第212話 変えられない結末【前編】

「ターゲットを追い込んだぞ」


 茂みの奥から、レイラの声が聞こえてくる。テレサがそれに合わせて、声の方角に身体を向けた。茂みがガサリと揺れると、大型獣のブルガンが、レイラに追い立てられるように逃げてくる。


 テレサは剣を構えその獣を迎え撃つ。体長は優にニメートルを超えているので、普通の冒険者が一人で仕留めるには、かなり危険な獲物であった。しかし走ってきたブルガンが、テレサの前に近づくなり足をもたつかせる。


「ハアアーーッ」


 テレサが気合いの入った声を発し、ブルガンに斬りかかる。宝剣ホワイトシグナスが風を切るように、ブルガンの首を切断した。


 「ブギャアーーー」という悲鳴と共に、獣の首筋から血飛沫が飛び出す。


「やったね」


 ルリがハイタッチで、テレサの健闘を称えた。


「見事な法力だな! で、その無様な悲鳴は何とかならんのか……おっちゃんよ」


 テレサは呆れたようにそう口にした。


「いやいやいや、ブルガンの首が俺の頭に向け、すっ飛んできたんだぞ。あれに当たれば俺の首まで地面に転がってもおかしくないわ!」


「おお! 仕留めてくれたんだな」


 にこやかな笑顔でレイラが戻ってくる。


「レイラが上手く追い立ててくれたから、狩ることが出来た」


「次はテレサが、追い立て役だな」


「任された」


 俺は頼もしい狩人たちの話を聞きながら、獲物の解体を始めた。


「お前らも、解体の手伝いをしてくれ」


 今回仕留めた獲物はかなり大きかったので、手助けが必要になり嫁たちを呼んだ。


「おっちゃんの解体は芸術的」


「見事な手捌きだ!」


「神業だな」


「てれるやい」


 嫁たちに煽てられて満更でもない顔をしながら、一人で解体作業を続ける荷物持ちがここにいた。


 俺たちは半時ほど狩りを続けて、ギルドに戻った――


「換金してくるから、ここで待っててくれ」


 そう言って、ギルドの扉を開いて店内に入っていく。


「おっちゃんを待っている間、刀の汚れを落とそうぜ」


「そうですね」


「うんうん」


 三人はギルドの横にある、水場に向かう。


「姫様っ! レイラ姫」


 レイラの後ろから、一人の大柄な男が声を掛けてきた。その声の主は、レイラと同じ赤毛で、褐色の肌をした筋肉質の若者であった。


 表情を曇らせたレイラは、その男の方を、ちらりと見ることもしなかった。


「もう、ここには顔を出すなと言ったよな!」


 レイラは声を荒げる。


「姫様……そんな寂しいことを言わないで下さい。貴方が声を上げて下されば、国民は必ずや立ち上がってくれます」


 苦悶の表情を浮かべ懇願した。


「我が祖国はもう滅んだんだ! 支配者が変わっただけで、国民もそれほど虐げられていないであろう」


「そ、それは一部の市民だけであって……」


 と、言いかけ返答に詰まる。


「それにオレは結婚したから、もう諦めてくれ……」


 レイラの口から、男の心を折る絶望の一言が飛び出した。


「け、結婚したのですか!」


 男の顔が一瞬引き攣り、目の光を失った。


「お腹には、子供だっているんだ……」


 レイラは心の中で舌を出しながらそう言った。そして、もう付き合いきれないとばかりに彼に背を向け、血の付いた刀を洗い始める。


巫山戯ふざけるな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな」


 彼女の後ろで、ぶつぶつと呟く声がした。


「ぐあっ!?」


 突然、背中をどんと押されて身体がよろめく。ズキンとした痛みが走り、それが何なのか気が付くまで時間が掛かった。レイラは違和感を感じた背中に手を回すと、ぬるりとした感触が伝わってる。


 ――レイラの背中に、刃物が深く突き刺さっていた。


「レイラ! 大丈夫なのか!」


 テレサは腰から剣を抜き、レイラを刺した男に切り掛かろうとした。


「姫様、私もお供します」


 褐色の男は、レイラを刺した刀の刃を、自分の首に宛がい大きく引いた。首から血が噴き出し、巨体が崩れるように前のめりに倒れた。


「身内だと思って、油断しすぎたな……」


 レイラの背中から大量の血が流れ出す。それを見たルリは、彼女の元に慌てて駆け寄る。そして懐から高級ポーションを取り出し、背中に振りかけた。


「早く、医者を呼んできて!!」


 ルリの悲鳴混じりの声が、ギルドの前でむなしく響く。


「ぐあっ……助からない傷に高級ポーションは御法度だろ」


 レイラがルリに優しく叱る。


「だって……レイラを助けたくって……」


 眼に一杯涙を溜め、こくこくと頷く。


「死が長引くだけだと覚えておきな……ただし、今回は正解だけどな」


 彼女の言葉に、ルリがキョトンとする。


「レイラ! 大丈夫か」


 俺は顔を真っ蒼にして、レイラの元へと駆け寄る。


「おっちゃん……来てくれたんだ。下手こいちまったよ……」


 悔しげにそう漏らすレイラを抱えたとき、あきらかに助からないほどの血の量が、服に染み付いていることが分かった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る