第143話 SRという屑カード

 いつもより早く妖精と名乗るチックに起こされたので、少し早いが雛鳥たちのために朝食の準備をする。全員が体力勝負な仕事をしているので、質より量を重視した献立が朝でも多い。野菜を切りながら、顔の周りをブンブンと飛び回る、虫もとい妖精を振り払う。


「この青いものは何? 美味しいの? どこで見つけたの? ちょっと寄越しなさい!」


 調理中、ずっと耳元でキンキンと騒いでいた。


「うるさいから、あっち行ってろ!」


「うるさいって私のこと? ねえ、ねえ、私うるさいの?」


 チックは俺の周りをグルグルと回る。たちが悪いのはこの妖精、自分が迷惑を掛けていることに気が付いていなかった。


「迷惑だから、少し黙れ」


「迷惑!? 誰が迷惑なの?? 黙ったら楽しいことが起こるんだ」


 会話も噛み合わないし、一言言ひとこといえば三倍以上の言葉で帰ってくる。俺はチックを無視して調理を進めることにした。


「わわわ、この果物、わたし知ってる、美味しいよね。ね、美味しいよね。ね、美味しいよね。おっちゃんも好きなんだ! ね、美味しいよね」


「ああ!! 美味しいよ。宇宙一美味しい」


「ああ良かった。私もそう言うと思った。宇宙って何。宇宙も美味しいの」


 勘弁してくれ……俺は耳も塞ぐことが出来ずに、雛鳥たちの朝食を作り上げた。料理の盛った皿をテーブルに持って行く間も、耳元で羽音を立てながら、矢継ぎ早に一度で答えきれない質問や話しを掛けてくる。


 そんな不毛なやり取りをチックとしていると、料理の匂いに釣られて雛鳥たちが、いつのまにか食卓を囲んで俺の料理を待っていた。


「おはよう……。おっちゃん、今日は早いんだな。それになんだか、やつれている感じだ」


 レイラは寝ぼけた目をしながら、いつものようにぼりぼりと頭をかいて挨拶をしてくる。


「ああ、見ての通り。うるさくて叶わん」


 着古した服の胸元から、ちらりと見える褐色の胸をみながら答えた。


「おはようございます。今日も美味しいそうな朝食、感謝する」


 テレサは律儀な挨拶をする。


「これが元気の素」


 ルリは嬉しそうに白い歯を見せた。


「「「「いただきます」」」」


 四人で手を合わせて朝食を食べ始めた。


「いただきますって可笑しい。なんで話すの? 私もお腹すいた。お腹すいた」


 ばん! 机を両手で軽く叩く。流石のチックもこれには少しだけ驚いたようで、俺の顔を見た。


「この皿に果物が小さく切ってあるのが、お前さんの飯だ」


「これがご飯ね! 嬉しい……でも果物の気分じゃないの。うーーん。そうだ飲みたいの。甘ーーい蜜が飲みたい気分なの」


 俺はこれ以上何か言うと、気が狂いそうなぐらい言葉が返ってくるのが分かったので、黙って台所から果実水を取ってきた。それを小さな器に入れて、チックに差し出した。


「う~ん甘い、甘くて美味しい蜜だ。これ何の蜜? 美味しいよ」


 器に顔を突っ込み、果実水を喋りながら吸っていた。あまりにも美味しそうに果実水を飲んでいたので溜まらず声を掛けてしまう。


「美味しいか!」


 チックは何も言わずに、ニコリと笑った――


 雛鳥たちを送り出した後、朝食の後片付けをして一息つく。何故だか当たり前のように俺の頭の上でチックが、足をぶらつかせながら座っていた。その足が時々額に当たり、イラッとするが我慢する。この妖精には聞きたいことが、山のようにあったが、朝の一連のやり取りを通して無駄だと諦めた。


 突然、家に現れたチックという妖精に翻弄される日々が始まったが、俺はこの不可思議な出会いを甘く見ていた……最後にあんな悲しい結末を迎えるなんて、思いも寄らなかったから……。

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