第10話 神出鬼没
祝杯を上げたくなって、利沙と公子にLINE
したら2人とも彼氏とデートの最中だって。
しょうがないから今日は1人で家飲みかなぁ、と、
正門をくぐると、
数メートル先に、宇佐見さんが立っていた。
そして、私を見て笑った。
「よっ。久しぶりぃ~。また会えて嬉しいよ」
「……」
「就職、決まったんだってな」
んむ?? 何故あんたがそんな事知ってんの?
だいたい、何故あんたはそこに立っている?
「……何か?」
「あ、急に愛想が悪くなった」
宇佐見さんが笑う。
やっぱ、何気にムカつく。
「何か御用でしょうか? 私急いでるんですけど?」
彼はまた笑った。
「メシは済んだ?」
食べてない ―― だけど、ここは本当の事を
言ってはいけない! ような気がした。
「えぇ、もちろんきっちりと食べ ――」
でも私の胃袋が、宇佐見さんに対して私の言葉を
否定した。
また、彼に笑われた。
ん、もうっ!
「この前は色々お世話になったし、奢るよ。
何か食べに行こう」
「お世話なんてしてませんが?」
怪しい……
よく知らない人間を簡単に食事へ誘うか?
まさか、仕事でとんでもないポカをやらかして、
自暴自棄になって私を道連れに心中とか……?
「あぁ、頼むからそんな警戒しないで」
「無理です」
「別に獲って食いやぁしない(美味しそうだけど)」
私は溜息をついて、笑っている宇佐見さんを見た。
「普通、あまり知らない子に食事なんて奢らない
でしょ? それに、明日も朝早いんで、早く休み
たいんです」
「帰りはちゃんと送るし、キミには今日は色々と
世話になったから……」
さっきから”世話になった”って、そればっか。
益々怪しい……怪しすぎる
「いいえ。やっぱり結構です、お気持ちだけで。
失礼します」
一礼して、身体の向きを変えて歩き出した私へ、
宇佐見さんは更に言葉を繋げた。
「そうか……それは残念だなぁ ―― 新京極に
出店した焼き肉”
だけど」
”彩華苑”の名前を耳にした私の足はピタリと
止まった。
ニヤリ 微笑む宇佐見さん。
「そうかぁ……そんなに急いでるんじゃ仕方ない
誰か他の奴を誘うかな」
彩華苑といったら、
かの叙々苑游玄亭に勝るとも劣らない人気の焼き肉店
「焼肉会席」と呼ぶにふさわしいこの店の料理は、
上質で確かな素材の中から更に丹念に吟味を
繰り返し。
味はもちろん器や盛り付けにまでこだわった
心づくしで、*月の開店以来。
連日多くの人々を魅了し続けている。
私みたいなごく普通の庶民では、
高嶺の花の高級なお店だ。
「あ、あのぉ……宇佐見さん」
「ん?」
「……私、物凄く食べますよ」
心ならずも”高級焼き肉”という
餌に釣られ、彼のお誘いをオッケーした。
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