第68話 捕らわれエルフ

 目を覚ますと日差しの照らし具合から、日昼をとっくに過ぎていることが分かる。顔を洗い居間に行くと誰もいなかった。床には昨日食べ散ちらかした料理の跡だけが残っている。酒を飲んでなんだか楽しかったのは覚えているが、その後のことは何も思い出せない……。とりあえずリビングを片付ける。テトラを客間で寝かしつけた記憶はなかったが、扉をそっと開いて覗いてみると、幸せそうに寝息を立てている彼女が居た。酔いながらちゃんと仕事をこなした自分を褒め、彼女を起こすか思案する。普通の客なら起きるまで静かにしておくのだが、まだ彼女の立ち位置さえ決まっていないのに、このまま時間が過ぎるのを待っているのはおかしいと思い揺り起こす。


「お母さんまだ眠いの」


 創作でしか聞いたことのない言葉を頂きました。もう少し肩の力を入れ左右に揺すると、彼女は薄目を開けて俺の顔を確認しベットから飛び起きた。


「リビングで待ってる」


 俺は何も聞かなかった振りをして寝室から出た。しばらく待つと、まだ寝たり無い顔をしながら、テトラがリビングにやってきた。


「この先のことなんだが、旅を続けるのか? 国に帰るのかどちらが望みだ」


「い、家に……か、帰り……たいです……」


 小さく震える声で、途切れ途切れで言葉を吐く。


「魔の森を通って帰る方法を知っているか?」


「……し……知らない……」


 目から大粒の涙がポロリとこぼれ落ちる。

 (迷子の子供だよなと……ただ探す範囲が大きすぎるぜ)


「宿の事は心配するな、最後まで俺が面倒見てやるから」


「あでぃがどう」


 俺は彼女が喜びそう回答を、幾つか思い浮かべてはいたがこの場で言わないことにした。


「お互いかなり疲れているし、数日はゆっくりしようぜ」

 

「グゥグウ~」


 お腹の音で返事が返ってきた。彼女はさっきまで真っ青だった顔が、みるみる赤く染まっていく。


 昨日の彼女の食べっぷりを思い出し、外で食事は避けることにした。そこでレイラの部屋に入って、彼女が着れそうな服を二人で探す。かなり大きいサイズだが、この町で着ててもさほど問題がなさそうな服を選び、それを着て出かけた。


 最初は彼女が着る服を買うために古着屋へ行く。正直、古着でもかなりお高い買い物になる。彼女はここでの金銭知識がないので、とりあえずこの金額で選ぶようにと、銀貨十枚もたせて服を選ばす。女の子らしくあれこれと試着し買い物を済ませる。『どっちがいいおじさん』みたいなことを、まさかこの世界でするとは思いもしなかった……。


「人間の国ってびっくりした! こんな粗末な物がこんなに高いなんて」


 物の価値が少しだけ理解出来たようだ。


「そうだよな、ドワーフ国の質の良さと安さには驚いたものさ、此処は数十年は文化が遅れているからな」


「おっちゃんさんも、この国の人なのにおかしい言い種だね」


「さんはいらない、大人には色んな事情がある訳よ。お腹もすいたし市場に急ごうか」


 彼女は初めて見た食材を指さして、味はどうかと矢継ぎ早に質問し、いっこうに買い物が進まなかった。ただ、彼女が横にいると異常な安さで食材が買えた。うちの雛鳥たちに感化されないよう、買い物には必ず付き合うように洗脳しなければと強く決意した。


 家に帰り玄関のボードを確認すると、テレサとルリが帰ってくるみたいなので、テトラに食材を切るように頼んでみた。


「私、料理したことがないの」


 恥ずかしそうに答えやがった! どこぞのお嬢様かよと口元まで出かかった言葉を飲み込み、彼女には浴槽に水を溜める仕事を与えた。


 テーブルに大量の唐揚げとカツレツを乗せた皿を並べ、ボールには雑多に切りそろえたサラダが山盛りに積む。バケットのパンを綺麗に切って並べた頃、雛鳥が二羽帰ってきた。


「エルフのテトラです。ここでしばらくお世話になります」


 おしとやかに挨拶する。俺は簡単な経緯を説明するが、テレサとルリは突然現れたエルフと俺の関係を中々信じず、食事が終わってから再度取り調べをすると宣言。冷たい目で見られながら食事をすることになった……。


 彼女の見事な食べっぷりを見て有罪ギルティから無罪イノセントへと変わった。

   

 いつもの流れで、冷蔵庫から冷え冷えのプリンを配る。テトラはこのプルリとした食べ物は初見らしく、指先で突いたりしていた。久しぶりのプリン無双の手応えにテーブルの下で拳を握りしめた。


「んふぅ~~~何これ! すごく美味しい」


 彼女から『んふぅ』頂きました! 緩んだ場の空気を魚にお酒を飲み続け、いつの間にか意識を失い寝床に運ばれ爆睡していた。


 誰かが俺の顔をじっと見つめて何か囁き、そいつは俺の頬に自分の頬をすりつけてくる夢を見た――

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