外伝 恋の告白【後編】

 我が家に戻り、市場で買いそろえた出来合物を食卓に並べた。それを見た雛鳥たちからブーイングを浴びせられ、少しだけへこむ。


 先ほど市場で買ってきた駄豆を、口に入れてみた。


「あの味の風味がする!!」


 俺はニヤリと笑い、駄豆を細かくすり潰す。それに砂糖をたっぷりと加えて、少量の水で溶いてみた。溶いた箸先をゆるりと舌で舐めてみる。


「チョコレートだ!!」


 俺は食卓で歓声を上げた。それを見ていた三人の雛鳥たちは、訝しげに顔を見合わせる。俺はそんなこともお構いなく、豆を持って台所に走った。


「お前たち、これを見てくれ」


 そう言って、三人に湯気の上がった茶色い飲み物を差し出した。


「うえ……なんだこれ」


 カップの中を覗いたレイラが、顔をしかめる。


「まあ、騙されたと思って、飲んでくれ!」


 雛鳥たちは仕方がないという顔で、カップに口をつける。


「「「美味しい!!」」」


 かしましい三人が一斉に声を上げた。俺は聞かれもせず


「駄豆を粉末状にし、砂糖で練った物に獣乳を加えて作った飲み物だよ」


 と、鼻高々に解説をした。


「名前はないのだろうか?」


 飲み干したカップを弄りながら、テレサが尋ねる。


「ホットチョコレートだ」


 俺は異世界に、デザート革命を起こしたことを確信する――


           *      *      *


「これだけ待たせたんだから、美味しい物が飛び出すんでしょうね」


 俺たちの食卓には、呼ばれもしないのに腕組みをしながら我が物顔で座っている、クリオネがいた。


「少々待たせたな……最初は出来たてで、食べさせてやりたかった」


 そう言って、クリオネの前にホットチョコレートを置く。


「香りは良いかしら」


 彼女は目をつむり、カップに口を付ける。


「なっ!! なんだこりゃ!!!!!」


 あたふたと狼狽うろたえるクリオネの姿を見て、三人の雛鳥たちは、ゲラゲラと笑い転げた。


「なっ、美味いだろう」


 クリオネに向けて、余裕のウインクをしてみせた。


「まさか、私が送り届けた豆から、これを作ったのかしら!?」


俺は首を左右に振る。


「これも食べてくれ」


 俺は真っ黒の焼き菓子を乗せた皿を、クリオネの前に差し出した。彼女はそれを口に放り込む。


「……」


 無言で焼き菓子を摘んで、口に入れた。彼女はしばらく呆気に取られれ、小さく苦笑した。


「クリオネ、このおっちゃんが作った焼き菓子は旨すぎだろ!!」


 レイラはクリオネの感想を聞かずに、彼女の前にある焼き菓子に手を付ける。


「ず、ずるいぞ!!」


 テレサがそう言うと、早い者勝ちとばかりに、お菓子を頬張る。


「レイラ死ね」


 ルリが一言発し、レイラに法力を掛けた。しばらく四人の雛鳥たちによって、食卓でカオス状態が続いた。


「次のが焼けるから、お前らもう少し落ち着け」


 漸く我が家に静寂が訪れた。


「おっちゃんのドヤ顔でお腹一杯だから、そろそろ原材料を説明して」


 クリオネが口の周りに、食べかすを付けながら聞いてくる。


「駄豆を使った料理だ。故郷では駄豆をイナゴ豆と呼んでいたけどな」


 そう言って、小皿に盛った駄豆の粉をクリオネに見せた。彼女はそれを指で摘み、口に入れ頷いた。


「駄豆を料理の材料にするなんて、信じられない……」


 彼女は身体を小刻みに震わせる。


「果肉を粉末にし、砂糖を獣乳で練り込んだ」


 俺はペースト状にした駄豆を、次に見せた。


「革命が起こるわ」


 人差し指ですくい取り、それを舐めると、またもや沈黙した。


「故郷のチョコレートは。原材料が違うのでもっと旨いのよ……。駄豆はそれの代用品だ。このペースト状の駄豆を固めたのがチョコレートと、故郷では呼ばれ人気のあるお菓子だった。だから、今日出したお菓子は本命では無いが、これを固めて美味しいチョコレートをクリオネが完成してくれ。俺の力では焼き菓子ここまでが限界だ……。故郷のチョコレートを知っている俺からアドバイスするとすれば、まだ油分が足りない感じなので、これに合う油を足せば、に近くなると思う」


「あなたの故郷は、みたいよね……」


 クリオネは目を爛々とさせ、皿に盛った焼き菓子を口に放りこんだ。


「チョコレートを楽しみにしておいて頂戴」


 彼女はひと言だけを言い残し、あっさりと家から出て行った。


 遠い未来、料理の天才クリオネは、「デザートの母」といった二つ名で呼ばれる。否、沢山の呼び名の一つとして、この名が加えられた――





SS(小話)


「チョコレートが完成したわ! 仕方がないから貴方にも食べさせてあげる」


 クリオネが包みにくるんだ、チョコレートの箱を差し出した。


「故郷では、チョコレートを男にあげるのは、告白のあかしなんだぜ」


 俺はにやにやしながらクリオネに話す。


「なっ!? あなたなんて好きとも何とも思っていないんだから!!」


 茹で蛸のように真っ赤な顔をしたクリオネがは、目玉を泳がせ全否定してきた。

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