4-2 ハーレンの雑貨屋店主、サクエラさん

 昨日の約束通り10:00前にギルドの受付に顔を出したのだが、もう相手側の方が先に来ていると、ニリスさんにそのまま2階の談話室に連れられて行った。


「遅くなり、すみません。アイアンランクの冒険者のリョウマといいます。そしてこっちが妹のフェイです」

「いえいえ、まだ時間まで10分ちょっとありますよ。私が少し早く来すぎただけですので。私は商人のサクエラと言います」


「俺たち今回が初の護衛依頼なのですが、その辺は良いのでしょうか?」

「人数合わせのようなモノですので、多少の戦闘ができれば結構です。ぶっちゃけると本隊に付いて行っても怒られない人数さえ確保できれば良いのです。本戦闘は商隊の冒険者がメインで退治してくださいますので……でも随分お若いですが、対人の戦闘経験はおありですか?」


「それは私の方から……最近キング討伐があったのはご存知ですか?」

「ハイ、町で随分騒がれていましたからね」


「彼ら兄妹です」

「え?」


「最近この街で巣くってた誘拐窃盗団が捕縛されたのはご存知ですか?」

「ええ、ここに来る前に懸賞付きの盗賊が捕まったとハーレンでも騒ぎになりました」


「彼ら兄妹です」

「え?」


「どっちもこの兄妹2人がやったことです。実力で言えば十分ゴールドランククラスの兄妹です」


 ニリスさんなんてこと言うんですか……こっちが『え?』ですよ!


「あの、こんな安い日当しか払えないのですが、いいのですか?」


 ほら~、商人さん、かしこまってしまったじゃないですか―――

 依頼書を見せながら俺に聞いてきたのだが、何故かニリスさんがそれに答える。


「彼ら兄妹はお金はかなり稼いでいますので、今回は勉強という理由で私がお勧めした次第です」

「凄い冒険者に対し、賃金が安くて申し訳ないです……」


「ギルド側として1つだけサクエラさんに聞いてもよろしいですか?」

「はい、なんでしょう?」


「これまでサクエラさんは日当1万ジェニー、3食の食事付きで依頼なされてましたよね? ギルドでも良い評価が付けられています。今回に限り8千ジェニーで食事無しなのは何か理由があるのでしょうか? 勿論無理にお話にならなくても結構ですし、価格設定は自由ですのでその事に問題はありません。ギルドからと言いましたが、わたくし個人の質問と思ってください」


「それがですね、今回私がハーレンから持ち込んだ商品が思ったほど利益にならなくてですね。かろうじて赤字にならなくて済みましたが……ふう、かなり自信あったのですけどね」


「そういうことですか、それは残念でしたね」

「これなんですが、売れると思って20個仕入れて張り切ってきたのです……」


「「あ!」」


 俺とニリスさんの声がハモッた―――

 流石ニリスさん、その商品を見てピンと来たようだ。俺の方を見て、『どうしよう?』みたいな顔をしている。


「こちらの何カ所かの雑貨屋に持ち込んだのですが、何日か前にガスト村から、私が持ち込んだものより遥かに良質の似たような物が大量に持ち込まれていたのです。悔しかったから戒めの為に1個買っちゃいましたけどね……それがこれです」


 はい、私が犯人です。

 サクエラさんが持ち込んだのは、プリンの器と同じようなサイズの、陶器でできた器だったのだ。当然同じサイズならガラス製で可愛いデザインの物の方が多少高くても売れる。並べて置いたら絶対ガラス製の方が良く見えるから尚更だ。


「思ったより利益が出なかったのもありますが、代わりに良い物が有ったので、手持ち金全部仕入れにつぎ込んでしまったのです。これなのですが、なんでもこの回復剤は効果が3年は持つそうで、量も半分になっていて味もいいそうです」


「サクエラさん、それ騙されています。商人なのにそんな詐欺みたいな話にのったらダメですよ」

「ニリスさん、それは聞き捨てなりません。何で詐欺なのですか?」


「え? リョウマ君ならこんなモノ買わないと思ったのですが……まず、3年持つとか言ってますが、その根拠は? 受付嬢をやって2年に成りますが、そんな回復剤は初めて聞きました。次に量が半分? そう言っているだけで中身を減らされているだけでしょう。つまり、倍の料金を支払ったことになりますね。味がいい? 実際飲んでみたのですか? 鑑定魔法で味まで詳細に判るとは思えないのですが?」


「うわー、そうやって聞いてみたらニリスさんの言う通り、確かに詐欺っぽいですね」


 サクエラさん、完全に涙目になっちゃってるよ。


「私ならこんな怪しいモノ、絶対買わないです。本物ならかなりの価値は有りそうですが、博打要素が高すぎます。そんな良い物が開発されたのなら、薬師ギルドが大騒ぎしていると思うので、おそらくこの商品は詐欺ではないでしょうか?」


「ニリスさん……その回復剤、俺が開発した物です。詐欺とか酷いです。全部事実ですよ」


「「え!」」


 今度はサクエラさんとニリスさん両名が綺麗にハモッた。俺はインベントリから回復剤を4本取りだした。


「効果保証は3年と言いましたが、それは確実に保証できる年数で、おそらく5年はいけるでしょう。疲労回復効果もありますので1本空けてあげましょう。どうぞ飲んでみてください。フェイも1本飲んでおけ、体が軽くなるぞ」


 という訳で、皆で試飲。


「確かに美味しい! それに体がなんだかスッキリする」


「あと、この容器ですが、強化のエンチャントがかかっているので、少々では割れませんので懐に入れていても割れないので安全です。ここに俺が作った証の印が入っていますので、売る時にそれも伝えて欲しいですね。まがい物はこれで判別できますので詐欺は減らせます」


「でも同じように印を入れれば判らないのじゃない?」

「あはは、ニリスさん。これと同じだけの強化ガラスに、このように小さな精密な印をそう簡単に刻めると思いますか?」


「技術的な事はさっぱり分からないけど、凄く精密な絵が描いてあるわね。竜に鳥かな?」

「そうです。そのように刻むのはかなりの技術が要るので、早々紛い物はでませんよ」


 なにか思案していたサクエラさんだが、真剣な目をして俺に問いかけてきた。


「リョウマ君、この回復剤はまだ余分に持っているのかな?」

「ええ、後200本分ならお譲りできますよ」


「そんなに持ってるのか……」


「あの、話がそれてますので、面談してください」

「ああそうだね。君たちに同行依頼をお願いするよ。それと向こうに着いたらその回復剤を少し分けて欲しいのだけれど、どうだい?」


「ええ、いいですよ。何本ほど欲しいのでしょう?」

「君が幾らで売ってくれるかにもよるが、幾らで売ってくれるだろうか?」


「今回それをいくらで仕入れたのですか?」

「これは1万6千ジェニーで仕入れました」


「中身、初級の10級ですよ? それを幾らで売る予定ですか?」

「今どこも品薄で、もし3年持つなら3カ月毎に買い替えなくて済むので、もっと高値で売れるはずです。今は実績がないからこの値段なんですよ? 私はこれをハーレンで1万9千~2万ジェニーで売る考えです」


 もしサクエラさんが2万1千ジェニー以上で売る気でいるなら売らないつもりだったが、3~4千ジェニーの上乗せなら良心的なのでいいだろう。この世界じゃ物を移動させるのにも大金がかかる。俺たちの護衛費の支払いの事も考えたら安いくらいだろう。


「そうですか、では1本1万4千でどうです?」

「最低100本買わせてもらいます! ハーレンに行って少し資産を処分しますので、その分も買わせてもらいます」


「そこまでしなくても、手持ち金で買える分だけでいいのでは?」

「美味しい利益があるのに、それを仕入れないのは商人ではないですね」


 どっかで聞いたセリフだ……商人はこんなのばっかだな。


「分かりました。じゃあ回復剤の方はハーレンに着いてからということで。先に明日の契約をしましょう。ニリスさんお願いできますか」


「リョウマ君、冒険者しなくても、それだけで食べていけるじゃない」

「そうですが、これはあくまで趣味の方ですので。仕事にする気はありません」


「なんか勿体無いわね……まぁ、いいわ。契約書を作りますので、二人ともここにサインをしてください」


 ニリスさんが手際よく書類を仕上げてくれた……できるお姉さんだ。


「ではリョウマ君、明日から暫く世話になります。西門に7時までに集合になっているので、時間までに来て、皆と顔合わせをしてください」


「分かりました。よろしくお願いします。ニリスさんもありがとうございました」

「はい。いってらっしゃい、気を付けてね」


 ニリスさんがギルドにも回復剤を卸して欲しいと言ってきたが、品薄だが緊迫しているのではないそうなので、丁重にお断りした。


 フェイと2人で行ってきますとニリスさんに挨拶し、宿屋に戻った。

 フェイは明日からの冒険が楽しみなのか終始ご機嫌な様子だ。


「フェイそんなに楽しみなのか?」

「はい兄様。『灼熱の戦姫』とか厨二的な名前を付ける人たちって興味ないですか?」


「そっちかよ! 痛い人たちだったら面倒くさいぞ。その時は上手く話を逸らして退避するようにな」


「兄様、準備とか何もしなくて良いのですか?」

「必要ないな。このまま半年は引きこもれるだけの食料がインベントリに入ってるし、テントや鍋なんかの雑貨も一通り持ってるからね。特に買う必要ないかな」


「兄様、ログハウスは使わないのですか? テントだとお風呂が……」


「フェイは風呂無しはやっぱり嫌か?」

「竜化して兄様と一緒に入りたいです」


「却下だ! 自分で洗え! 竜状態だと洗ってもらえると思って甘えるな」

「兄様、最近冷たいです! もっとフェイを甘やかしてください」


「自分で甘やかしてほしいと訴えるとは、この駄竜め! せめて料理でも作れれば可愛気があるのに」


 料理はインベントリから出すにしても、ログハウスは使えない。依頼主を放り出して自分たちだけ家の中は流石に不味いだろう。


『ナビー、この前設計した新しい拡張タイプの家はまだだよな?』


『……はいマスター、後3日あれば完成するのですが。現在先日フェイに伐採してもらった木の乾燥が終わり、反りと歪みの調整中です。これが終わればベッドも一緒に一気に完成できるのですが。明日の夜と明後日の夜は間に合いません。でもサクエラさんが馬車で寝てくれるなら、ログハウスの結界内に馬車を入れてそこで寝てもらえばいいのではないでしょうか?』


『そうなると、サクエラさんをPTに入れるという事だぞ。ログハウスを見たらきっと中も見たいと言うだろうし、中を見せたら商人ならベッドやコンロ、お風呂やトイレも騒がれるぞ。他の商人や冒険者も色々言ってくるだろうから、今回はテントの方がいいだろう』


『……確かに周りが五月蠅そうですね。冒険者ランクが上がってSランクとかなら、一睨みで黙らせられるのですが、そうなるまでまだ先は長そうです』




 翌朝宿屋の奥さんにいってらっしゃいと送り出してもらい、集合場所に15分前に到着した。皆との顔合わせがあるそうなので早めに来たのだが、既に20人ほどの人数が集まっていた。


 結構な人数にちょっと混迷してしまっている。追尾組の個人商人がアイアン冒険者を探せず、ブロンズ冒険者を4名連れてきていた。


 今回のハーレン行き商隊はこうなった


 ・今回の本隊側の商人4人・雇われたゴールドランク冒険者『灼熱の戦姫』の6名・大型馬車2台

 ・追尾組商人3名・雇われたアイアン冒険者4名・ブロンズ冒険者4名・小型馬車3台

 ・次の村まで同行の追尾組商人1名・アイアン冒険者2名・小型馬車1台


 合計で24人もいる。馬車の数も6台と、かなりの大所帯だと思っていたが、本隊の商人さんは大きな商会の人らしいが、規模自体は毎回こんなものらしい。



「皆さんおはよう、私がこの商隊のリーダーを務める、商人ギルド所属のガラだ。出発前に各自自己紹介と簡単な取り決めをしておく。もし移動途中に盗賊に襲われた場合、戦力差を考慮して戦闘か全面降伏かを決めるのは私が判断する。戦闘になり討伐できた場合、本体商人が2、冒険者が7の取り分とする。戦利品の中で欲しい品があった場合はその場で交渉して個人で買い取りとする。魔獣が出た場合、今回は全額冒険者に譲るとしよう。冒険者側の配分はそっちで話し合って、後で揉めないように今決めてくれ。冒険者側のリーダーを紹介する。クラン『灼熱の戦姫』のリーダーマチルダさんだ」


 15分程で全員の挨拶が済んだのだが、思った通り俺たち兄妹の時に少しざわついた。

 この場に来た時点で、皆から視線が集中していたので分かっていたが……既に有名になっているみたいだな。


 冒険者側で出発前に簡単な取り決めが行われたのだが、概ね予想どおりだったので素直に頷いておいた。


 ・倒した魔獣は討伐者がもらえる

 ・剥ぎ取り時間は与えないので各自【亜空間倉庫】に保管

 ・容量不足で持てなくなった場合は2割安で商人が買い取る

 ・7級以上の魔獣は全て『灼熱の戦姫』が請け負う

 ・7級以下は優先的に低ランク冒険者にまわすので挙手で早めに合図を送ること

 ・大群が出て乱戦になった場合、『灼熱の戦姫』6、他4で分配する


 人数差があるのに『灼熱の戦姫』との配分が6:4で良いの?と思ったが、それほどの戦力差が有るのだそうで、誰も反論する者はいなかった。


 大体の取り決めが揉めることなく終わり、とりあえず出発しようと西門をくぐるのだった。

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