新たな扉が開く時
第25話 和巴、陥落
『―― さぁて、一体いつまでもつかな。
和巴、いずれお前は抱かれたくて、
自分からオレのとこへ来るさ』
電話で宇佐見が言ったのは、こういう意味
だったのだ。
彼と肌を重ねたのは、見合い前にフィガロで
鉢合わせたあの時だけなのに。
体が、宇佐見を記憶している。
熱も、与えられる快感も。
放置されて数週間、言われたとおりに和巴は
抱かれたくて仕方ない状態になっていた。
頭、おかしくなりそうなんだけど。
それまではストーカーの如くつきまとっていた
宇佐見だが先週末からこっち、
あのしつこさが嘘だったよう和巴の前に現れなく
なった。
おかげで、週末は後回しにしていた部屋の掃除や、
洗濯、引っ越しの用意に集中できた。
大学での平常講義が始まってからは適度に
忙しかったし、夜は支倉に託された参考図書を
読破する必要があった。
だから正直、最初のうちは付きまとわれない事が
とてもありがたかった。
でも、木曜になり、金曜日になって。
今度は何か物足りないような飢餓感が募るように
なった。
なんだか分からないことに軽い苛立ちを感じた
今朝、和巴はそれがなんだか自覚した。
所用で大学にやって来ていた宇佐見とすれ違い、
その体から漂う匂いを嗅いだ瞬間に、だ。
いわゆる、体が疼くという状況だ。
自覚したら、まずい事に症状はもっと酷くなった。
でも、どうしていいのか分からない。
だって!
この症状を鎮める事が出来るのはおそらく
……だけしかいないから。
今年の卒業式の記念写真は宇佐見に依頼する
ようで。
宇佐見はまだ学長や理事長ら大学の幹部達と
3回生が中心の実行委員らと打ち合わせ中だ。
時刻はもうすぐ午後5時。
ちょっと早めではあるけど、おそらくこれから
学長達は宇佐見を伴って祇園辺りへ繰り出す
だろう。
”会いたい……かも”
こんな風にしたのは、宇佐見の方だ。
もしかしたら。あの狡猾な男の事だから、
和巴が体の熱を持て余していることまで
お見通しかもしれない。
和巴はゼミの研究室から廊下へ出て、
ポケットからスマホを取り出した。
すばやくアドレス帳を呼び出して、
宇佐見の名前を探す。
そして、勢いでそのナンバーをタップした。
きっかり5回コールした後、電話が繋がる。
甘い声が聞こえて、和巴の心臓が鳴った。
『……もしもし』
「和巴です」
『うん、わかってるよ……で、どうした?』
「あ、えっと……会いたいん、やけど」
『……そう』
電話の向こうで、人の気配がした。
どこかの店のような、ざわめきが聞こえてくる。
誰かと一緒なのだろうと思ったが、和巴からの電話に
出られるのだから取引先との接待ではない
のだろう。
『可愛い恋人のお願いだから、仕方ないね』
からかうように、電話の向こうで宇佐見が笑う。
その後ろで、誰かが笑う声が聞こえた。
『2時間後に、おいで』
言われて、和巴は時計を見た。
「ええの?」
『自分で言い出しておいて、何の確認?
じゃ、切るよ』
唐突に、通話は終わった。
後には、ドクドクと響き渡る自分の心臓の音だけが
残った。
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