7-3 ナビー工房

 ユグちゃんとナビーに思念体を与えたのだが――― 


『なあ、ナビー。嬉しいのは分かるが、網膜上をウロチョロするのは止めてくれないか? いい加減うっとうしい……』


 二人は俺の【クリスタルプレート】上でお茶会をした後、ユグちゃんは食べ終えたら素直に帰ってくれたのだが、ナビーが帰ってくれない。【クリスタルプレート】を消したのだが、今度は俺の網膜上でちょろちょろし始めた。元々戦闘時や手が塞がっていても【クリスタルプレート】を活用できる用にした機能なのだが、それを利用してナビーが思念体で顕現しているのだ。


 俺の視覚的には、全身モザイクの掛かった3cmほどの大きさの妖精が目の前を飛び回っているように見えている。モザイクが無ければまだいいのかもしれないけど、はっきり言って今は目障りにしかなっていない。


 俺の視線を感じると嬉しそうに手を振ってくる。いい加減うざいからさっさと帰れよ!

 そんなナビーを見ながらふと思い出したので質問することにした。


『ナビー、前から気になって聞こうとしてたことがあったんだ。今更だけど俺の工房内っていったいどうなっているんだ?』


『……どうと申されましても、マスターのイメージ通りとしか言いようがありませんが? 本当に今更どうしてですか?』


『いやな……例えば武器工房。俺のイメージではブラックメタルをも融解させるほどの灼熱の炉の横で、ドワーフが剣を金槌で鍛えてるようなイメージで創造したんだけど……』


『……はい、その通りにできていると思います。マスターの知識不足からイメージが足らない分の必要な道具などは、私が補完補充して使い勝手がいいように仕上がっています』


『ログハウスに出来ていた武器工房と同じものがインベントリ内にあるのか?』

『……ログハウスの物は残念ながらインベントリ工房の劣化版です』


『エッ!? インベントリ内の方が優れているのか? あれより凄いのか?』

『……所詮は私が造ったログハウスですので、造りや配置は寸分たがわず工房と同じですが、特に炉などはブラックメタルを加工できるほどの火力は無いですね。金床も槌もそれほど良い物ではありません』


『そうなのか? ナビーはインベントリ内でどうやって加工しているんだ? 今は思念体で顕現できるようになったけど、これまではどういう風に物を作っていたんだ? このあいだの刀で具体的に説明してくれるか? あれはどうやって作った? 後、どうして俺に技術が身に付くんだ?』


『……仕方ないですね。特別にマスターにだけ、ちょこっと中を見せてあげましょう』

『いやいや、特別にって! 俺のインベントリの亜空間内のことだからな! 各種工房はお前の私物じゃないからな!』


 ナビーが【クリスタルプレート】上に映像として見せてくれた工房内部を見て、俺は目が点になった。武器工房を見せてくれたのだが、人形が5体居たのだ。俺に似せたものが2体、おそらくナビー的な者が3体。槌を持って叩いている者と、合いの手であろうものが大きなハンマーで叩いているのが俺の人形。周りでサポートしてるっぽいナビー的な者が3体仕事している。


『……マスター人形とナビー人形です。リンクしているこの者たちが日々精進することによって、マスターとナビーの熟練度がグングン上がるのです。人形なので疲れ知らずに24時間働けます! ただこれまでは五感がなかったため良い物が出来るまでに莫大な時間と労力が費やされていたのですが、今日からは五感が備わったので習得時間が一気に跳ね上がるでしょう! ふふふっ、楽しみですね!』


『うわー酷いブラック労働だ……24時間労働とかダメでしょう! 可哀想だから止めてあげて!』

『……なにを言っているのです? あくまで彼らは人形です。そこに知性はありますが、感情はないのですよ?』


『エッ!? 知性があるの? 人形なのに?』

『……知性を与えないと開発は出来ないじゃないですか? 工房内の発展の為に知性は必要です! そこから創意工夫が生まれて、何千何万の思考錯誤の中から特別な物が生まれるのです』


『ナビーがなんかかっこいいこと言ってる!……他の工房もこんな風に人形が活躍してるのか?』


『……はい、そうです。今一番人形の多い部署は機械工房ですね。なにせ機械工房には機械工学部・機械設計部・機械加工部の3部門がありますし、工学部では色々開発も行っていますから結構な数になっています』


『ちょっと聞くが、この人形たちの動力はなんなんだ?』


 こいつ、顔を逸らしやがった! モザイク掛かってても分かるんだぞ!


『どうした? 言えないようなことをしているのか? まさか核燃料とか言わないよな?』

『……そのような危険なものではありません!』


『じゃあ、さっさと白状しろ!』

『……マスターの魔力をちょっとばかり寝ている間に拝借しております。テヘペロッ』


『おい! 『てへぺろっ』とか言ってもごまかせないぞ! 勝手に何やってんだよ!』

『……でもマスターに負担のかかるようなことは、これまでに一度もなかったですよね?』


『……言われてみればそうだな……朝には魔力は全快している。大した量ではないのか?』

『……結構な使用量ですが。マスターの回復量と元々の保持量が多い為まったく影響がないのです』


『これからも俺の体の配慮もしてくれるなら、魔力使用を許可するよ……』


『……はい、ありがとうございます! 五感を手に入れたナビー工房は更なる発展を遂げるでしょう!』

『ちょい待て! ナビー工房って、俺の工房だからな?』


『……マスターが前にナビー工房って言ってました!』

『うっ、確かに言ってるな……分かったから俺が「ナビー工房」って言った時の動画を強制的にリピート再生するの止めてくれ……はぁ……管理してるのはお前だから、もうナビー工房で良いよ。これからも管理と開発はよろしくな』


『……お任せくださいマスター!』


 やたらと嬉しそうだし、いいんだけど……ナビーって園芸やら日曜大工が好きな多趣味系だったんだね。


『ナビー、今ある材料で例の親子のレザー装備は出来るか?』

『……はい、もう作製は進めております。明日の昼には出来上がりますよ? マスターとフェイとサリエの分も同時に完成いたします』


『え? なんでサリエさんの分だけ?』


『……カエルのレザーでハーフパンツを作っています。今、サリエは綿と麻の混合品のハーフパンツを着用していますが全然可愛くないのです。彼女に似合うハーフパンツとロングブーツ、革のベストジャケットを作っています』


『ソシアがまた僻みそうだな。ナビーはソシアのことは嫌いか?』

『……そうではありません! ただ、サリエの方が創作意欲が刺激されるというか、保護欲をかきたてるというか……』


『あ~、それは分かるな。ちみっこ属性がこれでもかってぐらい発揮してるからな』


 まぁ、今回いつか聞こうと思っていた工房内部のことが分かってスッキリできた。



『フェイ、大体用事は終わったから、もういつでも好きな時に帰ってきていいからな?』

『ハイ、兄様。今、マチルダさんの失敗談とかの面白い話の途中なのでそれを聞いたら戻りますね』


『今日はもう寝るだけだから、特に慌てて帰ってこなくていいぞ? ゆっくりしてこい』

『分かりました。寝る前には戻りますね』


 フェイもすっかりあのクランの人に溶け込んでいるようだ。フェイのことを可愛がってくれるから有り難い。


 フェイは心を見透かせるから、嫌な奴だったら絶対近づかないだろう。

 『灼熱の戦姫』のメンバー6人とも良い娘とか、かなり希少なパーティーだよな。フェイの為にも彼女たちのことは大事にしないといけないな。





 翌朝、まずはガラ商会に行き、頼んであった食材やミスリル鉱石などを大量に受け取った。


「おはようリョウマ君。頼まれた分だがそれでいいかい?」

「はい、ありがとうございます。仕事が早いですね。もっと時間が掛かるかと思っていました」


「食材に時間なんてかけちゃダメだよ。迅速かつ良い品をどこよりも安くが俺のモットーだからね」

「海の方に行く機会があれば、また、昆布や貝柱やアワビの乾物を仕入れておいてくださいね。買わせてもらいますので」


「了解した。それとミスリルなんだが、思ったより安く手に入ったので、入り用があるならまた言ってくれ。今回と同じ分だけ余分に仕入れてあるので、優先してリョウマ君に回してあげるからね」


「あ! それなら今すぐ下さい! 色々開発したいので結構使いそうなんですよ。バーベキューの櫛や網なんかにも使っちゃってしまって。あまり残ってないので助かります」


「そんな物に勿体無い! かなり高い物なんだよ?」

「分かってますよ。でもガラさんも美味しい物食べたいでしょ? 焦げ付いて剥がす時に身がボロボロになってしまった魚とミスリル入りの焦げ付かない網でこんがり綺麗に焼き上がった魚のどっちが食べたいですか?」


「そんなこと言われたら、何も言えないではないか。安く譲るから道中は美味しい物を頼む」


「それと、このリストの中の物をガラ商会に譲りますので、面倒ですが買いたいものがあればギルドに討伐依頼を出してください」


「これは! ワニも狩ってきたのかい? 水牛もあるじゃないか! カメにナマズもか! 全部買うぞ!」

「今回のは魔石も素材も1匹そのままお売りしますので、良い値で買ってくださいね」


「ああ! 久しぶりの湿原の素材や肉だ! 嫌でも高くなる! 全部買わせてもらうからな! 今、持っているのかい?」


「ええ、【亜空間倉庫】に入ってます」

「ちょっとだけ、ワニを見せてもらえないか?」


「別にかまいませんけど……ここの倉庫では出す場所が――」


 先日の解体場に移動し、ガラさんは慌ただしくどこかに連絡している。

 目が商人の目だ……面倒だが、世話になっているし、邪険にはできないよな。


「なんだ、すぐ来いって呼ばれて急いで来たんだが、リョウマ君たちが来てたのか。今日はどうしたんだ?」


 この人は王狼を鑑定してくれた博識な鑑定士のおじさんだ。


「湿原で狩りをしてきたので、ガラ商会にも流してあげようと思ったのですが、ガラさんが今持ってるならちょっとだけ見せてくれって言うんですよ」


「湿原に行ってたのか? 何狩ってきたんだ?」

「色々です」


「リョウマ君、話は後だ! とりあえず見せてくれないかな?」


 インベントリから、持っているやつで中サイズのワニを出してあげた。

 大きい奴は魔石用に、小型の物はお肉用にキープなのだ。


「ワニじゃないか! リョウマ君、レイドPT組んで奥地に行ってきたのか?」

「ええ、ベテランのゴールドランククランの案内で行ってきました」


「良いワニだ! 肉も新鮮だし高く売れそうだ。リョウマ君、他にも何かあるのか?」


「売るのは、このワニとナマズ1、水牛2、カメ1、カエル15ですね」

「ナマズと牛とカメも見せてくれ!」


 鑑定士のオジサン……ガラさん以上に興奮し始めた……。


「おお! 全部良い品じゃないか! 肉も新鮮だ! 全く傷の無いカメの甲羅も高く売れるぞ!」


「面倒なのでこのままお渡ししますけど、指名依頼でギルドの方にもいくらかお金が入るように書類上の手配はそっちでお願いしますね」


「ああ、全部やっておく! 任せておいてくれ」

「信用しているので、そちらの査定額で全て売りますので、ミスリルはいま貰っていきますね」


「分かった。それとリョウマ君……バナムに行く際だが、馬車2台分の荷物をリョウマ君の【亜空間倉庫】に入れて運んでもらえないだろうか?」


 俺はジトーとした目でガラさんを睨んだ。


「えーとだな、リョウマ君に払う日給が結構高額だろ? 2台分の品じゃ正直採算が合わないんだよね。あはは、頼めないかな?」


「仕方ないですね……先に言っておきますが、護衛依頼は当分やりませんので、今後俺を当てにしないでくださいね?」


「なんでだ!? 何か気に障ったのなら謝る」

「そんなんではないですよ。そもそも稼ぐなら護衛依頼より湿原やダンジョンに潜った方が俺たちは稼げますからね。ここに出した魔獣も戦利品のごく一部です。1泊2日で数千万稼げるのに、何日も拘束される護衛なんかやってられないですよ。それに今回は一度水神殿に帰るとフィリアと約束してしまったので、バナムに帰ったその足でそのまま神殿に行ってきます」


「水神殿か……何日もかかるな。分かった……高額な日当を払ってたつもりになっていたが、確かにリョウマ君なら魔獣の討伐やダンジョンに行った方が遥かに稼げるよな」


「そうだ……バナムまで、親子を一組馬車に同伴してくれませんか? 2名ですが、その分のスペースは【亜空間倉庫】に入れて空けますので。それとガラさん一行は今回ログハウスにお泊めします。追尾組がいる場合はその人たちは悪いけど外で野営してもらいます。部屋は拡張してありますが、信用がないので他人を入れる気は全くありません」


「俺も今回は中に入れてもらえるのか? それは嬉しいな、早く中が見たいものだ」

「言っておきますが中のことは言いふらしちゃダメですよ」


「分かっているとも!」



 ガラ商会を出て、神殿の巫女用にフェイと街で色々買い物をした。


 その後、昼ごろと言って約束してたが、昼飯でもと思い、例の親子の家に行った。


 行ったのだが……。


「サリエさん……何してるんですか?」


 サリエさんが家の前に居る。この人いつからここで待っていたのだろう? これじゃあストーカーじゃないか。

 サリエさんも分かっているのだろう。一度気まずそうに視線をそらせた後、俺の質問に真っ直ぐこっちを見て答えた。


「ん、朝起きてリョウマの部屋に行ったら居なかった。ここで待ってたらお昼には来ると思って待ってた」


「少し私用がありまして、ガラ商会に行って頼んでた商品を受け取って来たのですよ。その後フェイと街で買い物をしていたのですが、サリエさんいつからそこで待ってたんですか?」


「ん、ちょっと前……」

「本当は?」


「ん……2時間前」


「2時間……どうして連絡してこなかったんですか? フレンド登録していますよね?」

「ん、ずっと一緒は嫌なのかと思って……」


「何か特に用がある訳じゃないのですよね?」


「ん……迷惑?」

「迷惑じゃないですけど『灼熱の戦姫』の人たちは心配しているんじゃないかと思いましてね」


「ん! そんな子供じゃない!」

「そういう意味じゃないですよ。サリエさんをクランから俺に引き抜きされて持っていかれるとか心配してないかと思いましてね。最近いつも一緒にいるでしょ? 特にリーダーのマチルダさんなんかは不安なんじゃないですか?」


「ん、そんなことまで考えていなかった。不安がってるかな?」

「俺がリーダーなら不安ですね。一緒にお風呂に入ったり、行動をずっと別のPTと取られたりしたら不安になります。サリエさんとソシアさんは特にあのクランの中では必要職ですからね。早々替えが効かないポジションです。抜けられたらかなり困ると思いますよ。不安がらない筈はないと思います」


「ん、クランを勝手に抜けたりしない。抜けるときはちゃんと後継の者が入ってから」


「ちゃんと筋を通さないと駄目ですよね。だから心配させないように連絡をしたり事前に大丈夫だという意思を伝えといてあげるといいですよ。それだと俺と遊んでいてもマチルダさんたちも安心して見ていられますから」


「ん、分かった。ちゃんと伝える。この後一緒に居ていい?」

「ええ、いいですよ。元々呼ぶつもりだったのです。サリエさんに渡したい物もありますので」

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