

上の子と下の子で年齢差があるので乗れるアトラクションが違ってくる。

そうすると、二手に分かれるしかない。

ちびっこチームは不自然なほどリツくんになついている…。

「リツ兄ちゃんと行く!」やっぱり。

さくらはちびっこに付いていくので上の子と僕で回ることになった。

ちびっこチーム、どう見ても仲の良い家族だ。

まぁいいさ、どってこと無い。



夕方にはマジックキングダムに集まりみんなで夕食をとることになっていた。

「パパ~!」

ずっと離れていたちびっこチームはさすがに寂しくなったのか会うなり抱っこをせがんだ。

ちょっと気持ちが回復する。

食事を済ませ、テラスで少し休憩しているとさすがの子供達もウトウトしはじめた。


突然、ショーが始まり、花火が上がった。歓声があがるが、少し離れているので見えづらい。しかし、子供達はもう寝てしまっていた。



「行こう!」



リツくんがさくらの手を引いて行ってしまった。



とても自然に。



半寝のナナが目を擦りながら尋ねる。

「リツ兄ちゃんって、ママの彼氏なの?」

「ナナ!」

どこでそんなこと覚えてくるんだ。

「違うよ!彼氏じゃない!ママはパパの奥さんでしょ!」

ナナはもう寝ている。

そうだ、解っている。

リツくんはさくらが好きだ。

さくらも受け入れている。

さくらは必ず受け入れるのだ。

どんな時も。


いつものことだ。


なんか、ミゾオチの辺りがキリキリ痛む…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る