第3話 プレイベントの“パラレル”開催の意味
「そうそう、“分けたがり屋”って言えばさ、来年のオリ・パラの東京大会、何かおかしなことになってない?」
広海も雰囲気を変えようと切り出した。
「おかしいって?」
スマホの画面を見ながら愛香が呟く。対局中の藤井総太七段の棋譜を検索していた。
「この間、聖火リレーに使うトーチのデザインが発表されたじゃない」
「うん。桜の花をモチーフにした、アレよね」
「そう」
「大阪万博のシンボルマークみたいだって話?」
「そうじゃなくて。トーチってオリンピックとパラリンピックと別々にあるのよね」
「どっちも桜でしょ。統一感を出したって言ってたわよね」
「統一感はいいけど、そもそも何で別々にする必要があるわけ?」
「そうか。開催期間はオリンピック、パラリンピックの順でかぶらないから同じトーチを使い回しできるわけだ」
愛香はイマイチ、広海の話のポイントを理解していない。
「そういう話じゃないの」
そう言って、広海は愛香のスマホを取り上げた。
「あー、電源オフらないでよ」
「さすがの有段者も、広海ちゃんの3手先までは読めないか」
テーブル席の長岡悠子はノートパソコンを閉じると、セルフレームのメガネを外して顔を上げた。
「三手先?」
「そう。広海ちゃんはオリンピック用とパラリンピック用に別々のトーチを作る無駄を批判しているわけじゃないの」
「じゃ、何?」
「そうね。まず、オリンピックのトーチって何に使うのかしら?」
答えは教えない。悠子はクイズのように愛香に出題する。
「聖火リレーですよね」
「本番前は?」
「全国を回るんでしょ。福島のJビレッジをスタートして日本列島を縦断して東京のゴールまで。一般の人たちが参加するんですよね」
「じゃあ、何で一般の人たちが参加するわけ?」
まるで、生徒を諭す先生のようだ。
「選手だけじゃなくて、日本全体で大会を盛り上げるため、ですよね」
「ご名答。復興五輪だから、原発事故の後処理が進まない福島を起点にした訳よね」
「あのね、愛香。オリンピックの聖火リレーは47都道府県をもれなく回るんだけど、パラリンピックの聖火リレーは静岡と、千葉、埼玉と東京の一都三県だけなの」
愛香のために助け船を出す千穂。
「えー、何で?」
「でしょ。おかしい、って思うでしょ。他の43道府県は採火式だけで“お茶を濁す”わけ?」
「オリンピックと全然違うじゃないのよ。いいの、それ」
「私はね、オリンピックと同じように全国47都道府県を回れなんて求めてないの。オリ・パラの灯として一つのトーチをリレーしたら? って提案なの」
愛香の正解を待ちきれずに広海が説明した。
「健常者も障害を持った人も一緒になって走れないかな、って話よね」
千穂が補足した。
「そう、運動会で言えば、混合リレー」
「あっ、そういうことか」
「そういうこと」
「でも、オリンピックとパラリンピックの聖火って同じなんだっけ?」
愛香の疑問にも一理あるが、広海は答えを用意していた。
「細かい由来までチェックしてないけど、仮に同じ灯でリレーしたら、古代オリンポスの神々は怒ると思う? “伝統を汚した”って」
「そんな料簡の狭い神様だったら、こちらから願い下げね」
悠子が笑いながらカウンターに移動してきた。
「そもそも、無駄が多いんだよ。だから、最初っからオリ・パラを合体すれば、全ての無駄が解消されるってわけだ」
黙って女性陣の話を聞いていた恭一が口を開いた。
「聖火は古代オリンピアのヘーラーの神殿で太陽光を集めた火種を開催国まで運んだ後、国内をリレーするんだ。ヘーラーっていうのは、全能の神ゼウスの妻。パラリンピックの聖火の起源は分からないけどね」
オリンピックとは異なり、パラリンピックの聖火はザックリ組織委員会の裁量に任せ。20年の東京大会ではパラリンピック発祥の地、英ストークマンデビル病院で採取した火と、国内のパラゆかりの数カ所で採られた火とを合体して使う。
「どうせ合体するんなら、オリンピアから運んだ火と合体しても問題ないはずよね。大会の趣旨も目指すものも基本、同じなんだから。ゼウスの逆鱗に触れるわけないじゃんね」
千穂は聖火リレーついても“分けたがり屋”に反対だ。
「オリとパラとを別々にすること自体が差別だってことを何で分からないかな、大会幹部は。アッタマ悪いとしか言いようがないわね」
「お金も無駄だし、時間も無駄よね」
広海も愛香も同じ意見だ。
「最初のコンパクトなオリンピックってコンセプトはどこへ行ったのかしらね」
悠子も同調してくれたことを広海は心強く思った。
「無駄って言えば、オリンピックとパラリンピックで明らかに区別している感が理解できない。区別をなくすためにわざわざ、オリ・パラと併記しているのに、3月21日には東京オリンピック500日前イベントをやって、4月13日には東京パラリンピック500日前イベントを開催したんだけど、おかしくないか?」
幹太には違和感のある発表だった。
「思った、思った。経費も無駄よね。参加するアスリートだって別々なわけでしょ。健常者と障害者。どうして区別したがるかなぁ。バリアフリーとかユニバーサル社会とか標榜しているはずなのに」
広海も背中を押されて、グイグイ前のめりになって続ける。
「ユニバーサル社会って、年齢や性別、障害、文化とかに関わらず、みんなで支え合う共生社会でしょ」
「そういう矛盾したことを行政が平気で行う意味が分からない。共通のイベントにすれば、健常者と障害者の交流だってできるし、わざわざ別にやる意味ってあるのかしら?」
千穂の脳裏に、小池都知事の顔が浮かんだ。
「これも“裸の王様”だな。『実はヘンだ』ってみんな分かっているのに、言えない。みんなKYなわけ」
耕作が話をまとめると、幹太が言った。
「さださんの『不良少女白書』聞かせてやりたいな」
「先生たちはどう思いますか?」
広海が横須賀と恭一の意見も聞きたかった。
2020東京五輪パラリンピックの大会施設の多くが本大会後に赤字になるという。NHK総合の「クローズアップ現代」(2019年2月13日放送)が伝えた。
その中で、今回の五輪をきっかけに全国の自治体で整備を進める施設は125。収支の計画を立てているのは2割程度。うち9割近い88.9パーセントが赤字になる見通しだ。大会施設の整備費はトータルで7,050億円と見込まれ、そのうちの5,950億円が税金で賄われている。
「みんなが直感的に思っているように、聖火リレーをオリンピックとパラリンピックで分けることには疑問を感じる。トーチについてもだ。500日前のプレイベントについては、パラリンピックのイベントがオリンピックと別に行われたのを知って驚いたね。『何で分けるんだ?』って、オレ個人としては違和感を感じたね。恭一は?」
と横須賀。
「オレの考えは2つ。ひとつは、以前から指摘されているように、新国立競技場の建設だけでなくオリ・パラには膨大な経費が掛かる。リオや北京、平昌を見ても分かるように、オリ・パラ開催後の施設の後利用にも課題が残るしね。プレイベントの別々に開催すれば、その分余計に経費が掛かる。メダルの材料に“都市鉱山”と言われる使用済みのガラケーを集めたのは何だったのか、って思う。もうひとつは、関係者の立場で言えば、プレイベントを合同で行った場合、メディアのパラリンピックの扱いが小さくなるかなって考えがあったのかなって。悠子さん、どうだろう?」
恭一が悠子に話を振った。
「そうね。メディアの扱いが大きくなるか小さくなるかは難しいところね。イベントの組み方によっては、合同イベントの方が別々の開催より効果が大きくなることだって考えられるわ。例えば、オリンピアンとパラリンピアンが互いに手と手を取り合うような仕掛けを作るとか」
「私もそう思う。イベントだから一般の人も集めるわけでしょ。別々の開催だと、私個人的には両方は行かないと思うの。先に予定があって、行けないかもしれないし。共通の開催なら、1度でオオリ・パラ両方の魅力に触れることが出来るし、理解を深めることもできる。参加する方からしても効率的だと思う」
大人の意見を聞いて、千穂は自分の考えを整理した。
「スケジュール的にも、コスパの面でも、やっぱり共通開催の方が効果的だってことだよな」
「オレは自分の考えをまとめるためにも、都や組織委員会に別々に開催するメリットを教えて欲しいと思うんだけど。今までの流れで行けば、1年前イベントとか100日前イベントとかカウントダウンのイベントの開催は容易に想像できるし、その度にオリ・パラが別々ってやっぱり経費のムダだし、参加する側から言えば時間のムダだしね。それぞれの立ち位置っていうか、意味付けがしっかりしていれば」違和感も生まれないと思うんだ」
耕作が冷静に中立的な立場を主張すると、幹太も反対しなかった。
「“課長”はやっぱり“課長”だな」
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