第20話 父の不慮の死

警察から学校の私宛に電話が入ってきた。驚いてなんだろうと出てみると、父が事故で無くなったという連絡だった。すぐに警察署に来てほしいとのことだった。


石田先生に話して、私は警察署に向かった。そして、おじさんにも父が亡くなったことを知らせた。そして、警察署に一緒に来てほしいと頼んだ。おじさんはすぐに行くからと言ってくれた。


警察署に着くと係りの人が私を遺体安置室に連れて行ってくれた。そこに横たわっている人は間違いなく私の父だった。安らかな死に顔だった。少し笑っているようにも見えた。父だと告げると係りの人がこれまでの経過を話してくれた。


管内の用水路の中に倒れているのが今朝見つかったとのことで、外傷もなく、死後8時間ほど経過していて、死因は溺死と言われた。また、多量のアルコールが検出されたので、昨晩酔っていて誤って用水に落ちたのではないかと言われた。発見された時の状況なども詳しく説明してくれた。


ただ、それを聞いているだけだった。涙は出なかった。とうとうひとりになったと思った。その場に立ち尽くして、ずっと父の死に顔を見ていた。どのくらい時間が経ったか分からない。おじさんが駆けつけてきた。


「どうした?」


「昨晩、誤って水路に落ちて溺れたらしいです。酔っていたみたいです。先ほど警察の方が説明してくれました」


「そうか、これからどうする?」


「どうしてよいか分からないのでおじさんに来てほしかった」


「分かった。それならお葬式をしなくてはならないな。葬儀社へ頼むのが手っ取り早い。任せてくれ」


おじさんはしばらく警察の人と話していた。それからすぐ近くだと言う葬儀社に電話してくれた。ほどなく担当の人が来てくれた。


おじさんは、私のほかには近親者がいないので、費用が安くなるように、通夜、葬儀はしないで、すぐに火葬してもらうように頼んでくれた。火葬の日時が決まるまで、遺体は葬儀社で預かってもらうことにしてくれた。


「お葬式の段取りは終えた。これからどうする?」


「どういうところで亡くなったのか、その場所に行ってみたいと思います」


「そうか、一緒に行こうか」


警察の係りの人に父の発見された場所を詳しく聞いた。そこはアパートから1㎞ほど離れた用水路だった。行ってみると花束が供えられていた。土手には花壇があっていろんな春の花が咲き乱れている。


「父はここの用水の中で今朝見つかったそうです。右手に花壇にある黄色い花を握っていたとのことです」


「柵があるけど乗り越えたんだね」


「柵に乗り越えた靴の後が残っていたから自分で乗り越えたそうです」


「花を摘みたかったのかな?」


「そうみたいです」


二人で手を合わせて父の冥福を祈った。


それから一緒に父のアパートへ行った。死亡したのだからいずれ部屋を空け渡さなければならない。だから私が家財を整理しておかなければならない。おじさんが手伝ってくれるという。ひとりで整理するのは大変だからありがたい。


鍵を開けて中に入るとムッとした匂いが充満している。でもなつかしい匂いだ。出てきた時と家具の配置は変わっていない。布団が敷きっぱなしで酒臭い。おじさんがすぐにカーテンを開けて、窓を開けて新鮮な空気を取り入れた。部屋を春の風が通り抜ける。


部屋にはゴミが散らかっているので、まずゴミ捨てから始める。ゴミ屋敷の一歩手前だった。集めてゴミ袋に入れる。ゴミだけでもゴミ袋3つにもなった。


2DKなので、台所から整理を始める、冷蔵庫の中にある調味料を台所に流す。空瓶、空き缶を集める。使えそうな食器や母が使っていたものは持ち帰ることにした。


テーブル、椅子、食器棚、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、洗濯機はリサイクルショップに引き取ってもらうか、粗大ごみに出す。次々に整理・分類していく。二人で整理すると早い。


押入れに布団が2組入っていた。私と母のものだった。廃棄することにした。これは粗大ごみ。クローゼットにある父の衣料はすべて廃棄で燃えるゴミ。


あとは整理ダンス。上には私たち親子3人の写真が飾ってあった。私の高校の入学式の時の写真だった。3人共笑顔だ。私たち家族が一番幸せな時の写真だった。そばに一輪挿しがあって枯れかかった花が一輪生けてあった。


「父はここに生けるためにお花を摘んでいたのだと思います」


「そういえば、この枯れかかっている花が花壇にもあったね」


「昨日は母の命日だったんです」


私は母のことを思い出したら涙が止まらなくなった。おじさんがそばにきてなぐさめてくれた。


「母が父を呼び寄せたのかもしれません」


「確かにお父さんの死に顔は安らかだったね」


私はその写真と一輪挿しを持ち帰りの箱にしまった。


上の引出の中にケースがあった。中には父名義の郵貯銀行の通帳、印鑑、簡易保険の証書が入っていた。二人で通帳を調べる。


入金は不定期ではあるが毎月25日に5万~10万が入金されていた。これはおそらく父の給料だろう。


120万円ほどあった預金が数万円にまでなったところで35万円が入金されていた。先月おじさんが渡した10万円も入金されていた。


支払いを見るとガス、電気、水道、携帯代、家賃が毎月引かれている。それから、カンポとして毎月3000円が引き落とされている。


残金が50万円余りあったから、おじさんが渡した分はそっくり残っていたことになる。


「50万円残っているが、未希の親父さんに俺が渡した額と同じだ。そっくり残っているのは未希のために残しておいたのかもしれないな」


「父が私のために?」


「俺が未希にしていることを見透かしていたのかもしれない。だから未希のために俺から金をゆすった」


「そんなことはないと思いますが、どちらでもいいことです。今となっては」


「そういうな。少しでもお金が残っていえば未希のものになるから良かった」


「そのお金、おじさんに返します。元はおじさんのお金です」


「いや、一度父親にわたったものだから、未希のものだ。とっておけ。お金は大事だ。どんな時でも一番頼りになる。大切にしろ。前にいったようにその気があれば身体で返してくれればいい」


簡易保険の証書を調べると父は死亡時に100万円の簡易保険に加入していた。そういえば母が亡くなった時に保険金が100万円出たので父がとても喜んでいたのを覚えている。きっと両親が同時に入ったのだと思う。


「これが出れば未希の通学も楽になるし、暫くアルバイトの必要もない。これが父親の未希にできた唯一の善行だったな」


「母が一緒に加入したんだと思います」


おじさんに手伝ってもらって、後日、郵貯銀行で払い戻しの手続きをすることにした。


大体の整理が終わったところで、私は大家さんのところへ挨拶に行ってきた。ここは私が小学校2年生の時から3人で住んでいた。大家さんは私を覚えていてくれた。今月分の家賃は入金されているから、今月末までに空けてくれればよいとのことだった。


火葬の日が3日後の4月21日(金)午後1時に決まった。学校には親族だけで葬儀をすると伝えた。そしておじさんと二人だけで火葬に立ち会った。遺骨はアパートに持ち帰った。葬儀にはそれでも20万円ほどかかった。おじさんは葬儀代を立て替えてくれた。保険金が入ったら返してくれればよいとのことだった。私は「必ず返します」と言った。


それから月末まで、私は学校の帰りに父のアパートに寄ってゴミ出しや不用品の搬出をした。それからガス、水道、電気、携帯の契約を月末で中止する連絡もした。


おじさんは郵貯銀行の口座は料金引き落としのため、しばらく残しておいた方がよいと教えてくれた。


また、おじさんは区役所での手続きや簡保の死亡保険金請求の手続きを手伝ってくれた。これでしばらくすると私の銀行口座に100万円が振り込まれるという。


そして1週間後に私の口座に入金があったのを確認した。そして、20万円をおじさんに返した。


「これは未希が払うべきものだから受け取る」


「他のお金も返そうか?」


「返さなくてもいい、それは身体で返してもらえばいい」


おじさんがそういうのは分かっていたが聞いてみた。やはりそう言った。それでいいのならと甘えることにした。お金はあるほど安心だし、通学にもお金がかかりそうだから、できるだけ貯めておくに越したことはない。おじさんの言うとおりだ。


私はおじさんが父に払った50万円を全額返してアパートを出ていくことも考えた。でも一人で生活することの不安は大きい。おじさんといれば生活に不安はない。高校へも通えるし、貯金もできる。


それにおじさんとの夜のことも慣れてきたし、快感を覚えるようにもなっていた。おじさんは身体で返してくれればいいと言うが、私もそれに従う方がよいと思った。おじさんもそれが良いみたいだし、私もそれでいい。

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