『ジョブ・ガチャ』 ~300000000に一人の僕~
主戦・D
第1話 いつもの日常
『ジョブ・ガチャ』~3億分の1の僕~
第一話 いつもの日常
「ねぇ、アンタ・・大丈夫^?^」
「・・・え・・・・ええ」
目の前に立つ司会進行の女性に心配される僕。
返した言葉とは裏腹に、僕は全然大丈夫ではなかった。
俯くように視線を落とすと、自分の両手が目にとまった。
ぐっしょりと両手には手汗が滲んでいた、それに先ほどから心拍が上がっている気がする。
周りの騒音が嘘のように、心臓の音がドクドクと僕には感じられた。
「ひっこめ!クソ、ニート!何が魔王だ!ボケッ!」
「そうだ、テメェなんぞ最下層の仕事で十分だ!コラッ!」
「帰れ!帰れ!!帰れ!!!」
「クソニートがふざけんじゃねーぞ!オラ!」
「このメガネ豚が!!」
特設会場に鳴り響く、罵声の嵐。
周りの声が聞こえない程と、壁や床を叩くドンドンという音が木霊している。
会場にいる皆の批判が僕に向けられていた。
その中心に僕は立っていた。
いや、ほんと・・こっちがどうしてって、聞きたいよ!
皆の怒りもわかるけど・・・ホント・・ただの偶然だから・・。
汗ばんだ両手を確かめるように、目線の高さに上げる。
幻か現実か分からない状況に僕は・・戸惑っていた。
ま、現実でもあり、幻でもあるんだけど・・・。
会場中の罵声も、不思議と聞こえなくなっていた。
見つめていた両手から、澄み渡る空に目を移した。
雲一つない真っすぐな晴天、ほんとよく出来てる・・現実みたいだよ。
「ねぇ、母さん・・・・・。ぼ、僕・・・・魔王になっちゃったよ!」
空を見つめながら僕は、いつもと変わり映えしなかった昨日の出来事を思い返してたんだ。
そう・・・いつもと変わらなかった昨日を・・・・。
===
「ねぇ・・が?・・・・・・・銀河?・・起きてる、朝よ?」
寝ぼけ眼を開いて、パチリと目を覚ました、確かめるように瞬きをする僕。
目の前には無条件の愛を注いでくれる、母・遥が居た。
色白の肌、ストレートに伸びた黒髪、やせ型の体型にメガネを掛けている。
リネン(亜麻布)生地で出来たミルクティー色のロングスカート、そして同じ素材で出来た白色のシャツを着ている。
そしてその吸い込まれそうな不思議な瞳で、まだ眠い僕の事をまじまじと見つめている。
「お、起きてるよ!母さん!」
すこしだけ含む照れを隠すように、いつもより大きな声で母に返事を返した。
「そう、起きてるならいいわ」
そう言うと杖を付きながら、部屋を出ていった。
僕は仰向けのまま、横に手を伸ばす。
いつもの場所に置いてある、メガネを装着。
また、僕の一日が始まる。
ベットと別れる為に、一つだけ深呼吸をして、僕は母の後を追いかけた。
「ねぇ、母さん。また僕が買い出しにいってくるよ!」
この所体調が悪くなっている母を気遣い、僕はそう切り出した。
気遣いといったけど、自分達が食べるものを選ぶのが何だか好きだった。
食材の勉強というか・・今まで知らなかった事だらけだって気づかされるんだ!
・・・男がこんな事言ったら変かな?・・・女の子に『キモイ』とか言われないかな?
廊下に立ち止まり、木の枠で出来た窓の外を眺める母・遥。
母の視線の先には、近くに立つ大きな木が立っている。
すこしづつ角度を上げる太陽に照らされて、大木の葉っぱが輝いていた。
緑の黄、緑の青と見る角度で変わる色合いに見とれているのだろうか、母は黙ってその大きな木を見つめていた。
「どうしたの?母さん?」
「え、あの木・・・・・・なんだか・・・ブロッコリーみたいね!銀河!」
突拍子もない母の言葉に驚きながら、僕は窓の外を見つめる。
「・・・う~ん?そうかな?」
「そうよ!私にはそう見えるわ!ねぇ、銀河、今日はブロッコリーを食べたいわ!」
「わ、わかったよ。朝食を食べたら、買ってくるよ」
「いつも、ありがとう・・・銀河」
ちょっと・・・いや、かなり変わってい僕の母。
昔どこかの研究員だったらしくて、いろいろ専門的な言葉をたまに僕に言ってくる。
だけどそんな専門的な事は、僕にはわけがわからない。
でも、そん変な所も含めて僕は、母が好きだった。
でも、母から言われる『ありがとう』はすこしだけ僕を切ない気持ちにさせる。
すると窓から視線を僕へと移す母。
ゆっくりと口を開く。
「ねぇ、銀河?あなたもう、仕事は決まったの?高校を卒業して、もう1カ月よ?それだったら、大学に進学すればよかったのに」
「・・・いやまだ・・・いろいろ受けてみたんだけど・・・どこも受かってないんだ。大学なんてとても・・・僕の学力じゃ・・・」
恥ずかしいやら、情けないやら、こうやって改めて母に言われると申し訳ない気分になる。
僕の家庭は小さな頃に、両親が離婚していた。
今の時代じゃ、離婚ぐらい珍しくもないよね。
それにどうやら僕には兄がいるみたいだけど、高校を卒業した今の18歳になるまで会った事も、見た事もない。
僕だけが映った小さな頃の写真が数点あるだけで、他には何も・・。だから父の顔も兄の顔も知らない。
だけど、一場面だけ覚えてるんだ!その時の事を、幼い僕に父が言ったあの言葉を・・。
そんな僕に母が続けて話す。
「そう・・やりたい事とかないの?母さんは銀河が幸せなら、どんな仕事でも良いと思うわ!
それに・・このままじゃ私の介護だけして、過ごす事になっちゃうでしょ?」
「そ、そんな事思ってないよ!僕は好きで母さんの手助けをしてるんだ!
仕事だってちゃんとアテがあるんだよ」
必死に取り繕う僕。
正直、母におんぶに抱っこの状態だ。
早く自立したい気持ちと、病気の母に寄り添っていたい気持ち。
そんな両方を満たせるような仕事があればな・・・。
病気の母に迷惑ばかりかけているな、僕・・・。
本当に申し訳ない。
「ご、ごめんね。母さん。お金のことだって迷惑かけっぱなしで・・・。」
「お金の事はいいのよ。離婚した時に、あなたのお父さんから、沢山巻き上げてやったから!ま、私を捨てた腹いせってやつね!ホント、スッキリしたわ!アハハハハ!」
沈んでいた僕の気持ちを吹き飛ばすように、豪快に笑っている母。
困難な事があっても、いつもくじけない母。
そんな所も僕は好きだった。
「銀河!暗い顔してちゃだめよ、いつもいってるでしょ!」
「わかってるよ!**『いつも心に銀河を』**・・でしょ?」
小さい頃から事あるごとに、僕が聞いてきた言葉。
僕の名前の由来で、星空が好きな母が僕につけてくれたものだった。
そう、いつも心に輝くような銀河を描けるようにと。
小さい頃は好きだったその言葉も、成長するにつれ、少しだけ恥ずかしいと感じるようになった。
「あの・・、母さん。本当は仕事の事だけど・・・一つだけアテがあるんだ・・・」
「・・そうなの?ならいいけど」
不思議そうな顔をする母に伝えようかと思ったが・・また、今度にしよう。
木目の廊下を歩き、下の階に向かう。
僕の家は昔ながらの木造の一軒家で、二階建て。
広々とした間取りで、使われているヒノキの匂いが僕には心地よい。
母のこだわりで部屋に設けられた、机や椅子もアンティークの品でまとめられている。
家電も最新のもので、外からの普通な家の見た目とはギャップがもの凄かった。
二人で住むには広すぎるよ、母さん。
ほんと、父親からいくら巻き上げたんだろうか・・・。
僕は階段を降り、下の階に降りた。
そのまま、リビングを通り、キッチンにたどり着いた。
手早く朝食用の米粉パンをセットして、タイマーをON!
その間に付け合わせの野菜を少々、そしてスープを温めた。
「いっただきます!」
母と二人で、ささやかな朝食をとった。
朝食の間もとりとめのない話で盛り上がる僕ら親子。
いつまでもこんな『当たり前だと感じる時間』が続いていくと、この時の僕は思ってたんだ・・・。
「ごちそうさま! それじゃ!母さん、買い出しに行ってくるから!」
「は~い!ヨロシクね、銀河!」
僕はポケットに財布が入っている事を確認した。
所定の場所にぶら下げてある、僕専用のマイバッグ(花柄)を左手でしっかりと手に取った。
「よしっ!準備万端!あっ!それから・・・冷蔵庫、冷蔵庫」
今日買う食材をチェックしていく。
「えっと・・アボカドと・・ごぼうと、トマト・・それから豚のコマ切れぐらいかな?あ、鯖缶も買っとかないと!」
数日分の献立を頭に想像して、必要な食材を記憶していく。
そのまま、ブツブツとそれを唱えながら、僕は買い物に向かった。
外に出て我が家を振り返る。
下の階に降りてきた母が、部屋に掃除機をかけている。
不自由な体を懸命に動かしている様を見ていると、自然と身が引き締まる思いだ。
玄関に埋め込まれた、我が家の表札が目に入った『いつも家』
そう、僕の名前は『いつも 銀河』だ。
花柄のマイバックを左手にぶら下げたまま、僕は右手で右ポケットに折りたたまれた紙を取り出した。
几帳面に折りたたまれた紙を、そのまま開いていく。
開くと紙は一瞬で一枚の板へと変わった、ひと昔の時代で言うとタブレットタイプの電子機器だ。
名前は「ペーパータブ」
この時代にはもっともポピュラーなタイプで、この世界の総人口90億人の内、半数 約45億人が使っているというから驚きだ。
開くと何度も見返した文字が目に入ってくる。
『2050年度 ジョブ・ガチャ6月30日木曜・締め切り迫る』
お気に入りに登録していたそのページ、僕が何度もログインしているページだ。
締め切りの下には、キャッチコピーが色合い豊かに輝いていた。
**『勇者よ、集え!新世界に!!』**
高鳴る胸を押さえ、僕は画面をタップした。
すると、画面上に立体的なホログラフィックが投影される。
黒のスーツに身を固めた司会進行役らしき男、サングラスを掛けている。
僕の手のひらの上で男が話し始めた。
「さぁ、今年で4年目に突入した政府指導による新しい雇用創出!!エンターテインメント!!!
さぁ、皆さんご一緒に?・・・・仕事探しに困ったら・・?」
サングラスの男は右耳の横に手をあて、左手で手に持ったマイクを掲げ会場に尋ねている。
『ジョブ・ガチャ!ジョブ・ガチャ!ジョブ・ガチャ!ジョブ・ガチャ!』
会場に詰め掛けた大勢の観客が、大歓声を上げている。
サングラスの男はボルテージの高まった会場の観客たちを、両手を上げて鎮静化させていく。
数秒後、静かになった会場の中央で男がゆっくりと話し始める。
「皆さま、ありがとうございます!そう皆様ご存知、『ジョブ・ガチャ』です!
え?オレはまだ知らないぜ?アハハ、そんな画面の前の貴方に・・・私が特別に詳しくお教えいたします!!」
サングラスの男は振り返り、会場のセンターに鎮座するスクリーンに視線を誘導する。
次の瞬間映像を促すように、男は一つ指を鳴らした。
『ブーン』
独特の電子音が会場に鳴り響き、スクリーンから立体投影された人間が現れた。
「そう、ここに私達と同じ人間の男性が映し出されています。そしてこめかみにご注目!え?オレには付いてない?んなわけない!」
サングラスの男はジェスチャーを交え、会場に話しかける。
所々から、歓声や笑い声が聞こえてくる。
「はい、皆さんご存知の『マイチップ』ですね。出生後すぐ、皆さんのこめかみに埋め込まれます。今を生きる全人類に装着義務のある、このチップ。
生まれた国から、性別、それに趣味や、買い物履歴、宗教観、病気の有無、薬をちゃんと飲んだかとか、昨日は好きなあの子に告白・・・そして、見事に振られちゃたわとか!はい、ココは笑う所ですよ!アハハ!あとは渡航記録などのデータが、政府の情報機関に送信される仕組みです。
そうです。ご存知、ビックデータです」
司会進行をしているサングラスの男の話に、会場から声が上がっている。
「そんな説明いらねーぞ!そんなの誰でも知ってる!」
「早く、次に進め!カズヨシ!」
会場の中心に立ち、ヘイトを一心に浴びる司会者。
罵声にも慣れているのだろう、気にしてないよというジェスチャーで切り返した。大人の対応である。
「アンチに負けず進めていきたいと思います!アハハ!え・・このジョブ・ガチャではこのデータが非常に重要です。
実際の生活で身につけたスキルを持ったまま、この仕事創出ゲーム『ジョブ・ガチャ』の中で活躍する事が出来ます!」
サングラスの男はズボンのポケットから、ミネラルウォータを取りだし一口飲んだ。
「・・ふぅ。この動画を見ているそこの、あなた!!こんな事で悩みありませんか?仕事での上下関係に・・給料が安い・・拘束時間が長い!勤めてみたけど・・・ブラック企業だった!他にも、女性ってだけで昇進できない(逆もしかり)など。
世界中にあるであろう、そんな悩みも、このジョブ・ガチャには関係ありません!面接も一切なし!模範解答も必要ありません!必要なのは、あなたの実力だけ!もう一度力強く言いたい!!そう、あなたの実力だけ!!」
司会のサングラスの男の熱のこもった話を聞き、会場が静かになった。
会場中にいる大人たちの心を鷲づかみにした、サングラスの男が続ける。
「肌の色・目の色の違い!生まれた国が違うだけで、差別される!弱者にさらに鞭打つ、腐りきった政治家やブラック企業!行き場を失った迷える子羊に、そんな輩は手を差し伸べたりは・・絶対にしません!あなたも身を持って感じた事があるかもしれません!
・・・ですが、このジョブ・ガチャのバーチャル世界には、そんなしがらみは一切ありません!!!性別、年齢も、国も問いません!!今年で4年目、現在の登録者数なんと!なんと!!10億人!!!世界中の迷える子羊が日々この世界に、救いを求め足を踏み入れています!」
会場の皆もどこか心当たりのある話だったようだ。
面接に何度も落ちている僕の心にも響く内容で、もう何度もこの動画を視聴していた。
「え、もちろんジョブなので、仕事をこなしてもらう事になります。専用ゲーム機・ジョブステから、メニューを開き『ジョブ・ガチャ』の専用ページにお申し込みください。
上半期の申し込み期間が迫っています。それに伴い全世界から沢山のアクセスが集中しています。現在サーバーを増やして対応しています。繋がりにくい際は、しばらく時間を置いてからお試しください」
スクリーンから投影される映像に合わせて、司会進行のサングラスの男が話している。
「さらにさらに、現在はスタートアップ・キャンペーン中です!通常ですとガチャ1回、まわすのにジョブコイン30枚が必要です。え、ちなみにジョブコイン1枚は日本円に換算すると約1万円です。
日本以外の国の方はこの計算式で、自分で計算してね♪てへ、ペロ♪アハハ!・・・え、とりみだしました。説明を続けます。現在4周年記念といたしまして、連続ログイン30日でなんと!ジョブガチャを1回・・・回せちゃいます!!!
よっ!太っ腹!!!あ、これはスポンサー様に向けての、よいしょですよ!アハハ!」
司会のサングラスの男が、手に持っていたマイクを高々と掲げた。
次の瞬間、会場に詰め掛けた観客のボルテージがMAXになった。
『ジョブ・ガチャ!ジョブ・ガチャ!ジョブ・ガチャ!ジョブ・ガチャ!』
会場の心が一つになり、割れんばかりの歓声が響いている。
「さぁ!次の勇者は、画面の前のそこの君だ!!!アハハ!・・アルタ前からは以上です!!!」
司会のサングラスの男が画面に向け決めポーズをとったところで、この動画は終了となった。
「アテはあるか・・・」
僕は上部に出ているボタンを押した。画面の映像がブラックアウトしていく。
すると先ほどまでは固い板から、またポケットに収まる紙状に変わった。
長年ペーパータブを使っているけど、ほんとどんな原理なんだか僕には分からない。
ポケットにしまうと、僕は近くのスーパーを目指して歩き出した。
その時上空から空気音が聞こえた。
見上げると宅配ドローンが荷物を大事そうに抱え飛んでいく。
「ま、ネットで野菜も買えば便利なんだけどね・・・送料がね・・・」
僕はベテラン主婦のような考えをしながら、ドローンが飛んでいくのを見守った。
歩き出す僕の後ろから、黒塗りの車が走ってくる。
気にせず歩いて行くと、車はどんどん僕の後ろから近づいてくる。
僕は振り返り・・「あ、危ない!」
とはならず、車は僕にぶつかる手前で普通に止まった。
透明なガラス越しに中をのぞく。
中でシートに座っている50代ぐらいの男性は口を開けて眠っている。
ま、自動運転は安全だし、便利だよね。それにハンドルも付いてないし。
僕が生きているこの時代。
殆どの仕事がAIに置き換わっている。
昔は車の免許が運転には必要だったらしいけど、僕はもってない。
自動運転だから必要ないよね、便利なものだ。
僕にぶつかりそうになった車は、道路に埋め込まれた線を車体の下のセンサーで検出している。
次の瞬間自動で横にそれて、もとの目的地へ向けて自動運転を開始した。
マイバック(花柄)を手に、しばらく通いなれた道を歩いて行く。
すると行きつけのスーパー『フレッシュ★スターズ』に到着した。
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