第148話 妖精が低く飛べば雨が降る

 チックが当たり前のように、俺の周りをグルグルと飛び回っている。昨日の俺とは違い穏やかな眼差しで妖精を見つめ、怒鳴り声を張り上げるようなことはする気にはなれなかった。何故なら、今日の稼ぎは、金貨一枚以上は確実に稼げると確定していたからである。


 空を見上げると、かなり厚い雨雲がかかっていた。今日一日は、天気が持って欲しいと思いながら、山の入り口に辿り着いたとたん、鼻先に雨粒が当たった。雨具はソリに積んでいるので、そのまま山に入るか迷った。


「チックは雨が嫌いだよ! だって上手く飛べなくなるもの」


「どうするか迷うな……」


 俺は顎に手を当てて、しばし考えこんだ。


「雨はこれからどんどん強くなる。暗くなっても雨はやまないの」


 そんな俺が迷っている姿を見たチックは、助け船を出すかのように喋る。


「それは妖精の感ですか?」


「うーんとね……風と雨の色で分かるの。今日の風は濃いネズミ色なので、一日中雨が降り続くよ」


「残念だけど引き返すとしますか……」


 俺たちは山から家に戻ることにした。さっきまでブンブンと飛び回っていたチックは、俺の足下を弱々しく羽ばたいていたので、右手で鷲づかみして頭に乗せた。我が家に辿り着く頃には、雨が本降りに代わっていた。仕事着を脱いでラフな格好で居間でくつろぐと、天井から大きな雨音が鳴り響いた。


「ふうー、流石チックちゃんの天気予報は完璧だったな」


 一人っきりの居間で大きく一息つく。


「プリンを一つ追加で!」


 私も此処に居ますよとばかりに、チックはプリンを要求した。


「そういえば、チックはどうやって生活してたんだ?」


「チックたちは、美味しい花や果物を追いかけて暮らしているの。今回は梵天の花が沢山咲くここを選んだわけ」


「ふーん、じゃあ梵天の花が散ったら、次の土地に移動するのか」


「そうなるよ」


「旅先で魔獣とかに襲われないのか?」


「妖精族って小さいけど丈夫なの、ガバガ(象とワニを足したような大型魔獣)に踏まれても潰れるだけで死んだりしないもん」


 チックは得意げに言いきった。


「マジっすか!?」


 さすがにその言葉だけでは信じることが出来なかったので、俺は目の前をホバリングしていたチックを捕まえて、ほっぺを軽く引っ張ってみた。『ぐへっ』と変な声を上げ、チックのほっぺがゴムのように伸びた。


「急に何をするの!!」


 チックが俺の鼻の頭をポカポカと殴った。


「俺の故郷では、妖精の口にピーを入れて弄んだり、下のピーの口からピーを突き刺したりする寓話があったが、嘘では無かったのか」


 俺はわざといやらしい顔を作り、ニタリと笑った。


「こわーーっ! 人間おっちゃんこわーーーっ!!」


 チックは、汚物でも見るような冷たい目で俺を見下して飛び去っていく……。


 チックの居なくなった居間の天井を見上げながら、何もすることが無く、ただぼうっとしていた。たまに視線に飛んでくるチックがチラチラと目に入る。仕事をしていないときは何をしていたのか、考えてみたが酒を飲んでいる自分しか答えが出なかった。


 夕食の献立を考えようとしたが、今夜は雛鳥たちは三人で外食するので、食事の用意は要らないと言われていたのを思い出す。三人で買い物に出かけることはあっても、外食とは珍しいこともあるものだと今更ながら不思議に感じた。


 彼女たちの胃袋はつかんでいる……もとい、捕まれているので、雛鳥たちが仕事以外で外食することなど殆ど無かった。夕食の献立をどうするか……どうせチックに何を食べるか聞いても答えは決まっているので、適当なつまみでいいかと思考を完全に閉ざして目を閉じた。




※ ガバガ 『第八十一話 車窓の旅』でテトラが車窓で見付けた魔獣。

  名前を後で追記しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る