第65話 残された願い【後編】
我が家の前で豪華な馬車が止まる。近くに住む子供達が物珍しそうに馬車に近づき俺の顔を見て解散。解せないと思いつつ納得する自分もいる。
「ほーほー、流石はクレハン博士じゃ! 国立研究所という天国を捨ててまで、タリアで研究すると聞いたときは呆れ果てたが、フィールドワークを考えればここがベストよな。」
したり顔で俺の家を見ながら語るバグワリ教授。彼らの教え子達も目を光らせながら家を眺める。しかし、俺は
「き、教授! この花壇を見てください」
突然、女性の研究員が庭を見て声を上げた。
「なんだこの花壇は!? レア種で埋め尽くされているではないか。しかも普通では育たない草花ばかりじゃ!」
バグワリ一行は外面はばからず、植物談義に花を咲かせていた。俺は何故か同族嫌悪な気分に陥ったが答えはすぐに出た……これって虫サロンと同じだよね、彼らの行動がすっと飲み込むことが出来た。
どうして育てているのかと矢継ぎ早の質問が飛び交う。この家に越してきてから、花壇の世話といっても水しかやっていない。たまに綺麗な花を咲かすので、枯れない程度の扱いだ。そういえば一つ違うとしたら、クレハンの依頼でたまに魔の森の土を持って帰ることぐらいかと話す。蓋を開ければ簡単な答えだが、あとはクレハンがこの地に合う植物を丁寧に選別したり、トライ&エラーで育てていたんじゃないかと考察を話した。
「すまんが、この植物をわしらに譲ってくれんか!」
「いいぞ、好きなだけ持って帰ってくれ」
俺はお気軽に返答した。彼らは確か研究室を見に来たのではないのか――
完全に趣旨が変わった。
彼らは庭や花壇を掘り返しながら植物を移し替えている。まとめて袋に詰めればいいじゃないかと、口を挟めば烈火の如く怒られた。
「枯れたらどうするのか!!!!」
オタクの気持ちは良く分かるので納得はしたが、植物を丁寧に分別したものを新しい荷馬車に移し替え、草木を入れる袋や鉢を手配するのは一仕事になってしまった。朝に到着した一行は昼を過ぎても、まだ我が家の敷居をまたいでいない。
とりあえず彼らに簡単な昼食と飲み物を差し入れし休憩を促した。俺はどっと疲れが出て研究室で一人心を休めた。トントン……扉を叩く音がするので出てみると、研究員の一人が俺を呼びに来た。
「すごい部屋です!」
どうやら俺からすればただのがらくた部屋なのだが、学者目線から見ればまったく違うものに映っているらしい。彼女は床に転がっている使い方の分からない道具を拾い上げて、こんな道具が持てるまで頑張ろうなどと呟き、目を輝かせながら動かしていた。
「そんなに気に入ったのなら持って帰れよ」
「えー! 高くて貰えません」
俺はここに転がっていた道具が高く売れるとは思いもしなかった。これをもし売ってしまうと、あの日のクレソンの子供と同じだと……。
「遠慮すんな、どうせ俺には無用の長物ばかりだ」
そういって道具を彼女の胸に押しつけた。これで話が終わったら綺麗なはずが……ここについてきたバグワリの関係者は4人(博士除く)、彼らはまだまだ研究者の卵であり植物オタクである。この道具を譲る話を黙って聞けるはずもなく……。
結論から話すとバグワリ教授が仲裁に入り、欲の詰まった大じゃんけん大会で事なきを得た。道具は沢山あったので、各々がそれなりに満足してくれたと思いたい……。教授はすまなさそうに俺を見て頭を下げていた。
もちろん、部屋にあった沢山の標本や書籍、資料、研究ノートは彼らがすべて王都に持ち帰ることになり、四畳半の部屋が倍以上に広がった。
俺はこの部屋から物がなくなるのを見て、クレハンが
植物を荷台に移す作業は日をまたぐ仕事になった。とりあえず彼らを近くの宿屋に案内して、ようやく長い一日が終わった。湯船につかりながら一日仕事ではなく、四日仕事だったことに気が付き苦笑する。何を得たということでもないが、悪くはないと心がそう呟いた。
* * *
翌日、空を見上げると雲一つ無い晴天であった。いつもの日課である薙刀を振っていると笑い声が聞こえる。どうやら研究員が作業を再開しに戻って来たようだ。彼らと朝の挨拶を交わし、メンバーを見ると教授までいた。
「少し早すぎませんか」
冗談交じりで突っ込むと
「こんな楽しい作業を若手だけに譲れませんぞ」
ワハハと笑いながら土をいじりだした。
嗚呼マニアだったよこの人達は――
お昼前にはすべての作業を終えて馬車を見送る。
馬車に乗る前、バグワリ教授が俺の前に来て袋を手渡してきた。中身を見ると金貨が数十枚入っており俺は貰うことを固辞した。
「この植物の礼じゃよ、これらは好事家に売れば金貨数十枚は優に超えるぞ」
「爺に只で頂いたのに金なんか取れんよ」
「道具はそうかもしれんが、植物はおまえが育て続けていたからわしらが得することが出来た。当然の対価じゃ……それにこれだけの荷物を帝都まで持ちかえって、只で手に入れましたでは、わしの面目は丸つぶれよ」
ワハハと豪快に笑う
俺は袋をギュッ握りしめる。
「魔王の森の土が必要なときは、俺に依頼してきてくれ。高くで引き受ける」
彼らを見送った後、ガランとしたもと研究室に座って、ズッシリと重い金貨の袋を机においた。
「爺がここに住んだ理由を黙っておく対価だ」
――――外から大きな声が聞こえてくる。
「庭の雑草が全部刈られて、綺麗サッパリしたよな」
何もかも台無しにするレイラが我が家に帰ってきた。
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