第4話 丁寧な送り迎え
まったくもって意味が分からない。非通知と出るならまだしも、ハイフン表示ってなんだよ。電話壊れてんのか。
気になったので昨日の客の電話番号も改めて調べてみたが、はやり同じくハイフン表示だった。
「おいタック、ちゃんと仕事しろよ」
「あ……、ハイ……」
呆然としていると先輩から注意が飛んでくる。表面上は何でもない風を装いつつも、手を動かして仕事に戻る。
いやいやいや、ちょっと待ってくれよ。なんなんだよマジで。昨日から運が悪いんじゃねーか俺。扉をくぐったら異世界でしたとか、ラノベじゃねーんだから……。いやだからってそんなラノベみたいなことが二日連続で起きるわけもねぇよな。……うん、起きてたまるかってんだ。今日こそ家に配達して晩飯に……ってだからLサイズ三枚は多いんだってばよ! くそっ、……冷凍したらいけるか?
「おーい、焼きあがったぞー」
一人で考え込んでいたら例のピザが焼きあがったようだ。
「あ、はい……。じゃあ配達行ってきます」
手を振って厨房へ戻っていく先輩に声をかけて、俺もピザを保温バッグに入れると配達の準備をする。昨日みたいな展開になりませんようにと祈りながら、バイクのカギを持って駐車場へと向かう。
「……ははは、……そうだよ。二日連続でわけわからん現象が起こるはずがねぇんだよ!」
勝ち誇ったように乾いた笑いを漏らしながら、おかしな扉の出現していないいつも通りの駐車場をぐるりと見まわす。
どうやら今日の客は正真正銘の中二病客だったようだ。電話越しに聞こえた王国とやらの名前が同じだったから、てっきり同じだと思い込んでしまった。が、そんな偶然は二日も続けて起こらないんだ。
「くふふふ」
さっきまでの緊張感が一気にほぐれた俺は、変な笑い声をあげながらバイクへと歩み寄っていく。
――そのときだ。
ぼんやりと地面が白く光ったかと思うと、駐車場の真ん中に巨大な魔法陣が広がった。
「――はい?」
思わず立ち止まった場所が悪かったんだろうか。瞬きをする間に一瞬だけ意識が飛んだような気がする。魔法陣の真ん中に立っていた俺は、気づけば駐車場ではない場所にいた。
天井は駐車場よりも高くなっており、部屋も広くなっている。石造りの室内はひんやりしていて、ちょっと寒いくらいだ。
「よく来てくれた」
聞こえてきた声の方を振り向くと、鎧を着こんだ男が三人いる。隣には紺色のローブをまとった性別不明の人物がもう一人いる。
「――はい? ……えっ?」
もう一度周囲を見回すが、もちろんそこは駐車場ではない。ふと足元に目を向けると、そこにはさっき見た魔法陣があった。
「なんじゃこりゃ……」
「はっはっは、召喚陣は初めてかな」
混乱する頭で何を見るでもなく周囲に視線を向けていると、三人の中でも立派な鎧姿の男が近づいて声をかけてきた。腰に剣をぶら下げており、無精ひげの生えた筋肉質なイケメンである。
「いや、まぁ……、そりゃ初めてですけど……」
「まぁ驚くのも無理はないか」
「…………」
「よいよい。私がヘングラルだ」
「あ、
思わず反射で自己紹介をしてしまう。
「して、それがこちらの注文したぴざというやつか」
抱えている保温バッグを一瞥すると、後ろの二人に合図を送る。待ち構えていたように二人の男が目の前に近づいてくると、俺も保温バッグからピザの箱を三つ取り出して渡した。
「えーっと、プルコギマヨピザのLサイズが三枚で、12,150円になります」
昨日の出来事を思えば日本円で払ってもらえるとは微塵も思っていないが、一応請求はしておかないとな……。
「うむ」
鷹揚に頷いたヘングラルは、懐から布袋を取り出すと渡してきた。受け取るとじゃらりという音とともに、ずっしりと手のひらにその重量を伝えてくる。中身を確認すると、やはり黄金色のコインが入っていた。予想通りではあるが念のために聞いてみるか……。
「あの……、日本円で払っていただくことは可能でしょうか」
「むっ?」
「いや、このお金? ……は使えませんので」
「ふむ……、金貨では不満と申すか」
「えっ……、
「うむ。金貨にして十五枚だ。そなたの世界では価値がないのか?」
俺の世界!? いやいやいや、ちょっと待ってくれ。俺の世界って、こっちはやっぱり異世界ってことか!?
思わぬ情報に周囲をキョロキョロと見回してしまう。だが一番重要なのはやっぱり目の前の人物だろうか。異世界人だよこれ。マジかよ。
「どうしたのだ?」
急に挙動不審になった俺に、ヘングラルが訝し気に声をかけてきた。
「あ……、すみません。えーっと、
「むぅ……、それは困ったな……」
腕を組んで唸っているが、どう考えても日本円で払ってもらうことは不可能だろう。どうせ俺がなんとかするしかないんだ。……というか下手に文句を言って帰らせてもらえなくなったりしたらと思うと恐ろしい。
「あ、いや、俺が個人的に換金すれば大丈夫なので、問題ないです」
「そうか。手間をかけるな」
「……いえ」
「ではこれで取引は終了だな。きちんと元の世界に送り届けよう」
「ありがとうございます」
ヘングラルの言葉に俺はホッと胸をなでおろす。よかった……、ちゃんと帰れるようだ。いやマジでこのままだったらどうしようかと思ったぜ……。
「では。またよろしく頼む」
――はい?
相手の言葉を理解できないでいるうちに、紺色のローブ姿の人物がブツブツと詠唱を始める。次第に地面に描かれた魔法陣が白く光り、俺はピザ・チックタック店舗の駐車場へと戻ってくる。
「……また?」
また呼ばれんの? ……誰か代わってくれ。
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