第191話 王女とおっちゃんと甘酸っぱい話

 貴賓室のベッドで横になりながら、今日一日の疲れを癒す。底辺冒険者の自分が、エルフ皇国の貴賓室なんぞで寝ている事に苦笑する。まさかこの国に、もう一度足を運ぶことになろうとは思いもしなかった。ダイスの目で人生が決められているなら、今週の出目は悪いに違いない――そう結論づけた。


 貴賓室の間接照明がぼんやりとベッドを照らす。真っ暗でないと眠れない派なので、間接照明のスイッチを探すが何処にも見あたらない。仕方がないので布団を頭から被り目を閉じた。


 意識を手放そうとしたとき、突然、顔に掛けていた布団を誰かに引っ剝がされる。暗いはずの部屋の明かりが目に刺さる。俺は思わず目を細めると、テトラがニシシと笑っていた。


「遊びに来ちゃった」


 小さな口から舌をペロッと出す。こんな事をずいぶん前にも経験したような気がした。


「王女様がおっさんの部屋にいるなんてばれたら、俺は牢屋に入れられてしまうわ」


 テトラを見て、小さく笑う。


「じゃあ、一生牢屋でおっちゃんを飼って上げるね」


 そう言って、彼女はころころと笑った。


「俺は眠たいのよ……」


 わざと素っ気ない態度で対応した。そんなことなど全く気にも留めず、テトラはグリーンの瞳で俺の顔をじっと見据えて動かない。


「いつものように、お話を聞かせて」


 テトラは俺の布団に潜り込み、お強請ねだりをした。そういえば旅先のテントの中で、彼女に色々な話をしたことを思い出した。


「ダイナ川で拳ぐらいの緑の丸い石を拾ったのよ。それがあまりにも綺麗なもので持ち帰ると、その石の中から音が聞こえるの。俺はこの石は卵だと信じて、その日から暖めることにしたんだ」


「ふふっ、嘘みたいな話ね」


「ああ、その石を身体に巻いて何日も暖めると、遂に中からトカゲの子供が生まれてきたのにビックリしたな。そいつにソラと名前を付け、一緒に暮らすことになったんだ。そのトカゲは『キュピピピピー』と鳴くんだよ。笑ってしまうよな―――――――――――――――――――――――――」


 ―――――そんな喋るドラゴンの話をしていると、隣から寝息が聞こえてくる。


 いつの間にやら俺の横で、テトラがすやすやと眠っていた。(まだ話の半分もしていないのに寝ちまったな)俺は彼女の肩に布団をそっと掛け、間接照明の消し方を先に教えて貰っておけば良かったと、少しだけ後悔した――


 テトラのさらさらの金髪を弄りながら、彼女が全く変わっていなかったことに吹き出してしまう。この髪の毛をクンカクンカしたらおしまいなのか、正しい事なのか自問自答しているうちに眠りについていた。


 早朝、尿意で目覚めると俺の隣には誰もいなかった。寝ている彼女の鼻を摘んで、飛び起きた姿を妄想し、ベッドから起き上がる……俺は一体何を考えているんだと、妄想を振り払い着替えを済ませた。


 何もすることがないので寝室から、豪華なテーブルが置かれた部屋で、のんびりと寛ぐことにする。


 テーブルの上に置いてあったガラス製の水差しから、グラスに水を注いで一口飲む。冷たい水が身体に染み渡ると、けがれた心が少しだけ綺麗になった気がした。椅子に座り、窓から朝の光が差し込むのを見ながら、ただ時間が過ぎるのを待つ。どれぐらい時を過ごしただろうか、とんとんと部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。扉を開くとパトリシア王女が立っていた。俺は彼女を部屋の中に招き入れる。すると彼女は椅子に腰掛けて、大きな溜息を一つついた。


「あの、おっちゃん……まさか朝食もすごーい量が出されることはないですよね」


 不安そうに俺に聞いてきた


「間違いなく、大量の食事が用意されているはずだ」


 と、きっぱりと断言した。


「ふわわわわ~~~~~!!」


 彼女はテーブルの上に頭を突っ伏した。


「朝食の用意が出来ました」


 メイドが俺たちを呼びに来た。彼女はこれから死刑を執行される囚人のように、のろのろと彼女の後に付いていく。俺はそんな光景を見ながら、腹一杯食事を食べて、死ぬる囚人の幸せを願わずにはおられなかった……。

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