第22話 酒は飲んでも飲まれるな
飲み仲間のオットウから、穴場の店を見つけたという情報を貰う。その店は大通りから一本筋の外れた飲み屋街の一角にあった。日本に住んでいたときには、付き合い以外は自分から飲み屋に入ることはまずなかった。飲みに行くぐらいなら、家に積んである漫画やラノベやゲームを崩していくほうが実に有意義であった。しかし、テレビやネットのないこの世界で、選択できる娯楽などたかがしれている。結局、日頃のストレスを飲食で発散させるぐらいしか楽しみを見いだせなかった。
店内に入ると思った以上に清潔感が漂う。四人掛けのテーブル席が良い感じで離れて並んでおり、気兼ねなく座れるので好感度が高い。失礼ながらオットウがここで飲む姿が思い浮かばない。まあ、自分に置き換えればブーメランなのだが……。来た時間が早かったせいか、俺を除いた客が女性一人だったので、料理が外れなのかと不安になる。
店員が奥の席を勧めてくれたのでそこに座る。手書きのメニューの中からアルコポップを選ぶ。注文して直ぐに持ってきてくれたのも気持ちがよい。俺は喉を鳴らしながら最初の一杯を飲み干す。柑橘系の甘い味が疲れた身体にしみいる。普通ならエールが良いのだが、冷えていないエールは、どうしても冷たい生ビールと比べてしまうと美味しいと感じられない。まだ缶酎ハイに似たアルコポップの方が冷えていなくても美味しく感じた。
生ハムをつまみに酒が進む。日本では美味しい生ハムに中々出会えないが、こちらでは不味い生ハムの方が珍しい。熟成時間をしっかり取っているのでぬったりとしたコクがあり、上品な香りと塩気が口いっぱいに広がる。そして甘い酒――無限ループの完成。
テーブルの向かいの席に座っている女性に目が行く。腰まで伸ばした銀髪、まっすぐな前髪が上品さを醸し出す。しかし、その美しさに見とれた訳ではない。彼女は俺が店に入ってから、酒の入ったグラスを飲まずにジッと見続けていた。普段ならそんなことは絶対しないはずの俺が
「おねーちゃん、酒とにらめっこして美味しいのか?」
そういって彼女の向かいの席に座る。彼女は俺を見て嫌な顔をせず
「この酒が問題なのだ」
軽くからかうつもりだった俺は、不思議ちゃんに声をかけた事を少し後悔した。
「飲めば簡単に解決するさ」
「ああ、飲めればの話だ……私は酒が弱い、酒に強くなりたいのだ」
「それは無理だな、酒の強さは生まれながらに決まっている」
「そ、それはどういうことだ!」
吸い込まれそうな青い瞳を俺に向け顔を近づけてくる
「腹の中に酒を分解する器官がある。そこでよく働く臓器と働かない臓器に分かれる。たぶんお前さんは後者なんだろう。両親は酒が弱かったのではないか?」
「そう言われれば、酒を大量に飲んだ姿は見たことがない」
「遺伝だな」
「遺伝!? よくわからないのだが」
「簡単に説明すると、親の顔に子供はどこか似るだろう――それが遺伝だ。遺伝とは顔だけではなく、身体の中も似てくる。酒が弱いのもそれで理屈がつく。」
「では、どんなに頑張っても酒に強くならないのか」
まだ飲まれていないグラスを見つめながら、ションボリと肩を落としている。
「まあ、そういう事だ。すまんが酒に固執する訳を話してみないか、少しは何か役に立てるかもしれない」
彼女の話をかいつまむと、職場で酒を勧められて飲むことが出来ない。飲んだとしても数杯で酔ってしまう。しかも、絡み酒らしい。
「一番簡単なのは断り方だな」
「私は飲む前に酒は弱いといっても進められるぞ!」
「医者に止められていまして、私の分まで飲んでくださいと相手のグラスに酒をついでやればいい。そして良い飲みっぷりで私も美味しく飲んだ気がします。そう言えば角も立たず、相手も無理に酒をすすめない」
「なるほど体調を理由にするのか、では同僚に勧められたらどうするのだ?」
「まずは君の絡み酒が楽しみで仕掛けてくるなら気にせず飲めばいい。見たところ酒を格好良く飲む姿にあこがれてると見た」
「そ、そうなのだ。騎士として酒ぐらい飲まないと……」
唇を尖らせてすねた口調で吐露する。そのあどけない仕草をつまみに酒が進む。
「まずはどれぐらいまで限界かを知るのが最初だな、話を少し聞いたところだと二三杯ならいけそうだな」
「ああ、ワインを数杯なら酔いはするが、意識ははっきりしていたと思う」
「では、自分にあった飲みやすい酒を探すことだ」
そういって俺は店員に、この世界の定番の酒を数種類注文する。そして、彼女と一緒に一口づつ飲み比べをしてみた。
「なるほど、酒はこんなにも味が違うのか! 飲みやすければ酔いにくいということか」
「いや、少し違う。飲みにくい酒は無理に飲むとすぐに酔ってしまう。しかし、自分が飲みやすいと思った酒は口に入れやすい。男が女に甘い酒を勧める理由を考えてみるといいぞ」
「沢山のませて酔わすということか」
「ああ、酒は弱くても、何回も重ねるうちに少しは強くなるのは確かだ。グラス数杯程度だが……」
「じゃあこれから強くなろうぜ」
突然、二人の中に割って入ってくる酔っぱらいがいた。レイラだ――
「じゃあ三人の出会いにカンパーイ♪」
俺はヤバイ展開になったと思いつつ酒を楽しむ
「私も限界を感じてみようと思う」
そういって甘い酒を飲み干す女……あれ彼女はなんて名前だ?
* * *
「だきゃらいったじゃないれすか~のめないて。にゃのでわらしの分ものんでくりゃさい」
「飲んでやるからそんなにくっつくな」
「でね、わらしの上司がひつこくて……ヒクッ。聞いてますかレイラしゃん」
俺に助けを求めて悲しそうな目を送る
「あーいい筋肉してますね、酒は弱いけど剣はつよいんれす。レイラしゃんも剣だこしゅばらしいので、強いけどわらしにくらべたらぴよこちゃんですね!」
レイラの顔色が変わる。
「じゃあ戦ってみるか」
「おい、彼女は酔ってんだから流しとけ!」
「ははぁっ、じゃあしょうぶれすね」
「表にでやがれ!」
そういって店の横にあった木刀を二本引き抜き彼女を外に連れ出す。ブンブンと木刀を鳴らしながら、今度はレイラが挑発した。
「お嬢ちゃん、ピヨコの剣ぐらい簡単に捌けるよな」
「ヒック……大丈夫れすゥ…… お嬢ちゃんでなくテレサでしゅ」
レイラは木刀を振りかぶりテレサに斬り込む。その斬りかかる様は、まさに見た目通り野獣のようだ。カンカンと木刀のぶつかる音と彼女の繰り出す剣の動きが早すぎて一致しない。テレサが防戦一方に見えるが、あの剣を防ぐことなど俺には到底できない。打ち疲れしたのかレイラの攻撃が止まる。その一瞬、彼女の首もとにテレサの木刀が寸止めされた。
剣を突きつけられた本人はおろか、外野から見ていた野次馬さえ彼女の振った剣がいつ飛んだのか分からなかった。呆然とするレイラ……。トンと彼女の身体にテレサが身を預けた。
「わらしの勝ちれすぅ……」
「しょうがないな」
頭をかきながら酔いつぶれかけたテレサを支える。
『おろろろろー』レイラの胸に盛大に嘔吐した。店に入ることの出来なくなった二人に代わって支払いを済ませ、ゲロまみれの二人を無視して帰ろうとする。しかし、涙目でこちらを見るレイラを見て
「お前がこいつをおぶって運べ」
とりあえず自宅に向かう。仕方なくテレサを背負ったレイラが俺の後についてきた。道中、後ろから、ゲボッという音と共に、彼女の悲鳴は聞こえないふりをした。
二人が風呂に入っている間 、汚れた衣類を洗濯する。この年になってゲロまみれの服を手で洗うなど思いもしなかった。俺は汚れを水で落としながら、人生の悲哀を感じため息をついた。
部屋に戻ると憔悴しきったレイラが椅子に座ったままぐったりしている。お前が悪いと言いたかったが
「もう一度、飲み直すか」
そういって彼女の前に酒を置いた。
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