第141話 花祭り【後編】

 居間でプリンを食べながら寛いでいる雛鳥たちに声を掛けてみる。


「花祭りに行かないか?」


「行きたいのは山々なんだが、当日は町の警備でそれどころではないな」


 テレサが真っ先に答えてくれた。


「ルリはどうかな?」


「残念、もうドリスちゃんと約束した」


 まさかの二連敗に愕然……。


「おっちゃん、オレは行けるぞ」


 天使降臨。


「それじゃあ、二人で行きますか」


 平静を装いつつ、レイラに返事した。


「そういえば、梵天ぼんてんのつぼみが玄関に置いてあったけど、誰が買ってきたんだ?」


 レイラは意味もなく床をころころと転がりながら尋ねる。


「採集依頼を受けてたんよ」


「懐かしーーー。駆け出しの頃やったのを思い出すぜ」


「私も……」


「あーーん!? 今もやっていますけど、な・に・か――」


 俺は雛鳥たちを睨みつけ、露骨に嫌な顔をした。


「あははは、別に嫌みで言った訳じゃねーよ、ベテラン冒険者様」


「レイラも口が悪いんだから、おっちゃんの立場ってのも考えてあげなさい!」


 俺のライフがゼロを切った。


「もう、お前たちにはプリンは作ってやらんからな!」


 そう言って、自分の部屋でふて寝した……。


「私、完全なとばっちり」


 ルリはからになったお皿を持ちながら、テレサとレイラをじろりと睨みつけた。


    *      *      *


 花祭り当日――


「へー、こうやってつぼみを使うのか」


 俺は水の入った桶に、梵天のつぼみが茶柱のように浮かんでいるのを見て感心する。そのつぼみが、水の上で徐々に開いて、うっすらと黄色く発光していく様に見とれていた。


「おっちゃん、初めて見たのか?」


「ああ、祭りの日には、いつも酒場で騒いでいたからな。レイラだって同じだろ」


「流石に、この行事をやっていないのは、おっちゃんぐらいだぜ」


「うんうん」


「あれ!? 一つだけ赤い色の花が咲き出したよ」


 黄色の花の中に混じって、赤く光っている梵天の花があった。


「えーーーーーっ!? マジですか。赤い梵天の花が咲く家に、最大の幸運が訪れるって言われてるけど、赤色を見たのは初めてだ」


「都市伝説だと聞いていた」


 ルリもその花を不思議そうに眺めている。


「じゃあ、暗くなってきたし、祭りに行くとするか」


「うっすーー、感動うっすーーー」


 レイラが不満そうな顔で野次を飛ばす。


「ただの花じゃねーか」


 俺は赤い花を見ながら、せせら笑った。


 家の前でルリとは別れて、レイラと一緒に住宅街を歩く。家々の前に置いてある桶から、ぼんやりとした黄色い光が浮かび上がる。この世界の住宅街には街灯もなく、いつもは真っ暗な道がどこまでも続く。今日は梵天の花が屋外照明の代わりに、辺りを照らしている。その光景を見ながら、日本の夜道を懐かしむ。普段は誰も歩いていない夜道に、祭りに出かける沢山の住人が闊歩していている。大通りに出ると、更に大勢の人々が同じ方向に向かって歩いていた。


「花祭りといっても、何処で何をするのか知っているか?」


「オレが知る訳ねーだろ。毎年、どこかで飲んでたし」


 お互い様なのだが、聞くだけ損な気分になる……。


「まあ、この人の流れに着いていけば何とかなるよな」


「だな」


 人の流れが少しずつ大きくなるにつれ、道の両端には所狭しと露店がずらりと並ぶ。俺たちを誘うかのように、香ばしい匂いが辺りを漂う。食べ物を扱う屋台ばかりではなく、的当てや小さな小動物を売っている店もある。


「物珍しそうに見ているな」


「そうだな、祭りの露店をこんな間近で見たことがなかったよ」


 レイラは少し寂しそうに話した。こういう世界でも女性が冒険者を選ぶなんて、大概は貧困家庭の生まれが多いので、彼女の言葉を返す気には慣れなかった。


「これでもやってみないか」


 俺は彼女の手を引っ張り、一軒の露店の前に立つ。その店の出し物は、水で満たされた大きな水槽の上から銅貨を落とし込み、水の中の台に上手く乗れば高額な景品が貰えた。水槽の前に集まった子供たちは、上から覗き込んだり、ガラスケースをじっと見つめて硬貨を落とす。銅貨はゆらゆら揺れながら水の中に沈んでいき、台に乗りそうな所で、銅貨は底に沈んでしまった。それを見た露店の店主がその子に声を掛けた。


「ああ、惜しかったね~ぼっちゃん……もうちょっと右だったら良かったのに」


 と、ニコリと作り笑いした。レイラはそれを見て懐からお金を取り出し沈めた。銅貨はゆらゆら揺れながら、台とは全く違うところに沈んでしまった。


「ななっ!?」


 今度は、水槽の前に移動してじっくり狙った。銅貨は彼女の狙い通りに台に向かって沈んでいく。しかし台にのったかと思うと、するりと硬貨は底に沈んだ。


「くーーう、惜しかった」


 その後、何回も挑戦するが上手くいかない。俺はそれを見ながら笑う。


「そんなに笑うなら、おっちゃんもやってみろよ」


 俺は袖をまくり、銅貨を落とす。銅貨はゆらゆらと沈み、水の底のカップに入った。


「はい! おめでとう」


 屋台のおじさんは、俺に棒付き飴をくれた。俺はそれを受け取り、また銅貨を沈めて飴を獲得した。


「おい! そこじゃない台に乗せるんだ」


 彼女は悔しそうな顔で俺に命令する。俺は貰った飴を彼女の口に放り込み店を離れた。


「なっ! まだ決着はついていないぞ」


「クスクス、あのな……あの台には硬貨は決して乗らないんだ。水の屈折を利用して台が傾いてるのよ」


「インチキだというのか!?」


「まあ、子供だましの遊びだからな、銅貨がコップに上手く入っても、飴なんて安い物だろ」


「なななななっ」


 彼女の肩が震える。


「次はあの的当てをやろうぜ」


「弓矢を使うのは、得意だから楽勝だぜ」


 彼女は真剣な顔つきで的をを狙う。「パスン」矢は的には当たったものの、中央からは大きく外れている。レイラは首をかしげながら矢を放つ。結局五本の矢のうち一本だけ真ん中に刺さる。


「まあ、おもちゃの弓矢だからこんなものか……」


 レイラは納得しない顔で、俺を見た。


「プークスクス。プロとしてうけるんですけど」


「へー、おっちゃんは俺より上手く当てられると、おっしゃってるんですね」


 早くやれとばかりに俺を煽った。俺は店主にお金を握らせ、弓矢を受け取った。


「大当たりぃいい~~」


 店主の声が響く


「ぐぬぬぬぬ!! 弓使いかよ!?」


「いやいや、冒険者のたしなみですよ、


 俺はレイラを見下ろした。


「なーおっちゃん。これも何かネタがあるんだろ」


 彼女はしつこいばかりに聞いてくる。


「そんなものないぞ、腕だよ、う・で」


 自分の左腕を指差し笑った。ネタばらしすれば、店の親父にお金を多めに握らし、ゆがみのない一番いい弓を使わせて貰っただけだ。言わぬが花なので、彼女には最後まで話さなかった。


「おっ、旨そうな串焼きだ」


まだ湯気が立ってる串焼きを受け取り彼女に渡した。


「も~誤魔化すなよ」


 彼女鼻をぷくりと膨らませ、串焼きを頬張った。


「この串焼き三十本追加ね」


「へい! 沢山買ってくれたありがとうね、少し多めに入れとくよ」


 出来たての串焼きを、紙で包んで貰い受け取る。


「美味しかったけど買いすぎだぜ!?」


「まあそう言わずに付いて来な」


 彼女の手を引っ張り、テントの前で、白いマントを羽織った女騎士が集まっている集団に声を掛けた。


「すいません、テレサはいませんか?」


「何のようだ?」


「彼女の知り合いです。差し入れに来たんで呼んで貰えますか?」


「テレサを救ってくれたおっちゃん殿ではないか! すまないが彼女は、町中を走り回って此処には居ない」


「では、これをみんなで食べてくれ」


 隊長に差し入れを手渡して、白薔薇騎士師団のテントから出ると、「キャー」という黄色い歓声が後ろから聞こえてきた。


「なかなか気が利くな」


「テレサと同じ服を着ていた制服姿の女性が、テントから出入りしているのに気が付いたからな」


 何も考えずにしたことだが、レイラに褒められて気恥ずかしい思いをした。


 次は何をして遊ぼうかとレイラに声を掛けようとしたとき、子供の人だかりが出来ている露店に目がいった。その店の天井からは、沢山のロープが吊されており、それを引っ張ると景品が持ち上がる仕組みになっている。



「あそこの、ロープを引っ張って当てるくじもインチキなのか?」


「もちろん、目玉商品は決して引き当てることは出来ないぞ。俺の故郷で、金持ちの子供が金貨を払って、紐を一度に引っ張って目玉商品が取れないことをあばいて、揉めたことがあったよ」


「それは面白い! オレも……」


「やめとけ……子供は小さいうちに騙された方が、大人になったとき変な詐欺に引っかからないものさ」


「それも、そうだな」


 お互いに顔を見合わせ、大きな声で笑った。


 露店の遊技を楽しみながら、人混みの中を練り歩く。しだいに露店は途切れ、平坦な道から、なだらかな上り坂に変わる。


「この道は、ラスクの丘に続く道だ」


 レイラが教えてくれる。


 暫くその坂道を進むとラスクの丘に出た。俺たちが丘の上まで登りきると沢山の人々が集まり、魔の山を眺めている。視線の先には、梵天の花が咲き誇り、淡い光が山全体を包み込んでいた――


 二人はそのあでやかな景色にしばし見とれる――


「なあ、おっちゃん……こんな所で言うのは恥ずかしいんだが……」


 レイラは頬を染める。


「皆まで言うな……穴場の酒場は抑えてあるさ」


 レイラは今日一番の笑顔を俺に見せた。

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