第152話 続・白い悪魔【前編】

 ギルドのロビーは冒険者たちの喧騒で埋め尽くされている。何故なら週に一回、掲示板には沢山の依頼が張り出される日だからである。上級冒険者はギルドの職員から直接仕事を依頼されることが多いが、低級冒険たちに美味しい仕事を斡旋してくれるほど甘い世界ではない。掲示板で見付けた、安全で少しでも稼ぎの良い依頼をこなすことが、冒険者として長く生き残る手段こつである。


 俺も若い冒険者に混じって、美味しい仕事がないか掲示板と睨めっこを始めた。今日はいつもより多くの依頼が張り出されていたが、ソロで引き受けられる依頼は、意外と少なかった。その中で蛍光茸の採取を依頼している張り紙に目がいく。この植物は名前の如く夜間に青白く光るキノコだ。日が差している日中は傘を閉じ全く目立たないので、(慣れないと)見付けるのが困難なので採取は夜に行われる。夜の行動は浅い森でも危険が伴うので、避けられる傾向があった。


 俺はその依頼書を掲示板から引きちぎり、窓口に向かおうとしたとき、マリーサさんの声がギルド内に響いた。

 

「緊急連絡なので静かにして下さい。この数日、魔の山で何人もの冒険者がホワイトイーズルに襲われています。場所は南の森周辺を中心に目撃されているので、注意して山には入って下さい。詳しい場所を聞きたい方は、窓口で説明させて頂きます」


 彼女の説明が終わると、冒険者たちはこの話題でざわついたが、すぐに掲示板の依頼書の話しに立ち戻った。ホワイトイーズルなんて低級冒険者が潜れるぐらいの山では、まず出会うことのない魔獣だ。南の森にさえ近づかなければ、襲われることはないと高を括っている冒険者がほとんどだろう。俺はこいつに一度襲われたので、怖さを十分に知っているので、蛍光茸の採取依頼を諦めるかどうか少しだけ迷った。


「東の森に潜る予定だが、ホワイトイーズルの詳しい情報が欲しい」


「隣接してますが、冒険者が襲われたり、目撃されたりしているのは西寄りの地域ですね。蛍光茸の採集場所とはかなり違うと思います。発表はしていませんが、すでにギルドによる討伐隊の結成が決まっております」


 マリーサさんは俺の依頼書を確認しながら説明してくれた。


「この依頼を受けるとしよう」


「それでも夜間の採集なので、気を付けて下さいね」


「そうだな」


 俺はいったん家に戻り、森に入るための準備をすることにした。


   *      *      *


 昼過ぎに東の森に到着した俺は、蛍光茸が生えてはいないかじっくりと時間を掛けて探すことにした。夜に光るキノコだが、夜間に動き回りリスクを増やすより、採集拠点を先に作ることを優先した。運良く傘の閉じた蛍光茸を見付けたので、そこにテントを広げて夜まで仮眠を取ることにする――


――テントの中で目を覚ますと辺りはもう暗闇に溶けていた。大きな光は魔獣を引き寄せる可能性があるので、行灯あんどんに布を被せて光の量をしぼった。すると明かりの届かない地面から青白いキノコがぼーっと光っていた。


 当たりを引いた俺は、ほくそ笑みながら蛍光茸を一つ一つ丁寧に狩り取っていく。虫たちの鳴き声をBGM代わりに、静かに作業を続けた。このまま順調に依頼が終えることが出来ると思った矢先、近くでけたたましい鳥の鳴き声が山中に響いた。


 警告鳥ワーニングバードの鳴き声だ……。この鳥は動物が近づくと、暗闇でも声を出して飛び出す習性がある。危険を知らせてくれるという反面、獲物を狩ろうと近づいたとき、此奴が狩りを台無しにする疫病鳥でもあった。今回は俺にとっては福の神に違いない、ただ、近くにいる何かは貧乏神に間違いなかった。


 まだ俺が見つかったわけではないので、行灯の火を消して息を殺す。暗闇に慣れた目は、月明かりで動けないほどではない。


バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、 バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、バキ…、


 落ち葉を踏みしめながら、自分の近くに何かが徐々に間を詰め近づいてくるのが分かった。俺は背中に冷たい物を感じながら薙刀を握りしめる。


 一瞬、月が雲に隠れて辺りは真っ暗になる。そして雲がすーと月から離れたとき、俺の前には月明かりに照らし出された白い悪魔ホワイトイーズルが立っていた。


「ちっ、貧乏神じゃなくて疫病神かよ」


 俺は苦々しげに、唾を吐き捨てる。


 体毛が真っ白に覆われたホワイトイーズルが、ゆっくりと身体を起こした。体長は二メートルを優に超す。俺を見た白い悪魔は口角を上げ笑い近づいてくる。全く同じ場面だったが、一つだけ大きく違うことがあった。薙刀を握る手は震えていなかった。


 俺は薙刀を片手で持ち直し、右手を革ジャンの中に入れた。するとホワイトイーズルの動きが止まった。まさか同じ奴なのか……。 


「くくっ……また臭いをぶちまけてやろうか」


 その言葉にホワイトイーズルは強く反応した。俺は白い悪魔との間合いを少し広げるために後ずさりする。白い悪魔はそれをあざ笑うかのように、その距離を簡単に詰めてきた。


 その瞬間、ホワイトイーズルは目映い光に覆われる。闇夜に光っていた赤い瞳が消えた。


「スネェェェェェェエエエエエエエエエエエ!」


 渾身の一撃をホワイトイーズルの左足に放った。光に目をやられた魔獣は、飛んできた刃を避ける事が出来ずもんどり打って地面に倒れこんだ。その無防備になった顔面に一突きくれてやった。ホワイトイーズルから「グビャ」と骨がひしゃげた音か、叫び声かよく分からない音が出た。薙刀から生命が徐々に失われていく感覚が伝わる。俺は得意のコンボが綺麗に決まったことに心から安堵した。


 ホワイトイーズルが完全に死んだのを確認して、地面に転がって辺りを煌々こうこうと照らしている、道具を拾い上げた。この道具は簡単な仕組みで、筒の中に光源を入れ、レンズで光の幅を大きくする懐中電灯みたいな装置だった。ただ違うとしたら、光源に龍石を使用した、世界で一番お高い投光器と言えた。


 光に照らされたホワイトイーズルの身体は真っ赤に染まり地面に横たわっている。懐から解体用ナイフを取り出し、魔獣の皮を剥ぎ取ろうと動かした。その時ゴロリと小さな白い毛玉が転がった。俺は何気なくそれを拾い上げる。


「ふひゃあっ!」


 小さな悲鳴を上げ、その毛玉はよく見ると動物のミイラであった。干からびた身体には、しっぽが付いており、白い悪魔の子供だと推測出来た。それを見てしまった俺は、ホワイトイーズルに刃を入れることが出来なくなった。小さなスコップで浅い穴を堀り、遺体を埋めた。そしてその上から大きく丸い石と、小さな石を並べ置いた。


 感傷と言われればそれまでだが、俺は此奴の最後はこれが相応しいと、二つの石に手を合わせた。時間にして一時間にも満たない出来事であったが、半日以上は働き続けた疲労を感じる。しかし重い身体をのろのろと動かしながら、青白く光る蛍光茸を夜明けまで狩り続けた……。そのままもう一泊したかったが、キノコの商品価値を考えると、すぐに換金した方が実入りが大きいのでギルドに戻ることにした。


 朝方にも関わらず、ギルドの受付に行列が出来ている。昨日の掲示板の依頼を達成した冒険者たちが、かなりいたらしい。各々の顔には笑顔が宿り、ギルド内は賑わいを見せている。


「はい、次の方」


 抑揚のない声でギルド職員が淡々と仕事をこなしている。俺は今日の収穫をカウンターに載せた。


「暫くお待ち下さい……お、おっちゃんさん!」


 さっきまで感情のこもってない塩対応だった受付の声が、マリーサさんに変わった。


「なに驚いているんだか……。まあ、お互い朝までご苦労様なこって」


 彼女にねぎらいの言葉を掛ける。


「何か危ないことは、ありませんでしたか?」


 マリーサさんは優しく微笑んだ。


「何もなかったよ……思いの外、稼ぎが良かったぐらいだ」


 そう言って、俺は笑いながらギルドを後にした。

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