狼男はサイボーグ
7Ⅶ7
狼男はサイボーグ
第1話 機械の透明マント
セブンは手に持ったままだった甲板の板裏から引き出したコードを、背中の巨大な箱へと繋いだ。
火花が上がり、最初に背中の箱が透明になり、それがコードへと写っていく。だが、コードを引き抜くと色が戻っていき、それを持つ手の方が透明になっていった。透明人間になったセブンは腰の小太刀と革袋も消えているのを確認し、航海室の裏手から扉へと回り、ドアノブを回した。
「なんだ?」
「風でしょう。オンボロ漁船です」
改修を重ねた漁船の、マストがあった場所にある航海室は掘っ立て小屋同然だったが、その中ではコサックが1人、自分よりはるかに巨大なイヴァン人らしい体格の憲兵たちに報告をさせていた。
「なぜホームレスを船底に閉じ込めたこの漁船を、乗客の避難所とした。その上、家出少年を取り逃がすとは」
「列車がバイカル湖の氷の下に落ちたのは既に日没後で、混乱状態でしたので。指揮系統の乱れは仕方ないかと」
「ならば修正しろ。少年を発見次第、乗客はここから移動させることだ」
「しかし、何百人もを収容できるような船はこの漁船以外にありません」
扉が閉められる前に滑り込むと、狭い部屋の殆どを占める机に夕刊が広げられていた。サングラスをかけた少年の顔写真が一面にデカデカと載っていた。コサックがアームを取りつけた生身の左足を曲げた。背中から右肩まで繋がるアームが連動して動き、鉄の肘が曲がって指のない鉄塊の腕が写真の上に乗った。
「『たった1人の魔術師の卵、研究所を家出』だと。我々がこれ以上の不手際を続ければ、こんな面白おかしく書いた記事がもっと出回るぞ」
「同行者は大尉のフィアンセとお聞きしましたが」
非難を込めた口調の憲兵長は3メートル級でしかないコサックを踏み潰せそうな足をしていたが、骸骨型の金属顎がついた顔を向けられると目を逸らした。
「私情は挟んでいない。Z1は何名もを殺害して飢えに耐え、ここにホープ…少年のことだ、彼が来るを待ち構えていた。一刻も早く保護する必要がある。Z2の奪取などは二の次で構わん」
憲兵たちは横目に目を合わせ、「復唱はどうした」という声に踵を鳴らして敬礼した。彼らが扉を開けるのに合わせて滑り込むと、腰の革袋に扉のささくれが引っかかった。透明化機構が回路を正常に作動させ、扉までも透明化させた。
「扉が…!」
「ミラージュコートか!」
セブンがささくれを引き剥がすと、回路の起動音が響いた。コサックが前傾姿勢となると鉄塊となった腕が射撃体勢を取った。
「勝者が命じる、この身を守れ」
コートに向けて呟くと、透明化が解けて姿が露になった。代わりにコートが身体に巻きつき、繭となってその身を隠すと、再び透明になって消えた。
「やはりお前か、Z2を返してもらうぞ」
右肩のガスタンクから高圧の気体が流れ出し、極太の針が発射された。針は銃口内に刻まれた螺旋形の魔力回路を通る瞬間、スパークをまといながら二次加速を起こした。ガスの抜ける独特の発射音と共に、繭となったコートへと次々と針が突き刺さり、空中に棘のみあるサボテンが出来る。
連射にサボテンが後ずさり続けると、義手から力が抜け、射撃が突如止まった。空中の針が消え始め、甲板を移動していく。憲兵のライフルが発砲されるが、命中しても止まることはない。
「3つ猫、梯子を押さえろ!少年の位置を知られた。噛まれるなよ!」
コサックが腕とアームと繋がっているせいで歩行もままならぬ己の身体に歯噛みし、部下へと叫んだ。2つある梯子に影が現れた。
鉄肘の撃鉄を起こすと、肘から上腕にある4連式のシリンダーが回転し、赤い色を失った結晶が横にずれ、次の血結晶と魔力回路を連結させた。液体から更に精錬し純度を上げた個体化動力に、腕に力が甦る。左足のアームで宙に浮いた針へと銃口の向きを調整し、弾倉を再装填する。再びテーザーネイルが放たれ、透明なサボテンは梯子の下に消えた。
重い落下音に、梯子の下にいた2メートルない身長に、細い手足、ただの少年のキッドは拳銃を構えた。
「マジか、俺の所かよ」
火花が上がり、針ダルマが現れた。全身を包んでいたコートが開かれ、針がバラバラと落ちていき、中から無傷のセブンが現れた。
「どうぞ、お通り下さい!」
キッドは両手を上げ、通路の端に退いた。目と鼻の先をセブンが走り抜け、邪魔な透明化機を投げ捨てた。
「さあ反応しろ、やんちゃ坊主。俺はここだ」
この場に解せる者のいない異国の言葉は暗闇に消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます