8-21 宿屋主人の異世界料理

 村長や村人から器や家畜のお礼を言われ宿屋に戻った。護衛の依頼料を出すと村長が言ってくれたので、特に必要はなかったのだが、10万ジェニー受け取った。まぁ、これは冒険者としての矜持だ。


 俺が受け取らなかったことで、万が一他の冒険者が軽く見られたらいけないからだ。

 仕事をしたら、成功報酬は受け取るのが冒険者のマナーだ。受け取った後でどう使うかは俺の自由だけどね。

 孤児院に寄付しようが、村で散財しようが個人の勝手だからね。



 明日、ナシル親子に薬草採取のコツや関連する豆知識などを教えてあげてほしいと言ったとたん、15人ほどの村の男どもが名乗りを上げた……正直ウザい。


 男として気持ちは凄く分かるのだが……ウザい。

 俺はガラ派なので、三流冒険者にうちのナシルをあげる気はありません!



 ガラさんの欠点をあえてあげるなら、商会のトップのクセに、商隊に自ら参加して指導管理していることだ。弟子を育成中とは聞いたが、魔獣や盗賊犇めくあの街道ははっきり言って危険だ。


 『灼熱の戦姫』のような高ランククランを、あんな格安で雇えるのは希だ。ソシアさんのランクアップの為に護衛任務に参加していると言ってたので、普段はダンジョン散策をして稼いでいるのだろう。


 ガラさん自体が強ければ問題ないのだが、戦闘しているところは見たことがないので何とも言えない。

 一応ガラさんも移動中は帯剣していたので、多少は戦闘もできるはずだとは思うが……。




 昼食時に看板娘のパメラさんがやってきて、ちょっとうるさかったのは言うまでもない。

 彼女はプリンが食いたいのだ。夢にまで見てしまうぐらい食べたいのだそうだ。


「お兄ちゃん、ここのご飯美味しいね!」

「だろ? 前に食べた時も美味しかったんだけど、なんか今日のお昼は豪華過ぎだよね? 絶対特別メニューだよね?」


 そういう会話をメリルとしていたら、この宿の主人で調理人の旦那さんがやってきた。


「リョウマ君、久しぶりだね。調子はどうだい? ちゃんと冒険者として稼げているかい?」

「ご主人、お久しぶりです。ええ、シルバーランクになれました。結構稼いでいますよ」


「そうか、安心した。君は人がいいからあまり稼げてないかもと心配してるんだよ。騙されて良いように使われたりするんじゃないかと心配している」


 確かに見た目は子供だけど、実は中身28歳の大人なんですよ。日本の詐欺師は、こっちの世界の者より遥かに巧妙なんですよ? そうそう騙されないです。


「大丈夫ですよ。相手にする人は選んでますから」


「それならいいんだが。そうそう、リョウマ君に教えてもらったミルクセーキの売り上げが凄く好調でね。つい、乳牛を2頭買ってしまったよ」


「あはは、それほどですか? それは良かった。ところでこの昼食採算合わないでしょ?」

「ああ、いいんだよ。ミルクセーキで稼がせてもらってるからね。わざわざバナムから泊まりで飲みに来る商人や貴族様がいるくらいなんだよ」


「エエッ!? そこまでですか。そうだ、御主人にお願いがあるんだけどいいかな?」

「ん? なんだい、俺でできるようなことなら頼まれてやるんだけど……」


「この肉を使って、ご主人のご飯が食べたいです。泊まってる間の食事に使って出してもらえないですか?」


 俺はそう言ってインベントリから、ワニ、ナマズ、牛の肉を20kgずつだした。

 そして、サンダーバード1羽だ。こいつを料理してもらいたい。


「これは! 全て高級肉じゃないか!」

「ええ、余った分は手数料として店に提供しますので、滞在中にご主人の腕を振るった料理でもてなしてください。調理条件としては、朝は朝らしく、晩は晩らしくお願いします。豪華なのは歓迎ですが、食べきれなくて捨てるのは食材に失礼ですので適量分でお願いします。どうです? 引き受けてくれませんか?」


「リョウマ君、この肉売ったらとんでもない金額になるんだよ? と言うか、この肉どうしたんだ?」


「俺が湿原で狩ってきたものですので、お金の事は気にしなくていいです。それなりに稼いでるって言ったでしょ? 俺たち4人じゃ当然食べきらないので、家族の分を残して村人に格安で食べさせてあげても良いですし、売っても良いですよ? ただ勿体ないので腐らせてしまわないようにお願いします。あ、プロの料理人に言わなくてもそんなことは百も承知ですね」


「お父さん! 私、牛のお肉食べてみたい……」

「パメラ……そうだな。リョウマ君、遠慮なくその依頼受けるよ。残った肉は村人に格安で食べられるように善処しよう」


「ありがとうご主人。足らない食材があるなら言ってください。大抵の食材は野菜や肉も果物も大量にガラ商会で仕入れて所持しています」


「分かった。必要なものを後でまとめてメモして渡すようにするよ」



 宿屋のご主人は俺の調理依頼を引き受けてくれた。こんな田舎の村で扱える食材じゃないのは十分承知だ。

 100g、2000ジェニーの高級肉で作った料理を、田舎の村で幾らで売るんだって話になる。

 バナムやハーレンのような大きな街にはそういう高級な店は必ずあり、そういう店には貴族が高いお金を払って食いに行く。

 そういう食材を扱う高級店には、そういう客がちゃんといるってことだ。この田舎の村で捌ける食材ではない。だが原価がタダなら話は別だ。ご主人の気持ち次第で値段を付けて村人に振舞える。



 パメラさんが、同じ冒険者として湿原の魔獣に興味を持ったようだ。


「ねぇ、リョウマ君ってそんなに強かったの? 湿原って最低でもシルバー以上じゃないとレイドPTにすら入れてくれないって聞いたことあるよ? オークなんかと比べ物にならないよね?」


「俺、一応シルバーですよ。一緒に行ったのがクラン『灼熱の戦姫』ってゴールドランクのクランでして、凄く楽しかったです」


「そのクラン知ってる! 女性冒険者が憧れてる人多いんだよ! でも人柄を見て入団者を厳選してるから、加入希望者は多いけど、入れないんだって。それに男子禁制だって聞いてたけど、よく狩りに入れてもらえたわね?」


「ガラ商会の護衛依頼で一緒になったんですよ。俺は追尾組の方でしたが、そこでヒーラの人とちみっこに気に入られちゃいまして。仲良くなって話してるうちに、ちみっこが湿原の道案内をしてくれるって言うので、狩りに一緒に行く事になったんです」


「いいな~、ちみっこってサリエさんのことでしょ? 小さいけどそこそこ強いって噂だよね~」


「そこそこどころか、彼女かなり強いですよ? あのクランで最強ですからね」

「え? 一番強いのはマチルダさんでしょ?」


「彼女は4番目ですね。サリエ>パエル>サーシャ>マチルダ>コリン>ソシアの順ですね。将来一番有望なのはソシアさんですけどね。マチルダさんがリーダーなのは、強いからじゃなくて、パーティー内の信用と統率力があるからですね。彼女なしではあの癖のあるPTメンバーは纏まらないでしょうね」


「マチルダさんって強さじゃ4番目なの? じゃあ、意外とそのクラン、あまり強くないんだね?」

「強さを誰基準にしているのか知らないですが、マチルダさんでも、ここの門番のダラスさんよりは強いですよ? サリエさんとパエルさんは昇級試験を受ければブラックランクに成れるんじゃないですかね」


「それって、めちゃくちゃ強いじゃないですか!」

「ええ、めちゃくちゃ強いです」


「リョウマ君と比べたらどう?」

「俺ですか? 条件次第で変わってきますが、コリンさん辺りまでなら勝てますが、それ以上は厳しいですね」


 【無詠唱】での【多重詠唱】解禁にすれば、誰が相手でも勝てるけどね。


「私もあんなクランに入ってみたいな~」

「パメラさんなら歓迎してくれるでしょうけど、今はまだ止めた方がいいですね」


「どうして?」

「レベル差があり過ぎて、足を引っ張るだけですよ? 優しい人たちばかりですので、嫌な顔一つしないで指導してくれるでしょうけど、パメラさん自身が格差を感じて、散々迷惑かけて足を引っ張ったあげく、居辛くなって自ら辞めてしまうのが落ちですね」


「うわ~言ってることは酷いのに、確実にそうなりそうで全く反論できないのが悔しいわ」




「あ、ご主人。乳牛を買ったのなら、プリンの作り方を教えてあげます。前回は神殿の専売特許品ということで教えませんでしたが、どうも大きな街でしか販売できないようなので、作り方を秘密にしてくれる条件で教えてあげますよ」


「え! リョウマ君本当! お父さん、今すぐ覚えて!」

「リョウマ君いいのか? 秘密じゃなかったのか?」


「秘密って言っても、いずれは知れ渡ることになりますからね。ご主人も何回か食べて、大体の素材の見当はついているのではないですか?」


「ああ、娘にせがまれて何回か挑戦してみたのだが、今一上手くできない」

「そんな感じで、いずれは誰かに同じようなぐらいのものが作られてしまうのですよ。レシピが知れ渡るそれまでに、ある程度神殿の資金源になれば良いってぐらいですので、辺境の村の宿屋で出される程度なら、売り上げに関係ないので別にいいかなって事です。レシピを広められたら困るので、そこは秘密ということでお願いします。無理に聞き出そうとか脅してきそうな輩には神殿の名前を出せば大抵黙りますので、フィリアの名前を勝手に使えばいいです」


「ええ、その辺は分かっています。勝手にフィリア様の名前は使えませんけどね」

「じゃあこれ、ステータスメニューを出してもらえますか? はい、動画付きでレシピを転送しましたので、後でそれを見ながら同じ分量で火力などに気を付けてもらえれば同じものができるでしょう。只、卵と牛乳の鮮度だけは気を付けてくださいね」


「それは大丈夫だ。ミルクセーキの為に、どっちも裏庭でうちが飼育した鮮度の良いものを使っている。鑑定のスキルも持ってるので腹を壊すようなことは起きない」


「じゃあ、問題ないですね」





 昼食後は部屋でゆっくりし、数日ぶりにまったりと過ごした。

 そして待ちに待った夕飯だ。なぜかパメラさんも同席している。


「なんでパメラさんまでいるんですか?」

「いいじゃない。ほら、看板娘が同席しているから、村の男が羨ましがってるわよ」


「パメラさんって言うより、ナシルさんとフェイを見てそう思っているんじゃないですか?」

「うっ、そうかもだけど、真顔で言わないでよ。ちょっと傷つくわ」


「パメラさんは、水牛を食べるのは初めてなんですか?」

「ええ、食べたことないわ。あれ、今、グラム2000ジェニーもするらしいよ。貴族でも伝手がないと食べられないって聞いたもん」


「そうらしいですね。自分で狩ったのであまり実感はないですが」

「バナムにいる私の冒険者仲間に、高級なお肉を分けてもらったから、明後日の昼食から先着順で売り出すって言ったら、今さっき夜駆けでこっちに向かったって連絡があったのよ。絶対2日で着くから3人分牛とワニの肉を残しておいてくれだって」


「そこまでしますか? 夜の移動は危険でしょ?」

「冗談かと思ったら、マジみたい。馬に【夜目】スキルまで掛けての夜駆けだそうよ」



「パメラ座ってないで運んでくれないか」

「あ、お父さんごめんなさい!」


「いいんだ、運んだらそこでリョウマ君たちと一緒に食べていいからね」


「デイル? なんか、今日の宿の夕飯豪華じゃないか? リョウマ君だからって贔屓か?」

「ああ、今日のはリョウマ君からの依頼で特注料理なんだよ。びっくりするくらいの特注料を先にもらったからな」


「へ~なんか旨そうだな。幾らなんだ? 俺にも作ってくれよ」

「クククッ、あれはな、湿原の牛とナマズの肉で作ったものだ。お前の稼ぎで果たして払えるかな?」


「なんだと! 牛とナマズだって! どこでそんな高級肉仕入れたんだ!」

「あなたたち五月蠅いわよ! 私も初めて食べるんだから、ジロジロこっち見ないで静かに食べさせて!」


「パメラちゃん、つれないね~」

「ほら! 向こうで静かに飲んでなさいよ! ごめんねみんな、さぁ温かいうちに食べましょう!」


「はぁ~い、いただきます!」

「「いただきます」」


「はぁう! お兄ちゃん美味しい!」

「メリル、何食べたんだ?」


「牛さんのお肉!」

「どれどれ、旨い! ビーフシチューに近いかな。うん、軟らかくて美味しい」


「お兄ちゃん、ビーフシチューってなぁに?」

「兄様! ビーフシチューが食べたいです!」

「リョウマ君のそれ食べてみたいです!」


「リョウマ君……その料理は美味しいのか? なんか、皆の反応で料理人として負けた気分なのだが」

「あ! おじさん違うの! リョウマお兄ちゃんの料理、いつも美味しいから。初めて聞いた料理の名前が出たので、つい食べたくなっただけだよ。おじさんのも凄く美味しいよ!」


「そうか、なんか気を使わせたみたいですまないな嬢ちゃん」

「お父さん大丈夫、凄く美味しいから!」


「牛はこってり、ナマズはあっさりでバランスがいいですね! どっちも美味しいです!」

「それは良かった。明日も頑張って作らせてもらうよ」


「お願いします。とても楽しみです」


 やはり折角の異世界なんだから、異世界の味付けでも食べてみたい。

 調味料の関係で、少し大味になりがちだが、ここの店主は宿屋の主人の癖にやたらと凝った料理を出す。実に満足だ。


 今日の宿泊客は俺たちだけだそうなので、いつものように4人で風呂に入り、さっさとマッサージをして寝ることにした。


 パメラさんに一緒にお風呂場に向かってるのを目撃されて、『あなたたち、そういう関係なの!』とナシルさんを見ながら悲しそうな顔をしていたが、笑ってはぐらかしておいた。


 女神謹製ボディーのおかげで、俺の魅力値がとんでもない数字になっている。そのせいで彼女に変に気を持たせるのも可哀想だし、別に誤解のままでもいいからだ。ナシルさんに近寄る変な虫も減っていいだろう。



 早朝、剣と魔法の練習を以前解体をやった場所で行った。

 その後、旨い朝食を食べ、ナシル親子は村長宅に預け、薬草採取のプロたちに村周辺で手ほどきを受ける。


 俺とフェイは、ナビーが欲しい木材があるとかでフェイの神殿に転移魔法で飛んだ。


 フェイは自分の神殿があまり好きじゃないようだ。見るからに嫌そうな顔をしている。


 6千年も眠らされた場所なので、変なトラウマになっているみたいなのだ。

 暗い場所も嫌うが、ここもダメなようだな。



「フェイ、この近辺にいるサンダーバードを20羽ほど狩ってきてほしい」

「はい兄様、ナビーちゃんがほしいという木も集めたらいいのです?」


『……フェイ、お願いね。それとサンダーバードの巣が近くにあるのだけど、昨日卵を産んだみたいだから、その採取もお願いね。凄く濃厚で、茹で玉子とかにしたら美味しいそうよ』


『ホント? どこ? 卵、食べたい!』



 ナビーの奴、フェイの使い方が上手い。ちょっと鬱顔していたのが食い気であっさり吹っ飛んだようだ。


 卵は俺も興味があるな。茹で卵か……ちょっと中が半熟気味な茹で玉子にしてみるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る