第2話 送り迎えつき配達
「はぁぁぁぁ……」
今からピザの調理を止めに入ってももう遅い。もうこのピザは自分の晩飯確定だ。配達は自分でしよう。自宅に持って行けば誰にもバレないだろう。
魂が口から抜けそうになりながら店内の片づけを進めていると、ピザが焼きあがってきた。俺はもう一度深いため息をつくと、ピザを保温バッグに突っ込んで店を出て駐輪場に向かった。
「……ナニコレ」
駐輪場に出ると、ど真ん中に重厚な扉が鎮座していた。ここは屋内ではあるが、そこそこ屋根は高い。天井に着きそうなほどでかい扉は、外へと続く道のど真ん中にあった。
「いやいや、すげー邪魔なんだけど!」
バイクが出られないほどではないが、激しく邪魔な位置に扉が存在している。だがしかし、怪しげな扉はちょっと気になってしまう。好奇心が勝ってしまったようで扉を開けてみると。
「………………ナニコレ」
そこには森が広がっていた。ギャーギャーとよくわからない獣の鳴き声も聞こえる。鬱蒼と茂る森の中には小ぢんまりとした屋敷が建っていた。蝙蝠でも飛んでいれば魔女でも出そうなたたずまいだ。一瞬、中二病客の『送り迎えする』という言葉が蘇る。
「はっ……、んなわけ……」
首を振りつつも好奇心に負けた俺は、そのまま扉をくぐる。無視してバイクで自宅へ届ける気は起らなかった。邪魔ではあるが、この「ど○でもドア」っぽい存在は放置できなかった。
扉の向こうは湿気が高いのか、しっとりとした空気がまとわりついてくる。
「……なんで昼なんだよ」
もうわけがわからん。さっきまでは夜だったはずだ。太陽は見えないが、周囲はある程度明るい。ほんとに「どこ○もドア」なのか。気候の違うとこまで出てきちまったのか。
恐る恐る屋敷へと近づいて玄関を観察していると、おもむろにその玄関が開いた。
「早かったな」
そこにはつばの広いとんがり帽子を被った、全身黒で統一されたワンピースを着た魔女がいた。さすがに箒は持っていないが、第一印象がもう魔女っぽい。……にしてもさっきまで電話で応対していた客の声にそっくりだ。ってかここはいったいどこなんだ?
「……えーっと」
「そちらの通貨はよくわからんのだが、これでいいか」
戸惑っているうちに握りこぶし大の布袋を渡される。じゃらりと金属音を響かせるそれを受け取ると、とりあえず保温バッグからピザの入った箱を反射的に渡す。そういえば配達に来たんだっけか。……いや自宅に持っていくつもりだったか?
「おお……、すごくいい匂いじゃな」
袋の中を覗き込むと、黄金色のコインが十数枚入っている。
「あぁ、釣りはいらんぞ。気を付けて帰るがよい」
それだけ言うと、魔女は屋敷へと引っ込んで行った。屋敷の前、鬱蒼と茂る森の中に一人取り残される俺。
「……なんだよコレ」
辺りには相変わらずギャーギャーとよくわからない獣の鳴き声が響いている。怖くなって恐る恐る振り返ると、そこにはくぐってきた扉がまだあった。ホッとしたのもつかの間に、急いで扉へと走り寄って向こう側へと抜ける。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
激しく脈打つ心臓を右手で抑えながら振り返ると、通ってきた扉は影も形もなくなっていた。
「……なんだったんだよ」
手元に残ったじゃらじゃらと音を立てる布袋が、魔女の存在感を伝えてくる。ずっしりとした袋の中身を取り出してみるが、見たこともないコインだ。
「……金貨だったりすんのかな。……売れたらいいけど」
しかし結局、ピザの代金である1360円の回収はできていない。そのことに気がついた俺は、その場に頽れるしかなかった。
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